表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私はメイドです!〜お嬢様の世界征服に巻き込まれた哀れな日々〜  作者: ほしみん
第一章 国内改革

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/52

第28話 頑固な職人

気球の無人実験が成功してから、数日が経っていた。


私は紅茶を注ぎながら、恐る恐る聞いた。


「あの……有人飛行は、いつ……?」


「まだよ」


お嬢様は書類から目を上げずに答えた。


「まだ、ですか?」


少しだけ安堵した。もう少し心の準備ができる。


もっとも、心の準備の時間が多少長くなったところで、特に何も変わらないのだが。


「精密な計器がないと、有人飛行の安全が確保できないわ。温度を測る道具、高度を知る道具——そういうものが必要なの」


「はあ……」


「それを作れる職人を探してるの。エマ、腕のいい職人を知らない?」


「職人、ですか?」


「鍛冶職人。できればガラスも扱える人」


シャルロッテは書類から目を上げずに言った。


「心当たりがあります」


「誰?」


「ギュンターという人です。元々は王室御用達の鍛冶職人でした」


シャルロッテの手が止まった。


「元々?」


「一度貴族と揉めて、王室の発注先から外されたそうです」


「何があったの?」


「ある貴族が剣を注文したのですが、ギュンターさんが『この設計では折れる』と言って、勝手に設計を変えたとか」


「……それで?」


「貴族は激怒しました。『職人風情が口を出すな』と」


シャルロッテは少し考え込んだ。


「結局、その剣は?」


「ギュンターさんの設計で作られました。今でも使われているそうです」


「腕は確かなのね」


「一流だと聞いています。ただ、注文を受けても自分の納得がいかないと作らないとか、依頼主に説教を始めるとか……」


「会わせて」


お嬢様は興味を示したようだった。


エマは少し不安になった。気難しい職人と、説明しないお嬢様。とてもじゃないけれど相性が良いとは思えない。





ギュンターの工房は、街外れにあった。


「師匠、俺も行くのか?」


ヨハンが聞いた。馬車の中には、シャルロッテ、エマ、そしてヨハンの三人がいた。


「ええ。あなたにも関係する話だから」


「職人に会うんだろ? 俺は理論担当だぜ」


「理論だけでは物は作れないわ。実際に手を動かす人が必要なの」


「まあ、そりゃそうだけど」


ヨハンは肩をすくめた。


「それに、あなたには通訳をしてもらいたいの」


「通訳?」


「私の説明は、時々わかりにくいでしょう?」


「……まあ、確かに」


「職人にもわかるように言い換えてほしいの。あなたならできるわ」


ヨハンは少し照れたように鼻を掻いた。


「しょうがねえな」




工房の扉を開けると、金属と炭の匂いが鼻を突いた。


中は散らかっているように見えたが、道具だけは整然と並んでいる。壁には様々な金属製品が掛けられていた。剣、蝶番、錠前、歯車。どれも精巧な作りだ。


「……誰だ」


奥から声がした。白髪交じりの男が、金床から顔を上げる。目つきが鋭い。52歳と聞いていたが、背筋は伸びていて、腕は太い。


「シャルロッテ様です」


エマが紹介すると、ギュンターはゆっくりとシャルロッテを見た。


「ああ、噂の──」


そして、言った。


「……ガキじゃねえか」


「ギュンターさん!」


エマは思わず声を上げた。


「おい、おっさん。師匠に向かって何言ってんだ」


ヨハンも食ってかかった。


「師匠?」


ギュンターの目がヨハンに向いた。


「ガキがガキを師匠と呼んでるのか。おかしな話だ」


「おっさんこそ、腕がいいって聞いたけど、干されてるらしいじゃねえか」


「……なんだと?」


ギュンターの目つきが鋭くなった。


「やめなさい、二人とも」


シャルロッテが静かに言った。


「いいわ、ギュンター。ガキで結構」


「……」


