表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
錆と鉄灰  作者: ヨシ
3/5

第3話:錆の感触



 山道は、灰色の濃淡だけで構成されていた。


 かつては鮮やかだったはずの深緑も、毒々しい赤い実も、今の俺の目には古い記録映画のような、褪せた色彩にしか映らない。

 代償として支払った『二番目』の回路。その残響は、世界から「色」という情報を奪い去っていた。


 ただ、それが不便だとは思わない。

 色がない世界は、本質だけを浮き彫りにする。

 風の通り道、魔力の澱み、そして――獲物の「重さ」。


 ようやく辿り着いた山小屋は、俺の記憶にあるものとは、似ても似つかぬ姿に変貌していた。


「……やりすぎだな」


 思わず独り言が漏れる。

 小屋は、白かった。

 汚れ一つなく、埃の一粒さえも許さないほどに「洗浄」されている。

 あの魔法騎士たちがここを通り、自分たちの不快感を拭い去るために、俺の生活の痕跡を丸ごと浄化したのだ。


 かつて手入れしていた皮の道具は消え、積み上げていた薪も白い灰の塊になっている。

 思い出などという感傷的なものは、あの潔癖な連中にとっては「掃き捨てるべき不浄」に過ぎないらしい。


 俺は色のない部屋を通り、奥の寝床だった場所へ向かった。

 そこもまた、真っ白に洗われていた。

 

 だが。


 俺は床板に手をかけ、指先の僅かな「引っかかり」を頼りに、隠し場所を抉じ開けた。

 魔法騎士たちは、目に付く表面を綺麗にすることには長けているが、地面の下に埋まった「汚れ」までは興味がなかったようだ。


 指先の感覚は、まだ磨りガラス越しに物を触っているように遠い。

 それでも、俺の腕の骨が、その「重さ」を捉えた。


 布に包まれた、歪な塊。

 それを引きずり出した瞬間、ズシリ、という確かな振動が、麻痺した俺の肘から肩へと突き抜けた。


 包みを開く。

 現れたのは、美しさとは無縁の「鉄の塊」だ。

 

 何枚もの分厚い鉄板を重ね合わせ、強引に叩き鍛えただけの得物。

 刃はない。いや、刃を付ける意味がないほどに厚く、無骨だ。

 

 積層された鉄の隙間には、真っ赤な錆が浮いている。

 騎士たちが忌み嫌う、不純物の極み。

 だが、この錆こそが、魔力の循環を物理的に引き裂き、術式を汚染して粉砕する「毒」となる。


『積層された錆のスクラップ・スラブ


 俺はそれを、両手で握り直した。

 指に触れる鉄の冷たさは、もうほとんど感じない。

 

 だが、この質量。

 この「重さ」だけは、俺に嘘をつかない。

 五感が消え失せ、世界が灰色に染まり、俺が俺でなくなっていくカウントダウンの中でも――この重みだけが、俺がまだここに存在していることを証明している。


「……久しぶりだな」


 俺は錆びた塊を、傍らにあった粗い石へ押し当てた。

 

 ギィ、と。

 夜の静寂を切り裂く、耳障りな金属音が響く。

 

 火花が散った。

 今の俺の目には、その火花さえも灰色に輝く光の粒にしか見えない。

 

 それでも俺は、石を動かし続ける。

 磨くのではない。

 積層された錆の奥に眠る、鉄の芯を呼び覚ますために。

 

 魔法で洗われ、無機質になったこの小屋の中で。

 俺が立てる「錆を削る音」だけが、唯一、生きている泥臭いリズムを刻んでいた。


 どれほど時間が経っただろうか。

 指先が、過熱し始めた脳の熱を拾い始めた頃。


 不自然なほど甘い、あの「百合の香り」が、再び風に乗って漂ってきた。

 

 俺は手を止める。

 研ぎ澄まされた重みを肩に担ぎ、白い闇の向こうを見据えた。


 代償は支払った。

 牙は取り戻した。


 次の一歩が、俺をどこへ連れて行くのかは分からない。

 だが、この錆びた鉄の重みが、俺の進むべき「灰色の道」を照らしている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