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私はメイドです!〜お嬢様の世界征服に巻き込まれた哀れな日々〜  作者: ほしみん
第一章 国内改革

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第5話 帳簿の闇

鉱山から戻ったのは、出発から五日後のことだった。


王城の門をくぐった時、私は疲れ切っていた。馬車での長旅、慣れない帳簿調査、そして——見つけてしまった真実の重さ。


三月の風は、まだ冷たい。でも、陽射しには春の気配があった。


「お嬢様、戻りました」


執務室に入ると、お嬢様は窓辺に立っていた。振り返りもせずに言う。


「で、どうだった?」


「……ひどいものでした」


私は持ち帰った帳簿の写しを差し出した。


「現地の産出記録と、王城に届いている報告書を比べたのですが」


「合わなかった?」


「はい。現地の方が三倍以上多いんです」


お嬢様がようやく振り返った。その顔に驚きはない。


「三倍。つまり、三分の二は横流しされてる」


「お嬢様は……知っていたんですか?」


「帳簿を見た時点で、おかしいとは思ってた」


お嬢様は私の持ってきた書類を受け取り、ぱらぱらとめくった。


「でも、証拠がないと動けないでしょう?」


「だから私を……」


「ええ。あなたが見てきた。それが証拠になる」


私は黙った。


最初から、そのつもりだったのだ。


「他の鉱山も同じだった?」


「調べられた範囲では、全部そうでした」


「全部、ね」


お嬢様は小さくため息をついた。


「明日、貴族たちを集めるわ。あなたも来なさい」


「私がですか?」


「証人がいた方が、説得力があるでしょう?」


私は頷くしかなかった。





玉座の間に、大臣と貴族たちが集められた。


私は壁際に控えている。いつものメイドの位置。でも今日は、視線が痛い。


「先日、鉱山の実態を調査しました」


お嬢様が口を開いた。玉座の隣に置かれた小さな椅子。足は相変わらず床に届かず、ぶらぶらと揺れている。


「結果、重大な問題が判明しました」


貴族たちがざわつく。


「産出量の三分の二以上が、正しく国庫に納められていません」


「な……」


誰かが声を漏らした。


「つまり、横流しです」


お嬢様の声は淡々としていた。五歳の少女が、国家的な不正を告発している。その絵面のシュールさに、私はまだ慣れない。


あの小さな手でお人形を抱いていたお嬢様が。「可愛いでしょう?」と小首を傾げていたお嬢様が。もぐもぐと小さな口で食事をしていた、あの愛らしいお嬢様が。


今、大貴族たちを震え上がらせている。


「そ、それは何かの間違いでは……」


一人の貴族が立ち上がった。顔が青ざめている。


「私の侍女が現地で確認してきました」


お嬢様がちらりと私を見た。貴族たちの視線が集まる。


「私の侍女が間違えている、とでも? 言葉に気をつけなさい」


冷たい声。五歳の少女が発しているとは思えない威圧感。


貴族は何も言えずに座り込んだ。


沈黙が広がる。


お嬢様は椅子から降りると——足が床に届かないから降りるしかないのだ——ゆっくりと貴族たちの前を歩き始めた。


小さな足音が、広間に響く。


誰も、何も言えない。


お嬢様が立ち止まった。一同を見渡す。


「本日より、帝国内の全鉱山を国家の直轄とします」


静かな声だった。だからこそ、逃げ場がなかった。


「賭博、塩、タバコも同様です。鉱山と同じ事が起こってました」


「なっ……!」


「り、理由は……?」


誰かが震える声で聞いた。


「さっき説明したでしょう? あなた聞いてなかったの?」


お嬢様は振り返りもしなかった。


貴族たちが騒然となった。


「そんな……それでは我々はやっていけません!」


一人が叫んだ。鉱山を領地に持つ貴族だろう。顔が真っ赤だ。


「収入が減るのは承知しています」


お嬢様は動じなかった。


「さぞかし私腹を肥やしてきたでしょうし、それでなんとかなさい、と言いたいところですが……まあ、そこは譲ってあげましょう」


貴族たちの顔が引きつった。


「三年間、領地への税を減免します」


「三年……?」


「その間に、別の収入源を見つけなさい」


お嬢様は貴族たちを見回した。


「農業でも、工芸でも、商売でも。領地経営を見直す機会です」


「しかし……」


「これはヴァイスバッハ——私の実家も同じです」


お嬢様の言葉に、貴族たちが黙った。


「私が身を切るのに、あなた方だけ例外にはできないでしょう?」


お嬢様はくるりと振り返った。


「ねえ、お父様?」


貴族の列の中で、旦那様がびくりと肩を震わせた。


「も、もちろんだとも……シャルロッテ……」


「よかった。わかってくれて」


お嬢様はにっこり笑った。


五歳の娘に、父親が完全に気圧されている。


貴族たちは顔を見合わせた。誰も、助け舟を出せない。


「異論がなければ、これで決まりです」


お嬢様は一同を見渡した。


「まだ何か言いたいことはあるのかしら?」


沈黙だけが広がった。





会議が終わった。


貴族たちは重い足取りで去っていく。私はお嬢様の後について、執務室へ戻った。


「お嬢様」


「なに?」


「これで、横流しをしていた者たちを罰するのですか?」


お嬢様は窓辺に立っていた。小さな背中が、夕日に照らされている。


「今はまだ」


「え?」


「今罰したら、国が回らなくなる。代わりの人材がいないもの」


「では、このまま……?」


「三年待つわ」


お嬢様は振り返った。


「人材を育てて、証拠を集めて、それから一気に潰す」


「一気に……」


「貴族のほとんどは不正をしてる。今日の反応を見ればわかるでしょう?」


確かに、あの場で声を上げた貴族の顔は、どれも後ろめたさに満ちていた。