「そんなことより、依頼があるの」


「依頼?」


ギュンターは鼻で笑った。


「ガキに何がわかる。帰んな」


「いいからまずはこれを見なさい」


シャルロッテは、懐から紙を取り出した。設計図だ。


「見てから判断して」


ギュンターは、渋々ながら設計図を受け取った。


そして、黙り込んだ。


エマには、その図面が何を意味するのかわからなかった。線と数字が細かく書き込まれているが、完成品の姿が想像できない。


だがギュンターは違った。


目つきが変わっていた。


「……」


「どう?」


シャルロッテが問いかける。


「……こまけえなぁ」


ギュンターはしばらく無言だった。設計図を何度も見返している。


「できない?」


シャルロッテが問いかけた。


「できねえわけじゃねえ」


ギュンターは言った。


「やったことねえだけだ」


ヨハンが口を挟んだ。


「おっさん、さっきと態度違くねえか?」


「うるせえ、小僧」


ギュンターは設計図から目を離さずに言った。


「腕のいい奴の仕事は見りゃわかる」


「……」


「この図面を描いた奴は、わかってる。作る側のことを」


ギュンターは設計図の一点を指差した。


「ここ、普通なら直角にする。だが微妙に角度がついてる」


「応力分散のためよ」


「応力分散が何かは知らんが……直角だと力が集中して折れやすいのを考慮した設計、ってことだろ?」


「そのとおりよ」


ギュンターはシャルロッテを見た。


「これ、嬢ちゃんが描いたのか」


「ええ」


「……」


ギュンターはしばらく黙っていた。


やがて、口を開いた。


「やってみる」


「いつできる?」


「三日」


「わかった。三日後にまた来るわ」





三日後。


エマはシャルロッテに同行して、再びギュンターの工房を訪れた。ヨハンも一緒だ。


工房に入ると、作業台の上に金属の部品が並んでいた。


「できた」


ギュンターはぶっきらぼうに言った。


シャルロッテは部品を手に取り、細部を確認した。


「精度がいいわね」


「当然だ」


「設計図の意図を理解してくれたのね」


「……」


ギュンターは何も言わなかったが、少し誇らしげに見えた。


「次の依頼があるの」


シャルロッテは別の設計図を取り出した。


「ガラスを作ってほしい」


「ガラス? 俺は鍛冶屋だ」


「ガラスも扱えると聞いたわ」


「……できなくはねえが」


「透明で均一なガラス。今のガラスは品質が悪い」


「何に使う」


「温度計を作る」


ギュンターの眉が上がった。


「おんどけい?」


「温度を測る道具よ」


「温度を……測る?」


「そう。今は職人の勘に頼っている。それを数字にしたいの」


ギュンターは腕を組んだ。


「勘じゃダメなのか」


「勘は共有できないわ」


シャルロッテは言った。


「あなたの勘は、あなただけのもの。でも数字にすれば、誰でも同じ精度で作業できる」


「……」


「あなたが引退したら、その技術はどうなる?」


ギュンターは黙った。


「数字にすれば、残せるのよ。次の世代に」


「……」


長い沈黙があった。


やがて、ギュンターが口を開いた。


「材料は何がいる」





ガラス製造が始まった。


「材料は3つ。珪砂、ソーダ灰、石灰」


シャルロッテが説明した。


「けいしゃ?」


ギュンターが聞き返す。


「砂よ。配合比率は珪砂7、ソーダ灰2、石灰1」


「ヨハン、通訳して」


「ああ」


ヨハンが口を開いた。


「砂7、灰2、石灰1だ。これを混ぜて溶かす」


「それくらいわかる」


「1500度以上で溶かす必要がある」


「1500度?」


「鉄を溶かすくらいの熱さだ」


ギュンターは頷いた。それなら感覚でわかる。


坩堝に材料が入れられ、炉に火が焚かれた。


熱気が工房に満ちる。


エマは少し離れた場所から見守っていた。ヨハンとギュンターが師匠の指示を受けて動いている。


「……溶けてきた」


