不真面目シスター二人旅 ハヅキ、盗賊に襲われた町を救う の巻
ゼロです。
所持金ゼロです。
ちょっとヤラカシて王都を逃げ出し、はるか西にある故郷へ向かうことになったのは十日前。ついに路銀がつきました。
いや、着の身着のままで脱出したので、十日も持った方が奇跡なんですけどね。
実は牢屋に入れられたときに着替えさせられた町娘の服、ポケットに結構な大金が入っていまして。洗濯するときに出し忘れたんですかねー。警察にお届けするのが筋なんですが、私も追われる身でして。ノコノコ警察に行くわけにもいかず、ありがたく使わせていただきました。
見知らぬどこかの誰か様、どうもありがとう!
あなたに神のご加護があらんことを!
「ハヅキ、お腹空いたんだけど」
私の感謝の祈りを、のんきな声がさえぎりました。
振り向けば、とんでもない美女。私の「姉」シスター・リリアン。平凡な町娘の服を着て化粧一つしていないというのに、なんでこんなに美人なんですか。
「何か食べ物ないの?」
「ありません」
「じゃ、次の宿場町で何か買わない?」
「あーのーでーすーねー!」
私、ぷちっ、ときてリリアンさんをにらみつけてしまいました。
「もうお金がない、て言いましたよね! 忘れたんですか!?」
「あんたのことだから、ヘソクリぐらいしてるんでしょ」
ぐっ――鋭い。
確かにしています。しかしこれは最後の最後、もうどうしようもなくなった時のためのお金です。今使うわけにはいきません。
だいたいですね、リリアンさんが考えなしに食べるからこうなったんですよ。貧乏旅行だという自覚、持ってもらえませんかね?
「あー、はいはい。私が悪うござんした」
リリアンさん、悪びれた様子もなく謝ると、うんっ、と背伸びをしました。
いまいち緊迫感がありません。大聖堂にいた時はいつもピリピリしてた感じなのに、なんなんでしょうね、この腑抜け感は。
「とりあえず、次の宿場町で仕事探しですよ。路銀稼がないと、マジで野垂れ死にです」
「はーい」
いい働き口があるといいんですが。でもリリアンさんの美貌では、ヨカラヌ働き口ばかり紹介されそうです。うーん、美人もいいことばかりじゃありませんね。
「いっそのこと、盗賊にでも出くわせばいいんだけど」
は、盗賊?
なんでですか?
「返り討ちにして身ぐるみ引っぺがせば、手っ取り早く路銀稼げるでしょ?」
――あなた本当に、次期聖女と言われる聖職者ですか?
◇ ◇ ◇
みなさまこんにちは。
人呼んで「不真面目シスター」、お掃除ダイスキ、ケナゲな乙女、ついに十八歳となったハヅキです。
私、訳あって今は旅の空。七年暮らした王都を後にし、懐かしの我が故郷、ゴンダーラへ向かっている最中です。
そんな私と共に旅をするのが、大聖堂で私の指導係をしていた「姉」シスター、リリアンさん。御年二十二歳の、それはもう目を見張るような美女でして、隣にいると引き立て役感がハンパない、そんな日々を過ごしております。
さて、私たちに何が起こって、どうしてはるか西の地を目指すことになったのか。
疑問に思われた方もおられるでしょう。きちんと説明すべきですが、すべてを書くと文庫本二冊ぐらいになりそうです。ここは簡潔に要点のみをお伝えしましょう。
リリアンさんが、大聖女様にケンカ売って。
負けたので王都を逃げ出す羽目になりました。
私はそれに巻き込まれただけです。
「ていっ!」
「あいたっ!」
後頭部にチョップを食らいました。
「な、なんでぶつんですか、リリアンさん!」
「世間様に誤解を招く、そんなことを考えている気がしたから」
「え、なんでわかったんですか!?」
「少しはごまかそうとしなさいよ!」
びゅんっ、と伸びてきたリリアンさんの右手を、私は華麗なサイドステップでかわしました。
むむ、と眉をひそめたリリアンさん。
ふっ、と勝ち誇る私。
「……よけたわね?」
「いつまでもやられっぱなしじゃありませんよ?」
しばしのにらみ合いの後――脳内ゴングが鳴り響き、私たちの激しい戦いが始まりました。
「このこのこのこのこのこのこのこのこの!」
「なんのなんのなんのなんのなんのなんの!」
必殺の「姉シスタークロー」を食らわさんと、猛スピードで右手を繰り出すリリアンさん。
それを紙一重で見極め、ローリングステップでかわし続ける私。
――なんてことをやっていたら、あっという間に一時間たちました。
「どうして(ゼェ、ハァ)くれる(ゼェ、ハァ)のよ。よけい(ゼェ、ハァ)おなか(ゼェ、ハァ)へったじゃない」
「リリ(ゼェ、ハァ)アンさんが(ゼェ、ハァ)わるいんです(ゼェ、ハァ)からね」
体力と時間を使っただけで何も生まない、実に無駄な一時間でした。戦いとは、本当に虚しいものですね。
「あーもー、おなかへったー」
「ですねー」
背中合わせに座り、空を見上げる私たち。
ぴーちちちち。
白い雲が浮かぶ青い空の下、小鳥のさえずりが聞こえます。さわやかな風が吹き抜け、汗ばんだ体を冷やしてくれます。
ああ、大自然の息吹。なんと心地よいのでしょう。これでお腹がいっぱいなら、言うことないんですけどね!
