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私はメイドです!〜お嬢様の世界征服に巻き込まれた哀れな日々〜  作者: ほしみん
第一章 国内改革

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第4話 財源確保

王城で三日目の朝を迎えた。


窓から差し込む春の朝日が、見慣れない天蓋を照らしている。三月の空気は、まだ冷たい。ヴァイスバッハの屋敷とは比べものにならないほど広い部屋。絹のシーツ、刺繍の施されたカーテン、磨き上げられた床。


ここは王城。


そして私は——何者になったのだろう。


三日前まで、私はただのメイドだった。お嬢様の着替えを手伝い、食事を給仕し、お人形遊びの相手をする。それが私の仕事だった。


今も、やっていることは同じはずだ。お嬢様の着替えを手伝い、身支度を整える。


でも、何かが決定的に違う。


「エマ、ぼーっとしてるわよ」


お嬢様の声で我に返った。


「も、申し訳ありません」


慌ててドレスの紐を結ぶ。お嬢様は鏡の前に立ち、自分の姿を確認している。五歳の小さな体。プラチナブロンドの髪。氷のように冷たい青い瞳。


あの日から、お嬢様は変わった。


いや——最初から、こういう方だったのかもしれない。私が気づかなかっただけで。


「今日も忙しくなるわよ」


「……はい」


「ついてきなさい」


お嬢様が部屋を出る。私は黙って後に続いた。


——何が起きても、私はお嬢様のメイドだ。それだけは変わらない。





執務室には、すでに大臣たちが集まっていた。


長いテーブルを囲んで座る老人たち。その上座に、小さな椅子が置かれている。お嬢様の席だ。


隣の玉座には、カール陛下がいた。二歳の幼帝。まだ言葉もおぼつかない。侍従に抱かれて、きょとんとした顔でこちらを見ている。


「シャルロッテ様、本日の議題は——」


大臣の一人が口を開きかけた。


「その前に」


お嬢様が遮った。椅子に座ると、足が床に届かない。ぶらぶらと揺れている。


「国庫の状況を教えて」


大臣たちの顔が強張った。


「……厳しい状況です」


財務大臣らしき老人が答える。


「定性的な報告は意味がありません。定量的な報告のみよこしなさい」


「は……?」


財務大臣が目を丸くした。


「定性的、定量的の意味がわからないということ? 定性的は『厳しい』とか『多い』とか、性質を言葉で表すこと。定量的は『いくら』とか『何人』とか、数字で表すこと。つまり数字で言いなさい、ということよ。国庫にいくらあって、毎年いくら入って、いくら出ていくの?」


