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錆と鉄灰  作者: ヨシ
14/16

第14話:煤煙の番人



 アイアン・グレイヴの最深部。

 そこには、街のどこからでも見えた巨大な煙突が、天を突く杭のようにそびえ立っていた。


 周囲には、高熱の廃蒸気が絶え間なく吹き出し、視界を白い霧――俺の目には重苦しい灰色の煙――が覆い尽くしている。

 

「……ここから先は『蒐集家』の私有地だよ。あいつに記憶を差し出して、代わりに鉄の命を貰った連中がうろついてる」


 ニカが声を潜め、スクラップの影に身を隠した。

 

 前方、煙の向こう側から、カチ、カチ、という規則的な音が聞こえてくる。

 現れたのは、全身を黒い重厚な甲冑で包んだ「番人」たちだった。

 

 だが、その歩き方は生物のそれではない。

 膝の関節が逆方向に折れ、首が不自然に傾いている。彼らは騎士団のような「意志」を持っていない。ただ、蒐集家によって記憶を空にされ、殺戮の命令だけを脳に直結された、歩く回路の成れの果てだ。


「……排除する」


 俺は一歩、前に出た。

 

 右腕に埋め込まれたシリンダーが、俺の殺意に反応して低く鳴動を始める。

 俺は視線で、地面に置いた『スクラップ・スラブ』を捉えた。

 

 右手をかざす。

 カチリ、とマグネット・ジョイントが噛み合う乾いた音が響き、俺の掌と鉄塊の柄が一体化した。

 

「おい、無理は……!」


 ニカの制止を聞く前に、俺は地を蹴った。

 

 脳の『一番目』を回す必要すらなかった。

 右腕の『排熱駆動ブースター』に意識を直結するだけで、俺の肉体は弾丸のように加速した。


 番人の一人が、蒸気を噴き出す巨大な戦斧を振り上げる。

 

 俺はそれを避けず、右腕を突き出した。

 

――プシュゥッ!!

 

 肘のシリンダーから高圧の廃熱が噴き出し、俺の右拳が戦斧の刃を正面から殴りつけた。

 

 凄まじい衝撃。

 本来なら肩の骨が砕けるはずの反動だが、肉の中に埋め込まれた三本の鉄の支柱が、その全てを強引に受け止めている。

 

 鉄塊が戦斧を粉砕し、そのまま番人の胸部へと食い込んだ。

 

 『スクラップ・スラブ』が触れた瞬間、番人の甲冑に流れていた魔力回路がどす黒く変質し、爆発的にショートする。

 

「……汚染ポルーション

 

 俺の呟きと共に、番人の巨体が内部から弾け飛んだ。

 

 右手の感覚はない。痛みもない。

 あるのはただ、脳に直接叩き込まれる「質量が対象を破壊した」という無機質な計算結果だけだ。


「……あ、あはは。とんでもない出力だね。……でも、あんたのその顔、やばいよ」


 ニカの指摘に、俺は自分の顔を撫でた。

 

 感覚はないが、鼻から熱い液体が滴っているのが分かった。

 

 駆動回路を回すたび、脳への不可逆的な負荷が牙を剥く。

 右腕が強くなればなるほど、俺の「中身」はさらに急速に焼かれ、失われていく。

 

(……今、何を失った?)

 

 ふと、思い返そうとして、戦慄が走った。

 

 自分が先ほどまで何を考えていたか。

 この戦いが終わった後に何をしようとしていたか。

 

 ……空白だ。

 

 ただ、目の前の大煙突の奥にいる「あの男」を殺さなければならないという、獣じみた本能だけが、空っぽになった脳の殻を叩いている。


「……急ぐぞ。これ以上、俺が俺でなくなる前に」


 俺は鼻血を拭い、粉砕された番人の残骸を踏み越えた。

 

 煙突の入り口、鉄の扉が重厚な音を立てて開く。

 

 そこからは、吐き気がするほど濃密な、あの「焦げた紙の匂い」が漂ってきた。

 

 俺の記憶を焼き続けている男が、そこで待っている。


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