第54話 【科学回】周期表で遊ぶ〜ヨハン視点〜
※作者の趣味で科学蘊蓄が延々と続きます。興味ない方は遠慮なく飛ばしてください。
研究室から鉱石のコレクションを抱えて戻ってきた。
工房で働いていた頃から集めていた石たち。綺麗だから、珍しいから、そんな理由で拾い集めたものだ。
「師匠、これ見てくれ!」
俺は師匠の机の上に石を並べ始めた。
「……あなたのコレクションね」
「これ全部、周期表で説明できるか確かめたい!」
「いいわよ。やってみなさい」
さっき描いてもらった周期表を広げる。
「まずはこいつだ」
金色に輝く石。黄鉄鉱。
「これは……鉄と硫黄だよな」
周期表を見る。鉄は26番、硫黄は16番。
「FeS₂……鉄が1で硫黄が2か」
26番の鉄は、真ん中あたりの列にある。遷移金属ってやつだ。硫黄は酸素と同じ列——16族。
「同じ列ってことは、酸素と硫黄は似た性質か」
そうだ。だから鉄は酸素とも硫黄とも結びつく。酸化鉄も硫化鉄も存在する。
「すげえ……ちゃんと理屈が通ってる! やべえ、面白くなってきた!」
師匠が少し目を細めた。楽しそうに見てる。
次の石を手に取る。
銀色に輝く重い石。方鉛鉱。
「鉛と硫黄。PbS」
鉛は82番。かなり下の方だ。でも硫黄との組み合わせは黄鉄鉱と同じ。
「82番か……陽子が82個もあるのか」
俺は次々と石を手に取り、周期表に印をつけていった。
黄銅鉱——銅と鉄と硫黄。赤鉄鉱——鉄と酸素。石英——ケイ素と酸素。岩塩——ナトリウムと塩素。
「よし、だいぶ埋まってきたぞ!」
俺は興奮していた。自分が集めてきた石たちが、周期表の上で意味を持っていく。バラバラだったものが繋がっていく感覚。たまんねえ。
でも、周期表を見ると、まだ印がついていない元素がたくさんある。
「なあ師匠、この辺の元素……俺のコレクションにないんだけど」
ガリウム、ゲルマニウム、ネオン、アルゴン……聞いたこともない名前が並んでいる。
「どうやったら見つかるんだ?」
師匠が少し考える。
「この世界では、まだ見つかっていない元素がいくつかあるわね。見つけ方は元素によって違うわ」
師匠が周期表を指さす。
「たとえば、この辺りの元素——ガリウム、ゲルマニウム。これは鉱石の中に微量に含まれているの」
「鉱石の中に?」
「亜鉛鉱石や銅鉱石を精錬するとき、副産物として出てくる。注意深く分離すれば見つかるわ」
「なるほど……」
俺は自分のコレクションを思い出した。精錬のときに出る不純物。普段は捨てていたやつだ。
「あの中に、未知の元素があるかもしれないのか……!」
鳥肌が立った。捨てていたゴミの中に、誰も見つけていない元素があったかもしれない。
「やべえ……やべえよ師匠! 今すぐ調べたくなってきた!」
「落ち着きなさい」
師匠が呆れたように言った。でも、その目は優しかった。
「他には?」
「希ガスは空気中にあるわ」
「空気に?」
「アルゴン、ネオン、クリプトン……全部、空気を液体にして分離すれば取り出せる」
「空気を液体に……」
「とても冷やすの。マイナス200度くらい」
「マイナス200度!? どうやってそんなに冷やすんだ?」
「それは……追々教えるわ」
師匠が小さく笑う。まだ教えてもらえることがあるらしい。
「フッ素は?」
「蛍石から取れるわ。カルシウムとフッ素の化合物、CaF₂」
「蛍石! あれ持ってる!」
俺は興奮した。あの綺麗な紫色の石に、フッ素が含まれていたのか。
「でも、フッ素を単体で取り出すのは難しいわよ。とても反応性が高いから」
「どのくらい反応するんだ?」