「……ん?」
「……おや?」
はて、気のせいでしょうか。
あちら――私たちの行く手の方から、声が聞こえたような気がします。いや、気のせいではありませんね。小さな影が一つ、こちらに向かって走って来るのが見えます。
「リリアンさん」
「女の人……みたいね」
表情を引き締め、立ち上がったリリアンさん。
私もリリアンさんに続いて立ち上がると、必死の形相で走ってくる女の人を出迎えました。
◇ ◇ ◇
「た、助けて! 助けてください!」
女の人は、私たちの目の前で、崩れ落ちるように座り込みました。
「宿場が……盗賊に襲われて。どうか、お力をお貸しください」
女の人は息を切らしながらリリアンさんを見上げ、助けを求めました。
「盗賊?」
「宿場町が……ですか?」
女の人の言葉に、私とリリアンさんは顔を見合わせます。
「なんてこと言っていますが……どう思います、リリアンさん」
「嘘に決まってるでしょ。よく見なさいよ、こいつ男よ」
「えっ!?」
「は!?」
私の声と、女の人(?)の声が重なりました。
いやいや。
いやいやいや。
ポニーテールがよく似合う、クリっとした目の可愛らしい顔立ちですよ? 体付きは華奢で、乱れた衣服から見える鎖骨がなかなかに色っぽくありませんか? 声だって女の人のものですよね?
これで男なんて、ありえますか?
「のど見なさい。こんなでっかい喉仏の女がいるわけないでしょ」
あ、ほんとだ。
「ええっ! ホントにこれで男の人ですかぁっ!?」
「ちぃっ、一瞬で見抜くかよ!」
いきなり渋い低音の声になって、女の人――いえ、正体不明の男が飛びのきました。
「さすがは次期聖女だな。たいしたものだぜ」
男の言葉に、リリアンさんがピクリと頬を動かします。
その美しいお顔が、みるみる険しくなっていきます。あの、リリアンさん、どうしたんですか?
「……ふうん、なるほど」
リリアンさん、一歩前に出ました。
「見たところ、普通の人間みたいだけど……私のこと、誰に聞いたわけ?」
「さぁ? 誰だったかな?」
男は隠し持っていたナイフを構えて、ニヤニヤ笑いました。
普通の人間?
誰に聞いた?
リリアンさん、妙なことを聞きますね。そういえばこの人、リリアンさんを「次期聖女」て言いましたね。教堂関係者ならいざ知らず、一般人がどうして知っているんでしょうか。
もしかして私の知らないところで、めんどくさいことに巻き込まれてます? だったら私、一足先に王都に帰るので、ここからは一人で行ってもらえませんか?
「逃・が・す・か」
「わぁん、タスケテー!」
しまった、「姉シスタークロー」を食らってしまった。
ひぃぃっ、頭蓋骨にギリギリくるぅ! 痛い、痛いです、離してくださいよぉ!
「今、王都に帰ったら牢屋直行よ! そのまま処刑台かも知れないのよ! 忘れたの?」
「このままリリアンさんと一緒に行く方がヤバイ、て言ってるんですよぉ!」
「誰が!?」
「え、ええと、その……ガ○ダム?」
はて、ガン○ムとは何でしょう? 天使の名前ですかね?
「そんな天使いないわよ!」
「し、新種の天使かもしれないじゃないですかぁ!」
「新種!? あんた天使を何だと思ってるの!?」
「こ、言葉の綾ですよぉ!」
そんな風に、キャットファイトを繰り広げていたら。
「……お前ら、仲いいな」
あきれた口調の、男の人の声。
あ、すいません、忘れてました。寂しかったですか?
「ふん、まあいい。まどろっこしいことはやめだ。ちっとばかり痛い目見てもらおうか」
手に持っていたナイフを、ぺろりと舐める男。
うわー、そんなことやる人、本当にいるんだ。お話の中にだけ登場する、想像上の生き物かと思っていました。
「なぁに、死にはしねえ。両足の腱を切って、歩けなくするだけだ。連れ帰って、みんなでたっぷりかわいがってやるぜ」
「あっそ」
リリアンさん、あきれた感じでため息をつくと。
足元に落ちていた石を拾います。握り拳大の、わりと大きな石。どうするのかなー、と思って見ていたら、おもむろに振りかぶって。
「やれるものなら……やってみなさい、ての!」
その時――私は世界を見ました。
時速174km(ハヅキ調べ)。
まさに世界最高速度。
そんなスピードで投げられた石は、空を切り裂き、吸い込まれるようにして、正確に男のみぞおちに直撃し。
「ぐぼっ!」
と、汚い悲鳴を上げて、男はその場に悶絶してしまいました。
――あの、死んでないですよね、あの人。これでも聖職者の端くれなんですから、人死には勘弁してくださいよ?