「三年後、準備が整ったら、全員まとめて処分するわ」


お嬢様は淡々と言った。


「それまでは泳がせておく」


私は背筋が寒くなった。


三年間、証拠を集めながら、何食わぬ顔で政務を行う。そして機が熟したら、一網打尽にする。


五歳の少女が考えることじゃない。


「お嬢様」


「なに?」


「三年後、私は……」


言いかけて、やめた。


三年後。私は十八歳になる。


普通なら、結婚して、メイドを辞めて、普通の暮らしをしているはずだった。


「何か言いたいことがある?」


「いえ……何も」


お嬢様は少し首を傾げた。


「あなた、結婚とか考えてた?」


「え?」


「その年頃なら、普通は考えるでしょう」


私は何も言えなかった。


「残念だけど、しばらくは諦めて」


「……はい」


「あなたがいないと困るの」


その言葉が、嬉しいのか悲しいのか、わからなかった。




その時、扉が控えめにノックされた。


「シャルロッテ様、クライン伯爵がお目通りを願っております」


侍従の声だった。


「通して」


入ってきたのは、五十がらみの貴族だった。顔色が悪い。さっきの会議にもいた人だ。


「シャルロッテ様……お願いがあって参りました」


「何?」


「賭博場の国営化の件でございます」


クライン伯爵は額の汗を拭った。


「国営化には従います。ですが……」


「ですが?」


「実際に接収しようにも、我々の手には負えないのです」


お嬢様は小首を傾げた。足をぶらぶらさせながら。


「どういうこと?」


「賭博場を仕切る者たちが、言うことを聞かないのです」


「あら」


「用心棒を送っても追い返される。役人を送っても脅される。もはや領主として何の力も及ばず……」


クライン伯爵は床に額をつけた。


「国営化せよとの命は承りました。ですが、それを実行する力が我々にはないのです。どうか、お力をお貸しください……」


お嬢様は紅茶を一口飲んだ。


「他の領地は?」


「え?」


「賭博場を持つ他の領地も、同じ状況なの?」


クライン伯爵は頷いた。


「おそらく……私だけではないかと。裏社会の連中は、どこでも同じように振る舞っているはずです」


「そう」


お嬢様は紅茶のカップを置いた。


「わかったわ。私が直接やりましょう」


「ほ、本当ですか!?」


「国営化を命じたのは私よ。実行できないなら、私がやるしかないでしょう?」


お嬢様は微笑んだ。五歳の顔に浮かぶには、あまりにも不敵な笑み。


「下がっていいわ」


「は、はい……ありがとうございます……」


クライン伯爵は這うように退出していった。




「というわけで、賭博場に行くわよ」


お嬢様が私を見た。


「また私ですか……」


「賭博場には裏社会の情報が集まる。この機会に掌握しておきたいの」


「お嬢様、なぜそんなことをご存知で……」


「絵本で読んだの」


絵本。五歳児らしい回答だ。でも、賭博場が出てくる絵本って何だろう。怖い。


「今度は調査じゃなくて、管理者との交渉ね」


「交渉!?」


「国営化するにあたって、現場の協力が必要でしょう?」


「私はメイドです!」


思わず叫んだ。


「裏社会とか、交渉とか、そういうのはメイドの仕事じゃないです!」


「メイド服で行けば警戒されないでしょう?」


「そういう問題じゃないです!」


お嬢様はくすりと笑った。


「エマ、あなた本当に面白いわね」


「面白くないです! 全然面白くないです!」


「明日、出発して」


「聞いてます!?」


「私も行くから」


「……え?」


「裏社会との交渉よ。危険がないわけないでしょう?」


「いやいやいや! だったら余計にお嬢様が行っちゃダメじゃないですか!?」


「何言ってるの」


お嬢様は不思議そうに首を傾げた。


「私がいれば安全よ」


五歳児が何を言っているのだろう。


「お嬢様、失礼ですが、護衛の方を——」


「いらないわ」


「いります! 絶対いります!」


「エマ」


お嬢様は私をまっすぐ見た。


「大丈夫よ。任せときなさい」


何を根拠に、そんなことが言えるのだろう。


でも——その目には、一切の迷いがなかった。




その夜、私は自室のベッドに座り込んでいた。


賭博場の管理者との交渉。


明日から、私はそんなことをしなければならない。


「私、何やってるんだろう……」


天井を見上げる。王城の天井は高い。


三日前まで、私はただのメイドだった。


今は——何だろう。調査官? 交渉人? お嬢様の手足?


「私はメイドです」


声に出して言ってみた。


「私は、メイドなんです」


誰に言い聞かせているのかわからない。


でも、それだけは忘れたくなかった。


どんな仕事をさせられても、私はお嬢様のメイドだ。


それだけは——変わらない。


変わらないでいたい。





翌朝。


私は馬車に乗っていた。今度の行き先は、王都の歓楽街。


隣には、お嬢様が座っている。


「……本当についてくるんですね」


「言ったでしょう?」


お嬢様は窓の外を眺めながら答えた。


「お嬢様、危険です。裏社会の人間ですよ?」


「知ってるわ」


「知ってて行くんですか!?」


「だから私が行くのよ」


意味がわからない。五歳の少女が裏社会との交渉に同行して、何ができるというのか。


「お嬢様に何かあったら、私が処刑されます……」


「大丈夫よ」


お嬢様は微笑んだ。五歳の顔に浮かぶには、あまりにも不敵な笑み。


「私に何かあるわけないでしょう?」


その自信は、どこから来るのだろう。


国を変えようとしている少女。


私は——その少女のメイドだ。


「よし」


小さく気合を入れた。


賭博場の交渉、やってやろうじゃないか。


私はメイドだけど——お嬢様のメイドなのだから。


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