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私はメイドです!〜お嬢様の世界征服に巻き込まれた哀れな日々〜  作者: ほしみん
第一章 国内改革

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第48話 うちの子を返せ〜マリア視点~

首都での教師研修は、想像以上にうまくいった。


地方から集まった聖職者たち。最初は戸惑いの表情を浮かべていた彼らが、研修を終える頃には目を輝かせていた。「教え方」を学ぶという経験が、彼らの中で何かを変えたのだと思う。


わたくしが孤児院で試行錯誤しながら見つけた方法が、こうして広まっていく。それが嬉しかった。


シャルロッテ様から任された教育大臣という大役。少しずつだけれど、形になり始めている。


そして今日、わたくしは農村へ向かっていた。


馬車の窓から、冬枯れの畑が流れていく。首都を出て半日。隣にはエマさんが座っている。


「首都では順調でしたね」


エマさんが穏やかに言う。


「はい。子供たちも楽しそうでした」


わたくしは微笑んだ。首都近郊の学校では、子供たちの目が輝いていた。文字を覚える喜び。新しいことを知る楽しさ。教育の意味を、彼らは理解してくれている。


「農村でも、きっと喜んでもらえるはずです」


わたくしは窓の外を見つめながら言った。


「読み書きができれば、騙されなくなります。契約書を読めるようになれば、搾取されることもなくなる。農民の皆さんにとっても、良いことのはずです」


エマさんは黙って頷いた。


首都での成功。子供たちの輝く目。読み書きを学ぶ喜びを、農村の子供たちにも届けたい。


必ず成功させてみせる——わたくしはそう思っていた。



農村に到着した。


教会が学校として使われている。若い聖職者が出迎えてくれた。


「マリア様、お待ちしておりました」


「ありがとうございます。子供たちは?」


聖職者の顔が曇った。


「それが……」


嫌な予感がした。


教室に入ると、誰もいなかった。


机と椅子が並んでいる。黒板もある。でも、子供の姿がない。


「……誰も、いないのですか?」


「最初は何人か来ていたのですが……」


聖職者が言いよどむ。


「親御さんが連れ戻しに来まして……」


その時、外から声が聞こえた。


「おい、首都から誰か来たってのは本当か!」


「教会にいるらしいぞ!」


聖職者の顔が青ざめる。


「マリア様、今日は視察の日だと……村中に知れ渡っておりまして……」


わたくしは教会の扉を開けた。


人だかりができていた。農民たちが、怒りに満ちた目でこちらを見ている。


「あんたか! あんたがあの教育大臣か!」


男が叫んだ。


「うちの子を返せ!」


別の男が怒鳴る。


「落ち着いてください。話を——」


「なんで子供を取り上げるんだ!」


わたくしの言葉は遮られた。


「理科? 社会? そんなもん農民に必要ねえ!」


「畑仕事は誰がやるんだ!」


「うちの子は7歳からもう一人前だ!」


次々と怒声が飛んでくる。わたくしは必死に説明しようとした。


「読み書きができれば、契約書を読めます。騙されなくなります。搾取されなくなります」


「騙されるも何も、俺たちゃ字なんか読めねえで生きてきたんだ」


「だからこそ——」


「字が読めて何になる!」


男が叫んだ。


「麦は読めねえ!」


その一言が、わたくしの心に突き刺さった。


「種まきの時期に学校なんか行ってたら、来年の飯がなくなるんだ」


「お偉いさんには分からねえだろうがな」


わたくしは言葉を失った。


その時、エマさんが前に出た。


「待ってください」


エマさんの声は、凛としていた。


「わたしは元々、孤児でした。貧しい暮らしも知っています。だから、皆さんのお気持ちは——」


「孤児だと?」


男が鼻で笑った。


「そんな立派な服着て、馬車に乗ってきて、何が孤児だ」


「……」


「今は偉い人の側についてるんだろう。俺たちとは違うんだよ」


エマさんの顔が強張った。


「それは……」


「あんたも、所詮は都の人間だ」


エマさんは何も言えなくなった。わたくしと同じだ。


村長が出てきた。白髪の老人だ。


「まあまあ、皆さん落ち着いて」


村長が農民たちを宥める。そしてわたくしに向き直った。


「マリア様、お気持ちはありがたいことです」


穏やかな声だった。だが、その目には諦めがあった。


「ですがな、うちらにとって子供は……宝であり、働き手でもあるんです」


「……」


「7歳になったら、もう一人前。朝は鶏に餌をやり、昼は畑で草むしり、夕方は牛を小屋に戻す。それが毎日の暮らしなんです」


村長は淡々と続けた。


「種まきの時期は、家族総出ですわ。父が鋤を引き、母が種をまき、子供が土をかぶせる。一人でも欠けたら、作業が遅れる。遅れたら、収穫が減る。収穫が減ったら……冬を越せんのです」


わたくしは息を呑んだ。


「刈り入れの時期も同じですわ。麦が熟したら、天気のいいうちに刈らねばならん。雨が降ったら腐ってしまう。だから朝から晩まで、家族全員で刈り続ける。子供がいなけりゃ、刈り切れんのです」


村長の声には、責める調子はなかった。ただ、事実を述べているだけだった。


「読み書きが大事なのは、分かります。でもな、うちらは明日の飯を食うために生きとるんです。学校に行かせている間、その子の分の仕事は誰がやるんですか」


わたくしは何も言えなかった。


「都の方々には、分からんかもしれませんがな」


村長は静かに言った。


「10年後のことなんぞ、考える余裕はないんですわ」



帰りの馬車の中。


しばらく沈黙が続いた。


「……マリアさん」


エマさんが口を開いた。


「わたし、余計なことを言ってしまいました」


「いいえ。エマさんは、助けようとしてくれた」


「でも、逆効果でした」


エマさんの声は沈んでいた。


「孤児だったから分かる、なんて……偉そうなことを言って」


「……」


「あの人たちの言う通りです。わたしは今、立派な服を着て、馬車に乗っている。お嬢様のおかげで、毎日ご飯を食べられる。あの人たちとは……違うんです」


エマさんは膝の上で拳を握っていた。


「貧しかった頃のことを、忘れかけていたのかもしれません」


わたくしは何と言えばいいか分からなかった。


「……わたくしも、同じです」


ようやく、それだけ言えた。


「修道院で、たくさんの本を読みました。教育の大切さを、いくつもの本で学びました」


窓の外を見つめる。冬枯れの畑が流れていく。


「でも……本には、畑仕事のことは書いてなかった。7歳の子供が、家族を支えていることは書いてなかった」


「……」


「読み書きができれば幸せになれると思っていました。でも、彼らにとっては違った。今日の飯が、何より大切だった」


目に涙が浮かんだ。


「わたくしの理想は……現実の前では、何の役にも立たない」


エマさんも黙っていた。慰める言葉は、出てこないようだった。


二人とも、何も言えなかった。馬車の車輪の音だけが響いていた。



城に戻った。


部屋に入り、椅子に座る。


わたくしの言うことは、間違っていない。読み書きができれば、騙されなくなる。搾取されなくなる。長い目で見れば、農民の皆さんのためになる。


でも、農民の皆さんの言うことも、間違っていない。今日の飯がなければ、10年後はない。子供が働かなければ、家族が飢える。彼らにとって、それは生存の問題だ。


どちらも正しい。


だから、どちらも折れない。


……どうすれば、いいのだろう。


……シャルロッテ様に相談しよう。


シャルロッテ様なら、きっと答えをくださる。


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