しばらくして、ギュンターが言った。坩堝の中で、砂が液体に変わっていく。


「泡が出なくなるまで待って」


シャルロッテの指示に従い、ギュンターは辛抱強く待った。


やがて、溶けたガラスを取り出し、吹き棹で成形する。ギュンターの手つきは熟練していた。


完成したガラスは、驚くほど透明だった。


「すげえ……本当に透明だ」


ヨハンがガラスを光に透かした。向こう側がくっきりと見える。


「きれいね。透明度がいい」


シャルロッテも満足そうだった。





「次は温度計よ」


シャルロッテがガラス管の設計図を広げた。


「細いガラス管を作って」


ギュンターは図面を見て、作業に取りかかった。溶けたガラスを引き伸ばし、細い管を作っていく。


「ヨハン、水銀を用意して」


「おう」


ヨハンが銀色の液体を持ってきた。


「これをガラス管に入れる」


水銀がガラス管の底に溜まった。


「底を密閉して」


ギュンターがガラス管の底を熱で塞いだ。


「これで完成」


シャルロッテは温度計を手に取った。


「熱すると水銀が膨張して上がる。冷やすと下がる。これで温度が測れるわ」


エマは温度計を見つめた。


細いガラス管の中で、銀色の液体がかすかに動いている。


これで……温度がわかるのか。


「目盛りはどうする」


ギュンターが聞いた。


「水が凍る温度を0度、沸騰する温度を100度にするわ」


「なるほど……誰が測っても同じになるわけか」


「そういうこと。本当はフッ化水素で目盛りを刻みたいところだけど、当面は刃物で傷をつけて」


「ふっかすいそ?」


「ガラスを溶かす薬品よ。いずれ作るわ」





作業が終わり、工房を片付けている時だった。


「嬢ちゃん」


ギュンターが声をかけた。


「何?」


「さっき言ってたこと……技術を残すって話」


「ええ」


「俺は、ずっと一人でやってきた。弟子も取らなかった」


「……」


「教えるのが面倒だったんじゃねえ。自分の技術を、誰かに理解してもらえると思わなかったんだ」


ギュンターは設計図を見た。


「だがこの図面は違う。作る側のことがわかってる」


「……」


「嬢ちゃんの仕事なら、やってやる」


シャルロッテの口元が、わずかに緩んだ。


「なら、もっとたくさん作ってもらうわ」


「あ?」


「あなたを製造部門長に任命する」


「製造部門長だと?」


「私の作りたいものを、全部作ってもらう。ガラス、金属、機械。これから作るものは山ほどあるわ」


ギュンターは腕を組んだ。


「……俺は職人だ。偉くなりたいわけじゃねえ」


「偉くなる必要はないわ。ただ、作ってほしいの」


「……」


「他の職人も集める。あなたには、その人たちをまとめてほしい」


ギュンターはしばらく黙っていた。


やがて、口を開いた。


「……条件がある」


「何?」


「設計は嬢ちゃんが描け。他の奴のは作らん」


シャルロッテの口元が、さらに緩んだ。


「いいわ。約束する」


「なら、やってやる」


ギュンターは不器用に頷いた。





帰りの馬車の中。


「師匠、あのおっさん、結局デレたな」


ヨハンがにやにやしながら言った。


「デレた?」


「最初は『ガキに何がわかる』とか言ってたくせに」


「設計図を見れば、わかる人にはわかるのよ」


「まあ、確かに。あの図面、すげえ細かかったもんな」


シャルロッテは窓の外を見ながら言った。


「職人の本能よ。いいものを作りたいっていう。その本能に正直な人は、信用できるわ」


「俺とあのおっさん、うまくやれるかな」


「やれるわよ。あなたが理論を説明して、彼が作る。いいコンビになる」


「コンビって……」


ヨハンは少し複雑そうな顔をした。


エマは内心でため息をついた。


また変な人が仲間になった。


でも、今日見たギュンターの仕事は、確かに一流だった。


お嬢様には、人を見る目がある。


それは間違いない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