表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私はメイドです!〜お嬢様の世界征服に巻き込まれた哀れな日々〜  作者: ほしみん
第一章 国内改革

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/50

第27話 お嬢様が詳しすぎる~気球~

十二月。冬が訪れていた。


窓の外には雪がちらついている。暖炉の火がパチパチと音を立てる。


収穫祭から数ヶ月が経っていた。


私は執務室で、お嬢様の後ろに控えていた。


「エマ、これを見て」


お嬢様が机の上に何かを広げた。


大きな羊皮紙。色褪せた線と文字が描かれている。


「地図ですか?」


「……これ、地図だと思う?」


お嬢様の声には、呆れが滲んでいた。


「え? 地図……ですよね?」


「絵よ。ただの絵」


「……?」


何が違うのだろう。私には普通の地図に見える。


「ここからここまで何キロメートルかわかる?」


「きろめーとる……ああ、新しい距離の単位ですね」


「そう。で、この地図でわかる?」


私は地図をじっと見つめた。


山がある。川がある。城下町がある。


でも——


「……わかりません」


「でしょう? 縮尺がないの」


「しゅくしゃく?」


「実際の距離と地図上の距離の比率よ。これがないと、地図として使えない」


お嬢様は指で地図をなぞった。


「それに、形もおかしい。この山、こんな形じゃないでしょう?」


「そ、そうなんですか? 私、山なんて……」


「あなた、3ヶ月かけて全国回ったでしょう? 見たはずよ」


そう言われて、記憶を辿る。


標準原器を配布して回った旅。確かに、いろんな山を見た。


「……確かに、地図と違う気がしました」


「絵描きが『だいたいこんな感じ』で描いたのよ。測量なんてしてない」


お嬢様は深いため息をついた。


五歳児のため息とは思えない重さだった。


「正確な地図がないと、何もできないの」


お嬢様は椅子に座り直した。足は相変わらず床に届いていない。


「何も……?」


「道路を引くにも、どこが最短かわからない」


「はあ……」


「税金を取るにも、領地の面積がわからない」


「なるほど……」


「軍を動かすにも、どれくらい時間がかかるかわからない」


「確かに……」


お嬢様の言葉は、いちいち正しかった。


「今までどうしてたと思う?」


「わかりません」


「勘よ。経験と勘」


「……」


「だから戦争に負けるのよ。自分の国のことさえ知らないんだから」


私は黙った。


そう言われると、返す言葉がない。


「正確な地図を作るわ」


お嬢様は宣言した。


「どうやって……?」


「三角測量よ」


「さんかく……?」


「二つの地点から、同じ目標を見る。その角度を測れば、距離がわかるの」


「……?」


お嬢様は紙を取り出し、図を描き始めた。


三角形。二つの点と、一つの頂点。


「三角形の一辺と二つの角がわかれば、残りの辺の長さがわかるでしょう?」


私は図をじっと見つめた。


三角形。角度。……ああ、なんとなくわかる気がする。


「……なんとなく、わかります」


「本当に?」


「はい。この角度がわかれば、こっちの辺の長さが計算できる……みたいな?」


「そうよ。正確にはもう少し複雑だけど、基本はそれ」


お嬢様は少し驚いたような顔をした。そしてすぐに、満足げに頷いた。


「まず基準となる線を正確に測る。これを『基線』と呼ぶわ」


「きせん……」


「そこから三角形を作って、どんどん広げていく」


「……」


「最終的には国全体の地図ができる」


「それは……すごいですね」


「すごいけど、時間がかかる。何年もね」


「だめじゃないですか」


「時間がかかっても必要なことなの。国策としてやるわよ」


年単位の計画がまた始まってしまった。




「でも、もっと早く概要を把握したい」


お嬢様は立ち上がり、窓の外を見た。


「どうやって……」


「空から見るの」


「空……?」


私は思わず窓の外を見上げた。


青い空。白い雲。鳥が飛んでいる。


「え、空を鳥のように飛ぶんですか? そんな馬鹿な」


「飛ぶのよ」


「え、マジですか?」


「マジよ」


お嬢様は真顔で答えた。


「気球よ」


「き、きゅう?」


聞いたことのない言葉だった。


「空気は温めると膨張する。膨張すると密度が下がる」


「みつど……?」


「同じ体積あたりの重さよ。温かい空気は、冷たい空気より軽いの」


「はあ……」


「水に木が浮くのと同じ原理。木は水より軽いから浮く」


「それはわかります」