◇ ◇ ◇
一撃で倒された男を縛り上げ(ロープは男が持ってました)、拷問――じゃなかった、尋問して聞き出したところによると。
「み、妙な女がアジトにやってきて、もうじき女の二人連れがやってくるから捕まえてくれ、と言われたんだ」
その頼みを引き受ける前金として、盗賊たちが宿場町を襲う手伝いをし、大量の戦利品を略奪したとのこと。宿場町の人は聖堂に閉じ込められていて、助けを呼びに行けないようです。
なるほど、宿場町が盗賊に襲われたのは本当なんですね。
しかも女二人連れのうち一人が、次期聖女と言われるリリアンさんだ、てことも教えられたみたいです。
何者でしょうか、その女。
ここは有識者に聞いてみたいと思います。
「リリアンさん、誰なんですか、その女の人」
「……知らない」
「嘘ついたら神様にシバかれますよ? 正直に答えてください」
「だから知らない、てば。なんで私が知ってる前提なのよ」
ううむ、絶対知ってそうなんだけどなー。ポーカーフェイスうまいからなー、リリアンさん。
「ま、行けばわかるんじゃない?」
「へ? 行く、て……宿場町にですか?」
「そーよ。盗賊に襲われて困ってるんでしょ。助けなきゃ」
助ける、て私たち二人だけでですか?
いや無理ですよ。ここはいったん逃げて、警察呼びましょうよ。その方が絶対安全ですってば。
「あんた……自分がお尋ね者だ、て自覚ある?」
うう、そうでした。警察なんか行ったら捕まりますね。ついさっきそんなことを言っていたのに、もう忘れてました。
でも、私たち二人だけでなんて、絶対無理ですよ。いくらリリアンさんが強くても、囲まれたら負けます、てば。
「いやあんた、大聖堂に殴り込んで、聖堂騎士団壊滅させかけたんでしょ?」
「え?」
あれ、そのこと――話しましたっけ? 何で知ってるんですか?
でもあれは私の力ではなく、私に取り憑いている悪霊のおかげでして。あんまり呼び出すな、て上司の大聖女様に言われてるんですが。
「さ、行くわよ!」
むんず、と私の襟首をつかみ、宿場町へと歩き出したリリアンさん。
わ、ちょっと、問答無用ですか!? 離してくださいよぉ!
「王国最強と言われる聖堂騎士団に比べたら、盗賊なんてかるいもんでしょ? ちゃっちゃとやっつけて、宿場町の人にお礼もらいましょ♪」
これで路銀問題は解決ね、なんてつぶやくリリアンさん。
ああっ、それが狙いですか!?
確かにそんなこと言ってましたけど、本気で実行するなんて――聖職者としてそれでいいんですか? しかも悪霊使って、ですよ!
「いいんじゃない? 私たち、破門になってるんだし」
あ、そういやそうでしたね。
じゃ、いいか!
◇ ◇ ◇
私には、単身で大聖堂に殴り込み、王国最強と言われる聖堂騎士団を壊滅させかけて死刑宣告(のちに減刑)を受けたという前科があります。
もちろん、私一人の力ではありません。
いえむしろ、100%混じりけなしの、他力本願な力です。
そう、それこそが。
「いでよ、アーノルド卿!」
『アァァァーノルド=マッスゥ!』
私の呼びかけに勇ましい声が響き。
私に取り憑いている悪霊・アーノルド卿が姿を見せます。生前は貴族だったとのことで「卿」をつけてお呼びしてますが、この人、トレーニングパンツ一丁の姿なんですよね。貴族としてどうなんですか。私もリリアンさんもお年頃の乙女なんですから、せめて上着を羽織ってほしい――て。
えええっ!
トレーニングパンツ一丁じゃない!? 銀色に輝く騎士服に、黒のズボン!? 足元はかっこいいブーツまで!? え、なんですか、イメチェンしたんですか!?
『ザナドゥの騎士・アーノルド、お呼びにより参上!』
は? ザナドゥの騎士? なんですか、それ。
「……リリアンさん」
「私は何も知らないわ」
「まだ何も聞いてませんけど?」
リリアンさん、ぷいっと視線をそらします。
何かあった。
ぜーったいに、何かあった。
どれだけ頼んでもトレーニングパンツ一丁の姿を改めなかったアーノルド卿が、まさかの着衣です。しかも似合っていて、なんかかっこいいです。
あ、今、アーノルド卿とリリアンさん、目と目で会話しませんでしたか?
騎士服を着た大男と美女、なにやら信頼関係で結ばれた雰囲気――すごく絵になってません? アーノルド卿もなんだか神々しくて、まさに高潔な騎士、て感じです。
これもう絶対悪霊じゃないですよ、守護霊にランクアップしてますよ。
いったい何があったんですか? 私も混ぜてくださいよぉ!
「う・る・さ・い!」
ぎゃっ!
また「姉シスタークロー」食らった! わぁん、タスケテー!
