第11話:鉄屑の聖域
その街は、巨大な腐乱死体のように見えた。
視界を埋め尽くすのは、灰色の空を焦がすほど高く積み上げられたガラクタの山。幾重にも重なり合った鉄板が城壁を成し、巨大な煙突からは毒々しい黒煙が絶え間なく吐き出されている。
「ようこそ、世界のゴミ箱――アイアン・グレイヴへ」
ニカが義足を軋ませながら、誇らしげに両手を広げた。
門と呼べるような代物はない。ただ、巨大なスクラップの山が不自然に途切れ、迷路のような路地が暗い口を開けているだけだ。
俺が一歩足を踏み出すと、足元から嫌な感触が伝わってきた。
舗装などされていない。地面は漏れ出した重油と泥が混じり合い、粘り気のある漆黒の沼と化している。だが、色彩を失った俺の目には、それはただの「底なしの灰色の泥」にしか見えなかった。
街の中は、不快な音に満ちていた。
何処かで絶えず響く槌音。歯車が噛み合わず悲鳴を上げる金属音。そして、魔法の「清浄な光」の代わりに、剥き出しの回路が放つ不安定な火花が時折、路地を白く焼き払う。
「……百合の香りがしない」
俺の呟きに、ニカが鼻で笑った。
「当たり前だよ。あんな綺麗好きな騎士様たちがここに来たら、一分で肺が錆び付いちゃうよ。ここじゃあ、魔法なんてただの『燃えにくい薪』以下の価値しかないのさ」
路地を行き交う連中の姿は、さらに異様だった。
腕を失い、蒸気機関の義手を取り付けた男。喉を焼き切り、拡声器のような機械を首に埋め込んだ女。誰もが自分の一部を「鉄」に挿げ替え、欠落を補いながら、獣のような眼光でこちらを窺っている。
俺が肩に担いだ『スクラップ・スラブ』に対し、幾つもの視線が突き刺さる。
それは恐怖ではなく、貪欲な「品定め」だ。あいつはどれだけの不純物を吸っているのか。その鉄は、どれほどの重みがあるのか。
「あんた、その獲物は隠しておきな。ここでは『いい錆』は、金よりも狙われる」
ニカに促され、俺はボロ布を鉄塊に深く巻き直した。
街の深部へ進むにつれ、空気の密度が変わっていく。
重油の匂い。硫黄の臭気。そして、それらを無理やりかき消すように漂ってくる、強烈な――金属の焦げる匂い。
「……近いな」
俺は、感覚のない右手を無意識に握り込んだ。
記憶の空白が、疼くように冷える。
あの日、隣で俺の中身を焼いた男。
俺から奪った過去を糧に、今もこの不浄の街のどこかで「暖」を取っている蒐集家。
不意に、霧の向こう側から何かが響いた。
『――名前を、忘れるなよ』
脳の奥底、奪われきっていない最後の一片が、震えるような警告を俺に送った。
誰の声だ。何のために言われた言葉だ。
それすらも、今の俺には思い出せない。
俺は灰色の迷宮を見据え、一歩、また一歩と深淵へと沈んでいった。
「まずは私の隠れ家へ行こう。あんたのその右腕、もう限界だよ。少しだけ『増設』してあげなきゃ、蒐集家に会う前に腕ごと腐り落ちるからね」
ニカの言葉を聞きながら、俺は自分の右腕を見た。
石のように冷たくなったその先は、もはや俺の肉体であることを拒絶しているように見えた。