「え、ええと……先の戦で多大な出費がありまして。さらに先々代からの戦続きで、国庫は……」


「だから数字を言いなさい」


「……ほぼ、空でございます」


「空っぽ、ということね」


「……は」


お嬢様は小さくため息をついた。


「戦争ばかりしてたのだから、当然よね」


大臣たちが顔を見合わせる。五歳児に正論を言われて、何も言い返せないらしい。


「で、収入源は?」


「税と、あとは鉱山からの上納金ですが……」


「鉱山」


お嬢様の目が光った。


「この国、金も銀も鉄も採れるのよね」


「はい。帝国北部の山岳地帯に、いくつかの鉱山が」


「その上納金、いくら?」


財務大臣が帳簿をめくる。数字を読み上げる。


お嬢様は黙って聞いていた。


「……それだけ?」


「は?」


「金と銀と鉄の鉱山がいくつもあって、上納金がそれだけ?」


「いえ、これは各領主からの報告に基づいておりまして……」


「各領主が自分に都合のよい正確さ、かもしれないわね」


お嬢様は帳簿を手に取った。小さな指でページをめくる。


「おかしいわね。この国の官僚は計算ができないのかしら」


「何がでしょうか」


「産出量に対して、上納金が明らかに少ないわ」


大臣たちがざわついた。


「あなた、この数字を見て何の違和感も感じないの?」


お嬢様が財務大臣を見据え、財務大臣はビクッとする。


「感じないのなら、とんだ節穴ね」


「い、いえ、これは各領主が正確に報告しておりますので……」


「本当に?」


お嬢様が顔を上げた。冷たい目が大臣を射抜く。


「……」


大臣は何も言えなかった。


「現地の帳簿と突き合わせる必要があるわね」


「で、では私が——」


財務大臣が慌てて立ち上がりかけた。


「節穴のあなたに任せられると思って?」


お嬢様は一瞥もくれなかった。


「エマ」


突然、名前を呼ばれた。


「は、はい」


「現地に行って、実際の帳簿を調べてきて」


「……え?」


「鉱山の産出記録と、ここに届いている報告書を突き合わせるの」


「お、お嬢様、私はメイドです! 帳簿調査とか!」


思わず声が大きくなった。大臣たちの視線が私に集まる。


お嬢様は眉一つ動かさなかった。


「字は読めるでしょう?」


「……はい」


「計算もできるでしょう?」


「……はい」


「じゃあ問題ないわね」


「問題だらけです!」


「あら、他に何か?」


「何かじゃないです! 私はメイドで、帳簿調査は専門外で、そもそも鉱山なんて行ったこともなくて——」


「いい経験になるわね」


「そういう話をしてるんじゃないです!」


「エマ」


お嬢様は静かに言った。


「あなたしかいないの」


その言葉に、私は口をつぐんだ。


お嬢様が本気で言っているのがわかったから。


「……わかりました」


「よろしい。明日出発して」


「明日!?」


「善は急げ、って言うでしょう?」


「言いますけど!」


お嬢様はにっこり笑った。


その笑顔が、一番怖い。





翌日、私は馬車に乗っていた。


護衛の兵士が二人ついている。王城から北へ、鉱山地帯への道。


「メイドさんが調査官とは、珍しいですな」


兵士の一人が話しかけてきた。


「私もそう思います……」


「シャルロッテ様のご命令で?」


「はい……」


「あの方は、ただ者ではありませんな」


兵士は遠い目をした。


「五歳であの貫禄。王族の多くが食中毒で亡くなったの直後に、政務を取り仕切ることに。大臣たちは誰も逆らえない」


「……」


「失礼ですが、あなたは怖くないのですか?」


私は少し考えた。


「怖いです」


正直に答えた。


「でも、私はお嬢様のメイドですから」


「それは答えになっておりませんな」


兵士は苦笑した。


「いえ、答えになっているのです」


私は窓の外を見た。流れていく景色。見たこともない田舎道。


「私はお嬢様のメイドです。それ以上でも、それ以下でもありません」


兵士は何か言いたそうにしていたが、結局黙った。


私にもよくわからない。なぜ私は、まだお嬢様についていくのだろう。


王族を殺したかもしれない人。国を乗っ取ろうとしている人。


でも——私はお嬢様のメイドなのだ。


それだけは、変わらない。





鉱山に着いたのは、三日後のことだった。


山の中腹に掘られた坑道。黒い穴が口を開けている。その入り口に、小さな事務所があった。


「シャルロッテ様の命令で、帳簿を確認しに参りました」


私が告げると、事務員は露骨に嫌な顔をした。


「帳簿は領主様に提出しておりますが」


「現地の記録を見せてください」


「……少々お待ちを」


事務員が奥に消える。護衛の兵士たちが、私の背後に立っている。


待たされること半刻。


「お待たせしました」


ようやく出てきた帳簿は、埃をかぶっていた。


「これが全てですか?」


「ええ、まあ……」


事務員の目が泳いでいる。


私は帳簿を受け取り、王城から持ってきた報告書と並べた。


数字を照らし合わせる。


一つ、二つ、三つ——。


「……」


私は目を疑った。


もう一度、確認する。指で数字を追う。何度計算しても、答えは同じ。


間違いない。


現地の産出記録と、王城に届いている報告書。


数字が、まったく合わない。


三分の二以上が、どこかに消えている。


「あの、何か問題でも……?」


事務員が恐る恐る聞いてきた。


「いえ、何も」


私は顔に出さないよう努めた。ここで騒いではいけない。


お嬢様の言った通りだった。


いや——お嬢様は最初から知っていたのだ。だから私を送り込んだ。信用できない大臣ではなく、自分のメイドを。


私は帳簿を閉じて、深いため息をついた。


「この帳簿、写しを取らせていただきます」


「え、それは……」


「シャルロッテ様のご命令です」


事務員は何も言えなかった。


——私はメイドなのに。


心の中で呟いた。


なんでこんなことしてるんだろう。


答えは出なかった。


でも、やるしかない。


お嬢様が待っているのだから。


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