「今、それどころじゃないでしょ。細かいことは気にしない。ちゃちゃっと盗賊やっつける!」
うう、ひどい。仲間外れってさびしいんですからね。あとで絶対、教えてもらいますからね。
『ふむ、なるほど。宿場町を襲った盗賊どもを退治せよ、てことじゃな?』
丘の上から宿場町を見下ろしていたアーノルド卿、何も説明しなくても状況を理解したようです。話が早くて助かります。
『旅の途中でも困った人は見捨てない。世を救わんとする、聖職者としての高潔なその姿勢、感服じゃの』
「いえ、困った人を助けて、お礼として路銀をもらうためです」
救うのは、世界ではなく自分ですね。
『…………』
あ、黙った。
すいません、高潔でなくて。でも言い出したの、リリアンさんですからね。私は逃げよう、て言ったんですからね。
『それはそれで……うむ、まあ……うむ』
短い時間でものすごい葛藤があったようですが、アーノルド卿、どうにか折り合いをつけたようです。
顔を引き締め、がっちーん、と大きな拳を叩き合わせて、気合を入れます。
『では、さっさと片づけますぞ』
「はい、お願いします」
アーノルド卿が突っ込んで盗賊を叩きのめしている間に、私とリリアンさんは宿場町の人を助ける。
簡単に言えばそういう作戦です。
盗賊は二十人ほど。なかなかの人数ですが、聖堂騎士百人を相手に圧倒するアーノルド卿なら、敵ではありません。
ていうか、完全にオーバーキル状態ですね。盗賊とはいえ、人死には勘弁してくださいよ?
『承知した。いざ参らん! とうっ!』
腕をぐるりと回転させて、ビシッとポーズを決めた後。
アーノルド卿は、勇ましい声と共に丘の上からジャンプし、盗賊たちのど真ん中に降り立ちました。
「な、何だお前は!」
「どこからきやがった!」
「問答無用じゃ、盗賊ども! 覚悟しんしゃい!」
そして、びっくりして右往左往している盗賊たちを、次々となぎ倒していきます。
うわー、まさに秒殺ですね。これ、アーノルド卿に任せて、私たちはここでのんびりしていればいいんじゃないですか。
「バカ、それじゃお礼もらえないでしょ! か弱い乙女が必死で助けに行くから、お礼がもらえるんじゃない」
「……」
この人、聖堂育ちの純粋培養シスターなんですが。
時々、妙に世間ずれしてるんですよね。これも生まれ持った才能なんでしょうか。
「何よ?」
「いえ、か弱い乙女って、どこにいるのかなー、て……ふぐぉっ!」
わあん、また「姉シスタークロー」だぁ!
もう言いません、言いませんから、ハナシテー!
「……ったく。ほら、行くわよ」
「はぁい」
◇ ◇ ◇
アーノルド卿が盗賊たちを蹴散らしているのを横目に、私たちは宿場町の人が閉じ込められているという聖堂へ向かいました。
こういうとき、適度な大きさの聖堂って便利なんですよね。
でも行って大丈夫かな? 私はともかく、次期聖女と言われているリリアンさん、聖堂の導師やシスターに顔を知られているかもしれないのに。
「あそこですね」
走ること五分。宿場町の端にある聖堂に到着しました。
入口に板が打ち付けられて、出入りできないようになっています。
「あれ、外すの無理じゃないですか?」
「窓は?」
「窓も同じですね」
一縷の望みをかけて裏口へ。そこも板が打ち付けられていましたが、若干隙間が空いています。ここに何か差し込めば外せそうです。
「あら、いいものあるじゃない」
なんと!
裏口から少し離れたところに、金槌と釘抜が捨ててあるじゃないですか。まるでこれを使って開けろと言わんばかりです。最近のRPGは親切ですね!
「はい、がんばって」
リリアンさん、金槌と釘抜を拾うと、私に差し出しました。
「え、私がやるんですか?」
「私、か弱い乙女なの。力仕事、苦手なのよね」
うわー、いけしゃあしゃあと。頭蓋骨がマジで割れるんじゃないか、て握力してるくせに。
「なに? 文句あるの?」
「いえ、ありません」
「姉シスタークロー」はもういやなので、黙って作業をするとしましょう。金槌と釘抜を受け取り、打ち付けられた板の隙間に差し込んで――せーのっ!
「ん……ぬぬぬっ!」
か、固いです。これ、けっこう力いりますよ。ふんっ、ふんがっ、ふんだらばぁっ!
「こ……のぉ! えい、やぁ!」
「ああもう、情けないわね」
なかなか開けられずにいると、リリアンさんが仕方ない、て感じで手を添えてくれました。
そして。
「えいやっ!」
ばきぃっ!