「ほとんど何とでも反応する。ガラスすら溶かすわ」
「ガラスを!?」
「だから容器の材質を選ぶのが大変なの」
「やべえ……フッ素、やべえやつだ……!」
俺はコレクションの中から蛍石を取り出した。紫色に透き通った、綺麗な石。
「こんな綺麗な石の中に、そんなヤバいやつが入ってるのか」
「化合物になっていれば安定しているわ。単体で取り出すと危険なだけよ」
「なるほど……結びついてると大人しくなるってことか」
師匠が頷いた。
「あなた、理解が早くなったわね」
「え、そうか?」
「最初の頃は、もっと時間がかかったもの」
そう言われると、ちょっと嬉しい。
「臭素は?」
「海水から取れるわ。塩化マグネシウムと一緒に含まれている」
「さっき言ってた『にがり』か!」
「そう。臭素は液体よ。常温で液体の元素は珍しいわ」
「常温で液体……」
「水銀と臭素だけ」
「水銀は温度計に使ったやつだな。あのぬるぬるした銀色の」
「そうね。あれも面白い元素よ」
俺は周期表を見つめた。水銀は80番。金の隣だ。
「金の隣なのに、全然違う性質だな」
「それが周期表の面白いところよ。縦は似ているけど、横は違う」
「ヨウ素は?」
「海藻から取れるわ」
「海藻!?」
「海藻を燃やした灰から抽出できるの」
「海藻に元素が含まれてるのか……」
「生物は環境から元素を取り込む。海藻は海水からヨウ素を濃縮しているの」
「へえ……」
俺は考えた。生き物も、元素でできている。
「じゃあ、俺の体も元素でできてるのか」
「もちろん。炭素、水素、酸素、窒素……あとはカルシウム、リン、鉄……」
「全部周期表に載ってるやつだ」
「そうよ。この世界のすべては、周期表の元素でできているの」
俺は周期表を見つめた。ふと、アルカリ金属の列の一番下に目が止まった。
「なあ、このフランシウムってやつは? アルカリ金属の仲間なら、ナトリウムみたいに水と反応するのか?」
「フランシウムは……」
師匠が少し困ったような顔をした。
「自然界にはほとんど存在しないわ。とても不安定なの」
「不安定?」
「原子番号が大きいほど不安定になる、って教えたでしょう? フランシウムは87番。すぐに壊れてしまうの」
「壊れる……」
「生まれても、ほんの一瞬で別の元素に変わってしまう。だから見つけるのがとても難しいのよ」
なるほど。周期表に名前があっても、実際に手に入れるのは難しい元素もあるんだ。
俺は改めて周期表を見つめた。
たった100個足らずの元素。それだけで、この世界のすべてが作られている。
鉱石も、金属も、空気も、水も、俺の体も。
「すげえ……すげえよ、これ……」
声が震えた。
今まで俺が見てきた世界。工房で扱ってきた金属。道端で拾った石。呼吸している空気。全部、この表で説明できる。
「分かってきた?」
「ああ。周期表って、世界の設計図みたいなもんだ」
師匠が頷く。その顔に、珍しく柔らかい表情が浮かんでいた。
「そうね。それを理解したあなたは、もう立派な科学者よ」
「科学者……俺が?」
「自分で考えて、自分で発見できる。それが科学者」
俺は周期表を見つめた。まだ印がついていない空欄がたくさんある。誰も見つけていない元素。誰も手にしていない物質。
胸が熱くなった。
「師匠」
「なに?」
俺は立ち上がった。
「この世界にある元素、全部見つけてやる。俺が」
師匠が目を見開いた。そして、小さく笑った。
「……ええ。期待しているわ」
その声は、いつもより優しかった。
俺は周期表を大事に畳んだ。これは宝の地図だ。まだ見ぬ元素への、道しるべ。
全部見つけてやる。絶対に。