「温かい空気は、冷たい空気の中で『浮く』の。軽いから」


「空気が……浮く?」


「そう。だから袋に温かい空気を入れれば、袋ごと浮く」


お嬢様は指を立てた。


「袋の中の空気が押しのけた外の空気——その重さが『浮力』になる」


「ふりょく……」


「浮力が袋と籠と人の重さより大きければ、空に昇るわ」


「……」


頭がついていかない。


よくわからないけど、木が水に浮くように、気球が空気に浮く——ということのようだ。


わかったような、わからないような。


「まあそうこうして浮いた気球に、人を乗せた籠をつけて、空から地上を見るという流れよ」


「そんなことが……」


「できるわ。やったことないけど」


「やったことないんですか!?」


「理屈は合ってるから大丈夫よ」


「大丈夫じゃないです!」


私は思わず声を荒げた。


空を飛ぶ? 人間が?


「最初は無人で試すわよ。いきなり人は乗せない」


「……」


少しだけ安心した。


でも——


「成功したら、あなたが乗りなさい」


「私ですか!?」


「上から見た景色をスケッチしてほしいの」


「私はメイドです!」


「知ってるわ。絵は描けるでしょう?」


「描けますけど! 空を飛ぶとか聞いてません!」


「代わりに私が乗ってもいいのだけれど」


お嬢様は肩をすくめた。


「私の画力、知ってるわよね?」


「……」


お嬢様の画力。


なんでもできるお嬢様の、数少ない弱点——それが画力だ。


以前、お嬢様が描いた設計図を見たことがある。


数字や文字は完璧だった。でも、絵の部分は——


何が描いてあるのかわからなかった。


「これは……何ですか?」と聞いたら、「馬車よ」と言われた。


どう見ても馬車には見えなかった。


いわゆる「画伯」だ。


「口惜しいけど私が気球に乗っても戦力外なのよ」


「……わかりました。私が乗ります」


「そう。助かるわ」


お嬢様は涼しい顔をしている。


私の敗北だった。





数日後。


王城の会議室に、職人たちが集められた。


「測量器具を作らせるわ。角度を正確に測る道具よ」


お嬢様が言った。


「角度……ですか?」


職人の一人が首を傾げた。


「ええ。目盛りのついた円盤と、照準器を組み合わせるの」


「照準器?」


「遠くの目標を正確に狙う仕組みよ。細い筒に糸を張って……まあ、図面を渡すわ」


職人たちは困惑した顔をしている。


お嬢様の説明は、いつも私たちの理解を超えている。


「数学ができる者も集めて。角度を計算できないと意味がないから」


「数学……」


職人たちがざわめく。


「お嬢様、なぜそんなに詳しいんですか……?」


私は思わず口にした。


「本で読んだの」


「……」


絶対嘘だ。


五歳児がどんな本を読めばこんな知識が身につくのか。


「エマ、あなたは気球の実験を監督しなさい」


「私はメイドです!」


「それ何度目?」


「数えるのをやめました……」


お嬢様はくすりと笑った。


私はただ、ため息をついた。





それから数週間。


気球の製作が進められた。


大きな布袋。麻布を何枚も縫い合わせたもの。


下には火を焚く装置。


籠——人が乗るための。


私は毎日、工房に通って進捗を確認した。


「これで本当に浮くんですかね……」


「シャルロッテ様がおっしゃるなら、浮くんでしょう」


職人たちは半信半疑だった。


私も半信半疑だった。


でも、お嬢様の言うことは——悔しいけど——だいたい正しい。




そしてついに実験の日。


王城の庭に、気球が設置された。


大勢の人が見守っている。


お嬢様は腕を組んで、気球を見上げていた。


「火をつけなさい」


お嬢様の命令で、職人が火を焚いた。


熱い空気が、布袋の中に入っていく。


袋がゆっくりと膨らんでいく。


「おお……」


見守る人々から、声が漏れた。


袋がどんどん大きくなる。


そして——


ふわり、と。


気球が地面を離れた。


「浮いた……!」


「本当に浮いた……!」


歓声が上がった。


無人の籠が、ゆっくりと空へ昇っていく。


紐で繋いであるので、ある程度の高さで止まった。


でも、確かに——浮いている。


「成功ね」


お嬢様は満足げに頷いた。


私は空を見上げた。


あの籠に——私が乗るのだ。


「……あれに乗るんですか、私……」


「次はあなたの番よ」


「私はメイドです……」


涙が出そうだった。


お嬢様は、にっこりと微笑んだ。


その笑顔が、とても怖かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