リリアンさんがぐいっと押さえると、釘があっさり抜け、打ち付けていた板が割れました。
「なに、たいして固くないじゃない」
「え、ええっ!? 私、全力でやりましたよ? びくともしませんでしたよ? リリアンさん、ひょっとしてゴリラの加護がついてるんじゃないですか!?」
「し・つ・れ・い・ね!」
ギィィィッ、と音を立てて、裏口の扉が開きました。
あらま。
蝶番、油刺してないんですかね。いけませんねえ、私に宿る家政婦魂が震えます。皆さんを助けた後で、聖堂のお掃除しちゃいましょうかね。よく見ればあちこち汚れてますし、これは掃除のし甲斐がありそうです。
うーん、いいですねえ。しばらくお掃除してませんから、やりがいのある場所を見てうずうずしちゃいます。お掃除プランとしては、まず入口や窓の板を外し、窓を開けて空気を入れ替え。手始めに礼拝堂のお掃除をして、それから――。
「なにぼーっとしてるのよ」
はっ、いけない。ちょっとトリップしてました。まずは町の人を助けてからですね。
「ほら、行くわよ」
「あ、はい」
――とまあ、お掃除プランに気を取られるあまり、気づけなかったんですよね。
なぜか見張りがいない聖堂。
ちょうどよく置かれていた、金槌と釘抜。
どんなに力を入れても私では開けられなかったのに、リリアンさんだとあっさり開いた裏口。
まるでリリアンさんを誘い込もうとしているような、そんな怪しさ満点なことに。
いやあ、私の家政婦魂を的確に突いた、見事なカモフラージュでしたね。これは騙されても仕方ないと思います、はい。
◇ ◇ ◇
聖堂の中は薄暗く、物音ひとつしませんでした。
宿場町の人が閉じ込められているにしては、静かです。
「……静かすぎませんか?」
なんていうか、人の気配を感じません。明かりもついておらず、真っ暗です。これはヤバいかな、引き返した方がよいかも、と思い振り返ると。
裏口の扉が、音もなく閉じていました。
そんなバカな!
蝶番、油が切れて音を立てていたじゃないですか。今の一瞬で誰かがお掃除して油を刺した、てことですか!?
「誘いこまれたわね」
「え?」
「罠だった、てこと」
ぞわわっ、と背中を悪寒が走りました。
聖堂内の空気が一変するのを感じました。振り向くと、背後から黒いモヤのようなものが押し寄せてきています。
「走って!」
あれはマズイ。根拠なくそう思ったとき、リリアンさんが叫びました。
「なんですか、あれ!」
「知らないわよ! でも、ヤバイ感じよ!」
そのまま聖堂の奥へ、礼拝堂へと向かうしかありません。うーわー、これ絶対罠だ。礼拝堂で何かが待ち構えているのは確実です。アーノルド卿、すぐにこっちに来てくださいよぉ!
『どうした、何事じゃ?』
「え……アーノルド卿?」
はて、なぜにアーノルド卿の声が?
『ワシはハヅキ様と従者契約をしとるじゃろうが。忘れたんかい?』
あ、そうでした。魔法で従者契約して、テレパシーでツーカーになったんでした。
すっかり忘れてましたよ、その便利設定!
「閉じ込められた聖堂に、黒いモヤに追われて、ヤバイ感じで罠なんです!」
『意味はよーわからんが……ピンチなんじゃな?』
いけません、焦って文章がめちゃくちゃでした。
「はい、大ピンチです!」
『すぐに行く、ふんばりんしゃい!』
「お願いします!」
「ハヅキ!」
どんっ、とリリアンさんに突き飛ばされました。
アーノルド卿とのテレパシーに気を取られて、思いっきり転がってしまいました。でもそれが幸いして、すぐ上を通り過ぎて行った、黒いモヤの塊をかろうじてかわせました。
「あいたっ!」
ごちん、と壁に頭を打ってしまいました。
うう、痛いです。でもうずくまってる場合じゃありません。
「リリアンさん!」
まずいです。リリアンさんと離れてしまいました。黒いモヤに満ちていて視界が悪く、リリアンさんがどこにいるのかわかりません。
「ん?」
ぐにゃっ、と。
何かを踏んでしまいました。なんだろう、と足元を見ると、人間の――手?
「ひっ!」
え、ちょっと――まさか死体とか言いませんよね。ひょっとして切断された手だけとか!? グロいの嫌ですよ。こう見えて私、ビビリで小心者の一般人ですからね!
「あ、違う……これ、人?」
つま先でつんつんして確認したところ、どうやら手だけではないようです。でも思い切り踏んだのに反応がありません。死体疑惑は消えていませんが――違いますよね、寝ているか気を失っているかですよね?
「こんのぉ!」
リリアンさんの声が聞こえました。
右斜め、二時の方向。距離十メートル。黒いモヤを切り裂くように光が生まれ、それがどんどん明るくなります。
これ――リリアンさんの法力ですか!?
真面目に修行をしていたシスターだけが使える、聖なる力です! もちろん私は使えません! しかもこんなふうに光になって見えるなんて、かなりの威力ですよ!
よっしゃ、いったれリリアンさん! これなら大抵のやつは一撃で粉砕、勝ち確です!
――なんて、心の中でエールを送った時。
『いいのかい? 人質ごと吹き飛ぶよ?』
どこからともなく、女の声。
誰でしょう、初めて聞く声です。人質ってことは――私が踏んでるのは死体じゃない、てことですね。死んでたら人質にならないですもんね。ああよかった。
「その声……アケビね」
『おや、覚えていてくれたのかい? うれしいねえ』
あー、やっぱり。
何が「知らない」ですか。思いっきり知り合いじゃないですか。
「この黒いモヤ……あんたの仕業? 魔族の力そのもの、てとこかしら」
『正解だよ。さすがは次期聖女だねえ。それにすさまじい力だ、あんたなら簡単に吹き飛ばせるだろうね。でも!』
そこで魔族の女――アケビが言葉を切り、ためます。
『私の力は、ここに閉じ込めた人間にべっとり絡みついてるからね! 力を解放すれば、人質ごと吹き飛ぶよ!』
「……卑怯ね」
『卑怯で結構! あんたを倒せるならどんな手だって使うさ!』
アケビの激した声が響きます。
『さんざんコケにしてくれたこと、許しゃしないからね! 殺してください、て泣いて乞うまで徹底的にいたぶってやるよ!』
うーん、マジのガチで恨み買ってますね。リリアンさん、何したんですか?
