第14話:煤煙の番人
アイアン・グレイヴの最深部。
そこには、街のどこからでも見えた巨大な煙突が、天を突く杭のようにそびえ立っていた。
周囲には、高熱の廃蒸気が絶え間なく吹き出し、視界を白い霧――俺の目には重苦しい灰色の煙――が覆い尽くしている。
「……ここから先は『蒐集家』の私有地だよ。あいつに記憶を差し出して、代わりに鉄の命を貰った連中がうろついてる」
ニカが声を潜め、スクラップの影に身を隠した。
前方、煙の向こう側から、カチ、カチ、という規則的な音が聞こえてくる。
現れたのは、全身を黒い重厚な甲冑で包んだ「番人」たちだった。
だが、その歩き方は生物のそれではない。
膝の関節が逆方向に折れ、首が不自然に傾いている。彼らは騎士団のような「意志」を持っていない。ただ、蒐集家によって記憶を空にされ、殺戮の命令だけを脳に直結された、歩く回路の成れの果てだ。
「……排除する」
俺は一歩、前に出た。
右腕に埋め込まれたシリンダーが、俺の殺意に反応して低く鳴動を始める。
俺は視線で、地面に置いた『スクラップ・スラブ』を捉えた。
右手をかざす。
カチリ、とマグネット・ジョイントが噛み合う乾いた音が響き、俺の掌と鉄塊の柄が一体化した。
「おい、無理は……!」
ニカの制止を聞く前に、俺は地を蹴った。
脳の『一番目』を回す必要すらなかった。
右腕の『排熱駆動』に意識を直結するだけで、俺の肉体は弾丸のように加速した。
番人の一人が、蒸気を噴き出す巨大な戦斧を振り上げる。
俺はそれを避けず、右腕を突き出した。
――プシュゥッ!!
肘のシリンダーから高圧の廃熱が噴き出し、俺の右拳が戦斧の刃を正面から殴りつけた。
凄まじい衝撃。
本来なら肩の骨が砕けるはずの反動だが、肉の中に埋め込まれた三本の鉄の支柱が、その全てを強引に受け止めている。
鉄塊が戦斧を粉砕し、そのまま番人の胸部へと食い込んだ。
『スクラップ・スラブ』が触れた瞬間、番人の甲冑に流れていた魔力回路がどす黒く変質し、爆発的にショートする。
「……汚染」
俺の呟きと共に、番人の巨体が内部から弾け飛んだ。
右手の感覚はない。痛みもない。
あるのはただ、脳に直接叩き込まれる「質量が対象を破壊した」という無機質な計算結果だけだ。
「……あ、あはは。とんでもない出力だね。……でも、あんたのその顔、やばいよ」
ニカの指摘に、俺は自分の顔を撫でた。
感覚はないが、鼻から熱い液体が滴っているのが分かった。
駆動回路を回すたび、脳への不可逆的な負荷が牙を剥く。
右腕が強くなればなるほど、俺の「中身」はさらに急速に焼かれ、失われていく。
(……今、何を失った?)
ふと、思い返そうとして、戦慄が走った。
自分が先ほどまで何を考えていたか。
この戦いが終わった後に何をしようとしていたか。
……空白だ。
ただ、目の前の大煙突の奥にいる「あの男」を殺さなければならないという、獣じみた本能だけが、空っぽになった脳の殻を叩いている。
「……急ぐぞ。これ以上、俺が俺でなくなる前に」
俺は鼻血を拭い、粉砕された番人の残骸を踏み越えた。
煙突の入り口、鉄の扉が重厚な音を立てて開く。
そこからは、吐き気がするほど濃密な、あの「焦げた紙の匂い」が漂ってきた。
俺の記憶を焼き続けている男が、そこで待っている。




