第49話 自分で考えなさい〜マリア視点~
シャルロッテ様の執務室。
わたくしは視察の結果を報告していた。声が震えないように、必死に堪えながら。
「……以上が、視察の結果です」
「そう」
シャルロッテ様は紅茶のカップを置いた。表情は読めない。
「農民たちは、教育に反対しています」
わたくしは続けた。
「子供は労働力だと。学校に取られては困ると」
「それで?」
「それで……」
わたくしは言葉に詰まった。
「シャルロッテ様……どうすればいいのでしょう」
気づけば、そう口にしていた。
「彼らの言うことにも、一理あるのです。今日の飯がなければ、10年後はない。でも、教育をやめるわけにはいかない」
わたくしはシャルロッテ様を見つめた。
「わたくしには……答えが見つかりません」
◆
シャルロッテ様は、しばらくわたくしを見つめていた。
その目は冷たかった。
「それで、私に答えを聞きに来たの?」
「……はい」
「駄目よ」
一言だった。
「え……?」
「自分で考えなさい」
シャルロッテ様は立ち上がった。窓際に歩み寄り、外を見る。
「で、ですが……わたくしには……」
「あなたは教育大臣でしょう?」
シャルロッテ様は振り返らずに言った。
「私が全部答えを出すなら、あなたは何のためにいるの?」
「……」
何も言えなかった。
シャルロッテ様が振り返った。
「一つだけ言っておくわ」
「……はい」
「農民たちは、教育そのものに反対しているの?」
「……え?」
「よく考えなさい。彼らは何に怒っていた?」
シャルロッテ様は扉に向かって歩き出した。
「答えは自分で見つけなさい。それが大臣の仕事よ」
扉の前で立ち止まる。
「自分で見つけた答えにこそ、意味があるの。だから考えなさい」
そう言い残して、シャルロッテ様は執務室を出ていった。
◆
廊下に出た。
わたくしは立ち尽くしていた。
シャルロッテ様は、答えをくださらなかった。自分で考えなさい、と。
……でも、突き放されたわけではない気がする。期待されているのだ、きっと。
「マリアさん……大丈夫ですか」
エマさんの声がした。いつの間にか、そばに来ていた。
「……エマさん」
わたくしは力なく答えた。
「わたくしは……答えを見つけられるでしょうか」
「……わたしも、一緒に考えます」
エマさんはそう言ってくれた。
◆
部屋に戻り、椅子に座った。窓の外は暗くなり始めている。
わたくしは何をしていたのだろう。
困ったらシャルロッテ様に聞けばいい。そう思っていた。無意識のうちに、甘えていた。
思えば、わたくしはずっとそうだった。
孤児として修道院に引き取られた時から、誰かの指示に従って生きてきた。朝の祈りの時間、食事の作法、掃除の仕方。すべてシスターたちが教えてくれた。わたくしは言われた通りにやればよかった。
子供たちに読み書きを教え始めたのも、修道院長に命じられたからだ。自分で望んだわけではない。でも、教えているうちに楽しくなった。子供たちの笑顔が嬉しくなった。
それでも、やり方は誰かに教わったものだった。自分で考えて、自分で決めたことなど、一度もなかったかもしれない。
教育大臣という肩書きをいただいた。シャルロッテ様に認められた。それが誇らしかった。
でも、わたくしは何も変わっていなかった。
修道院にいた頃と同じだ。困ったら上の人に聞く。答えをもらう。それに従う。
それでは、大臣ではない。ただの使い走りだ。
シャルロッテ様は、そのことを見抜いていたのだ。
「自分で見つけた答えにこそ、意味があるの」
あの言葉が、胸に突き刺さる。
わたくしは……甘かった。
しかも甘えている相手は、10歳にも満たない幼女だ。心底情けない。
25歳にもなって、7歳の子供に答えを求めている。教育の大切さを語りながら、自分自身は学ぼうとしていなかった。答えを誰かにもらおうとしていた。
……情けない。
窓の外を見た。月が出ている。冷たい光が、部屋の床に影を落としていた。
農村で出会った人々の顔が浮かぶ。怒りに満ちた目。諦めた表情。村長の静かな声。
「10年後のことなんぞ、考える余裕はないんですわ」
彼らの言葉は正しかった。わたくしは、彼らの現実を知らなかった。本で読んだ知識だけで、すべてを分かった気になっていた。
でも——
嘆いているだけでは、何も変わらない。
シャルロッテ様は、わたくしを見捨てたのではない。「自分で考えろ」とおっしゃった。それは、考える力があると信じてくださっているからだ。
エマさんも言ってくれた。「一緒に考えます」と。
ならば、考えなければ。
答えはまだ見えない。でも、逃げるわけにはいかない。
その夜、わたくしは眠れなかった。
天井を見つめながら、農村の光景を何度も思い返していた。