『さあどうする? 人質もろとも吹き飛ばせば、私を倒すのなんて簡単さ。でもあんたにできるのかい、次期聖女様』
「くっ……」
『あんたの力は強い。でもそれが弱点さ。強すぎるんだよ、あんたの力は』
アケビの高笑いが響きます。
ええと、つまり。
なんだか知らないけど、魔族がリリアンさんを恨んで罠にはめた、てことでしょうか。でも、なんでリリアンさんを? 魔族の四天王(自称?)をやっつけた私を恨んで、ならわかるんですが――。
『ほらどうした! 私なんか、いつでも返り討ちにできるんだろ? 私はクソザコなんだろ!』
うーん、どうやらリリアンさん、この魔族とやり合ったことがあるようですね。
あ。
王都を出て三日目、霧に迷ってはぐれた時に魔族が襲ってきて返り討ちにした、て言ってたけど、ひょっとしてその時の魔族ですか?
『あはははっ、いい気味だ! じわじわなぶり殺しにしてやるから、覚悟しな!』
「こ……のぉ……」
アケビの高笑いに、リリアンさんの悔しそうな声。
ううむ、どうしましょう。何も見えないので、手の打ちようがありません。とにかくこの黒いモヤを消せればいいんですが。アーノルド卿、早く来てくださいよぉ!
『すまぬハヅキ様。すぐには行けそうにない』
「え、どうしたんですか?」
『魔族がいきなり湧いて出たんじゃ。たいした強さではないが、数が多すぎて手間どっちょる!』
それは例えれば、百近い部屋がある建物を掃除するようなものですか?
同じ広さでも、大広間一つなら一気に掃除できますが、細かい部屋に分かれていたら手間ということですね? なるほど、大変ですね!
『いや、うむ……まあ、そういう感じじゃな』
何やら歯切れの悪い返事ですね。でも、状況は理解しました。
で――どうしよう?
『さあ、クソザコの魔族にいたぶられる屈辱を味わいな!』
黒いモヤが動きました。
おそらく、リリアンさんがいるであろうところへと集まっていきます。黒いモヤは魔族の力そのものと言っていましたね。このモヤで、リリアンさんをいたぶろうというんでしょうが、はたしてリリアンさんを簡単にいたぶれるものでしょうか。
「きゃっ!」
いきなり聞こえた、リリアンさんの乙女らしい悲鳴。うわ、そんな声初めて聞いた。
「ち、ちょっと、どこに入り込んで……やめ、やめなさい! この、変態魔族がぁ!」
え、何されてるんですか?
ひょっとしてR18な展開ですか? いたぶる、てそういうこと!?
モヤに包まれて見えないからって、なんてことするんですか!
リリアンさんは純粋培養の箱入りシスター、そっち方面の耐性はないはずです。そんなマニア受けする展開、全年齢指定の作品でしないでくださいよ!
「あわわ、どうしよう……」
このままではリリアンさんが(ピーッ)な感じになっちゃいます。なんとかしないと、でもどうすれば――ん?
「あれは……」
黒いモヤがリリアンさんに集まったせいか、私の周囲はモヤが晴れ、うっすらとですが見えるようになっていました。
そして、視界の隅に入ったものは――壁に立てかけられた、デッキブラシ!
「あれだっ!」
私、デッキブラシに向かって猛然とダッシュしました。
ブラシの幅十六センチ、柄の長さ八十五センチ。どこのご家庭にもある、使い込まれたデッキブラシ。これなら――これさえあれば、何とかなります!
「いや、ちょっと……やめて、やめてよ! やだ、そんなところ! いやぁっ!」
まずい、リリアンさんの乙女がいよいよピンチです。これ以上進んだら運営に目を付けられます。今助けに行きますからね!
「聖なる箒!」
あらゆる掃除道具のお掃除力をアップする、私のオリジナルスキル、発動!
お掃除特化型スキルなんですが、なぜか魔族にも通用します。これで黒いモヤを払えば、なんとかなるはずです!
「おりゃおりゃおりゃおりゃおりゃおりゃーっ!」
ごらんください、ひとこすりで黒いモヤがこの通り!
きれいさっぱり、消えてなくなりましたね! よっしゃー、行きますよー!
「だぁぁぁぁりゃぁぁぁぁ!」
『なっ!? なんだいその力は!』
アケビが驚愕する声が聞こえました。
はっはっは、どうですかこの驚きの白さ! 魔族の力たる黒いモヤとともに、聖堂にこびりついた汚れもきれいさっぱりです。
さあ、徹底的にお掃除しますよ!
