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私はメイドです!〜お嬢様の世界征服に巻き込まれた哀れな日々〜  作者: ほしみん
第一章 国内改革

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第25話 停戦後への決意

ヴィルヘルム王が去っていく。


私はお嬢様の隣に立ち、その背中を見送っていた。


護衛もつけず、たった一人で馬を歩かせている。昨日まで二万の軍を率いていた王が、今は一人きりだ。


「……」


王が振り返った。


遠くから、こちらを見ている。その目に浮かぶもの——恐怖か、憎悪か、それとも……


王が何か呟いた。聞こえなかったが、唇の動きで読み取れた気がした。


……覚えていろ。


そう言ったように見えた。


三年後、また来る気なのだろうか。


王の姿が小さくなり、やがて見えなくなった。


秋の平原に、馬の蹄の音が消えていく。


私はお嬢様の横顔を見た。お嬢様は無表情のまま、王が去った方角を見つめていた。


「お嬢様」


「……行きましょう」


お嬢様は踵を返した。


「話がある」



天幕の奥。


お嬢様は椅子に腰掛け、紅茶を飲んでいた。まるで何事もなかったかのように。


私は少し離れた場所に立ち、お嬢様の言葉を待っていた。


「お嬢様」


沈黙に耐えられず、私は口を開いた。


「なぜ解放したんですか」


「……」


「あのまま処刑すれば、ノルデンは崩壊したのでは」


王を失った国は混乱する。後継者争いが始まり、内乱に発展するかもしれない。帝国にとっては好都合のはずだ。


お嬢様は紅茶のカップを見つめていた。


「……本当の理由、聞きたい?」


「はい」


お嬢様は一度目を閉じ、そして開いた。


「今は外国に構っている暇がないの」


「……?」


「あの王を殺したら、ノルデンは混乱する」


お嬢様はカップを置いた。


「後継者争い、内乱、難民……その面倒を誰が見るの?」


「……」


「今の帝国にそんな余裕はないわ」


お嬢様は窓の外を見た。陣営の喧騒が、遠くに聞こえる。


「まずは国内を固める。技術を揃える。三年後、準備が整ったら……その時に決着をつける」


なるほど。そういうことか。


お嬢様は勝つために戦っているのではない。帝国を強くするために戦っている。


だから、今は不要な混乱を避けた。


「……でも、お嬢様」


私は一歩踏み出した。


「勝ったのに、どこか悔しそうです」


お嬢様の肩が、わずかに震えた。


「……わかる?」


その声は、いつもより小さかった。


「技術の準備が間に合わなかった」


お嬢様は自分の手を見つめた。小さな、白い手だった。


「だから私が直接手を下すしかなかった」


「……」


「本来なら、私が出る必要がない体制を作るべきだったのに」


お嬢様の声が、低くなった。


「今回は綱渡りだった。私一人に全てを賭けるなんて、愚策よ」


私はお嬢様の横顔を見ていた。


お嬢様は……怒っている。自分自身に。


技術や体制が揃っていれば、兵士たちだけで勝てた。お嬢様が危険を冒す必要はなかった。


その準備不足に、お嬢様は不甲斐なさを感じているのだ。




宮殿に戻ったのは、三日後のことだった。


お嬢様は真っ先に研究室に向かった。私もついていく。


「ヨハン」


扉を開けると、若い男が振り返った。ヨハン。お嬢様の弟子であり、科学大臣だ。


「師匠……! 無事で……」


「ええ」


お嬢様は部屋の中央に立った。


「今日、私たちは勝ったけど、綱渡りだった」


「……はい」


「技術が足りなかったから、私が出るしかなかった」


お嬢様の目が、鋭くなった。


「三年で全部揃える。対外政策に必要な技術を、全部」


ヨハンの目が見開かれた。


「三年……」


「二度と私自身が手を汚さなくていいように」


お嬢様の声は静かだった。だが、その奥に燃えるものがあった。


ヨハンは一度息を吸い、そして吐いた。


「……わかった、師匠」


その声には、覚悟があった。


「俺も……全力でやる」


お嬢様は小さく頷いた。




研究室を出て、廊下を歩きながら、お嬢様は呟いた。


「そのためには腕のいい職人が必要ね……」


「職人、ですか」


「精密な部品を作れる者。図面通りに、寸分の狂いなく」


お嬢様は足を止めた。


「どこかにいないかしら」


「……お探しになりますか」


「ええ。見つけてちょうだい」


私は頷いた。


腕のいい職人。帝国のどこかに、必ずいるはずだ。


お嬢様の技術を形にできる者が。



こうして、第一次ノルデン戦争は終結した。


三年間の停戦。賠償金も、領土割譲も、何も求めなかった。


外から見れば、帝国は寛大な勝者に見えるだろう。


だが、本当の理由は違う。


お嬢様は三年間で帝国を変えるつもりだ。


技術を揃える。二度と自分が一人で戦う必要がないように。


私は窓の外を見た。夕日が、宮殿の庭を赤く染めている。


三年後、再び戦いが始まる時。


お嬢様は、もう一人で戦う必要がなくなっているだろう。


私たちが、お嬢様の手となり足となる。


その日のために——


「私も成長しなければ」


そう呟いて、私は執務室へと向かった。


お嬢様の傍らで、できることを一つずつ。


それが、メイドである私にできる唯一のことだから。


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