黒いモヤに包まれ、床に倒れていた町の人たちを、デッキブラシでひとこすり。あっという間に人質解放!
お次は壁を、床を、ついでとばかりに天井も、徹底的にブラッシュアップ!
『や、やめろ! 貴様……そうか、貴様があのハヅキか!』
おや、私のこともご存じで?
そうです、神が遣わしたスーパー家政婦、ハヅキちゃんとは私のことです!
ほらほら、どんどんきれいになっていきますよ。
さあ、あと少しです!
「リリアンさん、無事ですか!」
もっともガンコに汚れていた、祭壇前の塊を磨いてやればあら不思議。私の姉シスター・リリアンさんのお姿発見。
――て。
うわ、うわわ!
着ていた服は、溶かされてしまったのか跡形もなくなっていて。
大聖女様のムチムチ・ケシカラン・バディとは違った、スレンダーで均整の取れた、まさに芸術的なお体が丸見えです。
ちょっと、まじでR18展開じゃないですか!
服、代わりの服!
なんでもいいから体を隠せるものはないですか!?
「こ……の、や、ろ、う……」
羞恥と怒りで顔を真っ赤にして、リリアンさんが真っ裸で立ち上がります。
「神のみ教え、心に刻み……」
そして、両手を合わせて祈りの姿勢に。聖典の一節を口ずさみ始めると、リリアンさんの全身から光が放たれ始めました。
え、ちょっと――こ、これはマズイです!
「あ……アーノルド卿! 今すぐひっこんでください!」
『なんじゃ、ピンチは切り抜けたんか!?』
「リリアンさんが、ブチ切れて法力を全力全開で放射するんです! アーノルド卿が食らったらひとたまりもありません!」
まるで本物の騎士のように高潔な方ですが――アーノルド卿はあくまで悪霊。
修行不足の私ですらビンビン感じる、聖なる力の全力放射食らったら、たぶん消し飛びます。
『し、承知!』
『ひっ! じ、冗談じゃないよ!』
そのヤバさに気付いたのか、アケビも悲鳴を上げています。あ、これ逃げ出しましたね。
「逃が……すかぁっ!」
それに気づいたリリアンさん、怒髪天を衝く形相で叫ぶと。
絶対に逃がさないという鬼の迫力で、超高速かつ正確無比に聖典の一章を歌い上げ。
「妖魔退散っ! 悪魔よ、退けぇっ!」
容赦なしの全力全開で聖なる力をぶっぱなし――この宿場町を含めたニ十キロ四方から、魔族が消滅したのでした。
◇ ◇ ◇
こうして、魔族に襲われた宿場町は救われました。
ブチ切れて力を使い果たしたリリアンさんは、そのままぶっ倒れて一昼夜眠り続け、ようやく目が覚めたのは、翌々日の昼前でした。
「はー、おいしかった」
起きるなり「お腹空いた」とのたもうたので、パンがゆ作ってあげたら、三人前をぺろりと平らげました。
なんてゆーか――頑丈ですね、リリアンさん。
「鍛えてるもの」
さようですか。
「ねえ、お肉ないの? 物足りないんだけど」
がまんしてくださいよ。こちとら路銀がないんですよ? パンがゆ食べられるだけでもありがたいと思ってください。
「お目覚めですか?」
不満そうにしているリリアンさんをなだめていたら、この聖堂の主、導師様がやってきました。
六十代半ばの、好々爺、という感じのお方です。リリアンさんがベッドから降りようとしたら、「そのままでよいですよ」と優しく言って、椅子に腰かけました。
「お体の方は大丈夫ですか?」
「はい。助けていただきありがとうございます、導師様」
「いえいえ、それはこちらのセリフです。魔族を退けていただき感謝しております……シスター・リリアン」
ぎょっ、とした私たちを見て、導師様が笑いました。
「次期聖女と言われるリリアン殿。そして大聖女様の側仕えであるハヅキ殿。失礼ながら、自分たちが有名人であることを、もう少し自覚すべきですな」
え、私もですか? うーん、私、有名になるようなこと何かしましたっけ?
「やらかしまくってるでしょうが」
「ですな」
リリアンさんと導師様に、あきれられてしまいました。てへ♪
いや、そんなことより。
正体がばれてるなんて、早くも詰みですかね。リリアンさん、あと一日は休まないと起き上がれなさそうですし。今頃、通報を受けた聖堂騎士が、私たちを連れ戻すべくやってきてるんでしょうね。
「いえいえ、通報などしておりません」
「え?」
「大聖女様より、内々に連絡が来ておりましてな。お二人がここへ来たら、この手紙と当面の路銀を渡してやってくれ、と」
導師様は、封がされた手紙と一緒に、路銀が入った袋をリリアンさんに差し出しました。
「行先は、ゴンダーラですな?」
「……なぜご存じなんです?」
リリアンさん、警戒の声。ですよね、ゴンダーラに行くと決めたのは、王都を逃げ出した後ですから。なんで知っているんでしょうか。
「大聖女様の手紙に書かれておりました。ここへ来たということは、西に向っているということ。ならば目的地はゴンダーラだろう、と」
ええと――なんていうか、ちょっと怖いです。
大聖女様、何もかもお見通しなのでしょうか。私たちひょっとして、大聖女様の手のひらの上で転がされているのでしょうか。
うう、さすがは「歴代最強、魔王とサシで戦える聖女」なんて言われているだけありますね。コウメ、なんてかわいい名前なのに、やっぱりすごい人です。
「手紙は……私宛なんですね」
渡された手紙の表書きを見て、リリアンさんがぽつりとつぶやきました。導師様が優しい顔でうなずきます。
「あなたに伝えるべきことを、きちんと伝えていなかった。どうか手紙を読んでほしいと、そのように言付かっております」
ちなみに私宛の手紙はないとのこと。「あんまりやらかすようなら、お目付け役を送り込むのでそのつもりで」との言付けだけだそうです。
ええー。
なんで「やらかす」のは私、という前提なんですか。最近はリリアンさんの方がやらかしてると思うんですけど。偏見、てよくないと思います!
「やはりあなたは、シスター服がよく似合いますな」
導師様がそんなことを言いました。
手紙をじっと見つめていたリリアンさん、導師様の言葉に「え?」と顔を上げます。
魔族に襲われて、服が溶けてしまったリリアンさん。やむなく聖堂に保管されていたシスター服を着せたのですが――確かに、すごくしっくりしますよね。
「そのシスター服は差し上げます。どうぞお持ちください」
「ですが私は……」
「破門されたからといって、教えを捨てたわけではないのでしょう。ならば、あなたはシスターですよ」
「導師様……」
「まあ、旅の服としては悪目立ちしそうですので、別の服も用意しましょう。旅の中で己を見つめ、大成してお戻りになる日をお待ちしております」
それだけ言うと、導師様は席を立ち出て行ってしまいました。
「期待されてますね、リリアンさん」
「でも、私……邪神の巫女だし……」
魔族に心の隙を突かれ、その身に「邪神」を降ろしたリリアンさん。ゆえに「邪神の巫女」とされ、教堂を破門になったのですが。
そう思っていない人もいる、てことですね。
「そんなこと言ったら、私なんて悪霊憑きですよ?」
ちなみに私は、酔った勢いで悪霊と契約しました。その時のこと、よく覚えていないんですよね、てへ♪
「ま、旅は長いんですし。道中、ゆっくり考えればいいんじゃないですか?」
私も席を立ちました。
どこか呆然とした顔で、手紙を眺めているリリアンさん。敬愛する大聖女様からの手紙ですからね、きっと一人きりで読みたいでしょう。
しばらく席を外すとしましょう。
そうだ、宿場町のお掃除をお手伝いしよう! 久々のお掃除、うーん、腕が鳴るなあ。よーし、町中をピカピカにしてやるぞ。
えい、えい、おー!
◇ ◇ ◇
二日後の朝、私たちは宿場町を後にしました。
町を救ってくれた「聖女」として、宿場町の人に感謝されまくっていたリリアンさん。当面の路銀に加え、服やら鞄やら、旅に必要なもの一式をそろえていただきまして、準備万端です。
ちなみに私も、凄腕の掃除人として皆様に感謝されました。
いやー、久々にお掃除ができて大満足です。記念品として、聖堂にあったデッキブラシをもらっちゃいました。
やったね♪
「んー、いい朝ね。絶好の旅日和!」
しっかり休んで回復したリリアンさん、元気いっぱいになりました。
ま、泣き腫らした目が気になりますが。大聖女様からの手紙を読んで号泣していたみたいですけど、落ち込んでいる様子はありません。
うん、大丈夫でしょう。
「ところでリリアンさん。襲ってきた魔族の女のこと、教えてもらいたいんですけど」
「えー、知らないしー」
「いやいや、絶対知ってますよね。名前呼んでたじゃないですか。私、確実に巻き込まれるんですから、ちゃんと教えてくださいよ」
「大丈夫でしょ、アーノルドさんがいるんだし」
「あ、そうだ! アーノルド卿! なんですか『ザナドゥの騎士』て。あれもリリアンさんですよね!?」
「えー、知らなーい」
私の追及にもどこ吹く風で、しらばっくれているリリアンさん。答える気、ゼロのようです。
あーもー。
勘弁してくださいよ。私が困るの、そんなに楽しいですか?
「うん♪」
「……怒りますよ?」
「あはは、冗談だってば」
いつものすまし顔でなく――リリアンさんが、声を上げて笑いました。
うっわー。
そんな顔して笑えるんですねえ。なんていうか、その――マジでかわいいです。同性の私がそう思うんですから、世の男性が見たら、たいていの人がイチコロですね。美人、て卑怯だなー。
「ま、なんていうか。まだ自分でも整理ついてないから、ちょっと待ってよ」
やれやれ。わかりました、待ちますよ。
でも早めにお願いしますね、ただでさえ大変な長旅になりそうですから。心配事は少ないに越したことはありません。
「ん……そうだね、長い旅になりそうだね」
でも、と。
私を見て、リリアンさんは素敵な笑顔を浮かべました。
「あんたが一緒なんだし。大丈夫よ、きっと」




