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私はメイドです!〜お嬢様の世界征服に巻き込まれた哀れな日々〜  作者: ほしみん
第一章 国内改革

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第19話 収穫祭〜お嬢様が踊らない〜

九月。標準原器の配布から帰ってきて、すぐのことだった。


秋風が心地よい季節。街は収穫祭の準備で賑わっている。


収穫祭当日。


私はお嬢様の私室で、途方に暮れていた。


「お嬢様……本当に行くんですか?」


「行くわよ。視察だもの」


お嬢様は鏡の前に立っていた。


いつもの豪華なドレスではない。質素な麻のワンピース。髪も簡単に結い上げている。


——あ。


思わず、見とれてしまった。


いつもの威圧感がない。年相応の、ただの女の子に見える。


銀色の髪が、窓からの光を受けて輝いている。


華奢な肩。細い首筋。


普段は豪華なドレスに隠れて見えない、お嬢様の——


「……何?」


「え、いえ、その……」


「何をじろじろ見てるの」


「見てません!」


慌てて目を逸らした。


「……似合わないですね」


「……うるさいわね」


お嬢様が睨んできた。


——本当は、かわいいと思った。


言わないけど。


「すみません、つい……でも、お嬢様」


「何?」


「髪」


「髪?」


「銀色の髪は目立ちます。銀色の髪の美少女は平民にはいません」


お嬢様が鏡を見た。


確かに、銀色の髪は貴族の特徴。城下町を歩けば一発でバレる。


「……染めるわ」


「え?」


「一時的に色を変える薬があるの。後で洗えば落ちる」


お嬢様は棚から小瓶を取り出した。


「……そんなものがあるんですか」


「作らせたの。こういう時のために」


——いつの間に準備してたんだろう。


お嬢様は髪に薬を塗り始めた。


銀色が、徐々に茶色に変わっていく。


「……」


「何?」


「いえ……」


——なんだか、別人みたいだ。


見慣れた銀髪じゃないお嬢様は、不思議な感じがした。


「これでいいでしょう」


お嬢様が振り返った。


茶色の髪に、青い瞳。


本当に——ただの平民の少女にしか見えない。


「……」


「また何か言いたそうね」


「いえ、その……」


「何?」


「……やっぱり銀色の方がいいです」


「は?」


「いえ、何でもありません」


私は慌てて目を逸らした。


——何を言ってるんだ、私は。


「あなたも着替えなさい。メイド服じゃ目立つでしょう」


私も平民の服に着替えた。


久しぶりに着る、こういう服。メイドになる前を思い出す。


「護衛は遠くから見張らせるわ」


「え? それで大丈夫なんですか?」


「護衛なんて意味ないことは、あなたも知ってるでしょう?」


「……」


それは——まあ、そうだけど。


お嬢様の強さは、私が一番よく知っている。


「それに、近くにいたら意味がない」


「意味?」


「民の本音が見たいの」


お嬢様は窓の外を見た。


「お忍びじゃないと、わからないでしょう?」


——民に嫌われているかどうか。


昨日の言葉を思い出した。


お嬢様は、それを確かめたいのだ。





城下町に出ると、そこは祭りの熱気に包まれていた。


通りには屋台が並び、人々が行き交う。


笑い声。呼び込みの声。焼ける肉の匂い。


「……」


お嬢様が足を止めた。


「どうしました?」


「人が多いわね」


「祭りですからね」


「これだけの人が集まれば、経済効果は大きい」


「視察ですもんね……」


「そうよ」


お嬢様は歩き出した。


でも——その足取りが、少しだけ弾んでいる気がした。


——本当に視察なのかな。


私はこっそり思った。





「……衛生管理がなってないわね」


焼き菓子の屋台の前で、お嬢様が呟いた。


「お嬢様……」


「手を洗ってない。食材も出しっぱなし」


「でも、祭りですし……」


「祭りだからって、腹を壊していい理由にはならないわ」


店主のおじさんが気づいた。


「おっ、お嬢ちゃん! 何か買うかい?」


「……これ」


お嬢様は焼き菓子を指さした。


「まいど! 美味いよ〜」


お嬢様は焼き菓子を受け取り、一口かじった。


「食べるんですか!?」


「味は悪くないわ」


「さっき衛生管理がって……」


「それはそれ、これはこれよ」


お嬢様は平然と食べ続けた。


私は呆れるしかなかった。





次は肉串の屋台。


「火の通りが不均一ね」


「また……」


「外は焦げてるのに、中は生焼け。これじゃ食中毒になるわ」


店主が振り向いた。


「お嬢ちゃん、食べてみな! 美味いから!」


「……一本」


「へい、まいど!」


お嬢様は肉串を受け取り、かじった。


「……もう一本」


「食べるんですか!?」


「検証よ」


「検証……」


「同じ屋台でも、焼き加減にばらつきがあるかもしれないでしょう?」


「それは……」


「だから複数食べて確認するの」


「……」


絶対違う。


お嬢様は淡々と肉串を食べ続けた。


私は何も言えなかった。


店主のおじさんが、暇そうに火の番をしながら話しかけてきた。


「嬢ちゃんたち、どこから来たんだい?」


「東の方から」


お嬢様が答えた。嘘ではない。城は城下町の東にある。


「へえ、遠くから来たんだな。祭り見物かい?」


「ええ、まあ」


「そりゃいい。楽しんでくれよ」


おじさんは肉を焼きながら続けた。


「最近どうだい? そっちの方は」


「……どう、とは?」


「ほら、政変があっただろ? 貴族の連中がバタバタしてるって聞くけどよ」


お嬢様の手が、一瞬止まった。


私は息を呑んだ。


「……どうなんでしょうね」


お嬢様は平静を装って答えた。


「俺ら町人はよ、正直あんまり関係ねえんだ」


「そうなんですか?」


「ああ。貴族や商人は大変らしいけどな。帳簿がどうとか、単位がどうとか」


おじさんは笑った。


「でもよ、俺らにしてみりゃ——」


「?」


「紙とかインクとかよ、最近安くなってきたんだ」


「……」


「ガキの頃は手が出なかったもんが、今じゃ買えるようになった」


おじさんは肉をひっくり返しながら言った。


「2歳の国王様とか、5歳のお嬢様が改革してるなんて、まあ信じちゃいねえけどよ」


お嬢様が微かに眉を動かした。


「後ろで誰かが絵を描いてんだろ? 大人たちがよ」


実際は完全に逆なのだが。


「でもまあ、経過はどうあれ——」


おじさんは私たちを見た。


「結果がいいから、俺は今、前より過ごしやすいよ。軍拡っぽい動きも減ってきたしな」


「……そうですか」


お嬢様は小さく答えた。


その声が、少しだけ柔らかかった気がした。


「ほら、もう一本食ってけ。サービスだ」


「……いただくわ」


お嬢様は肉串を受け取った。


——民の本音。


これが、聞きたかったものなのかもしれない。





その後も、お嬢様は次々と屋台を巡った。


揚げパン——「油の温度管理が甘いわね」→二個食べる


果物飴——「砂糖の結晶化が不完全ね」→三本食べる


焼きとうもろこし——「塩の振り方にムラがあるわ」→完食


「……お嬢様」


「何?」


「結局、全部食べてますよね」


「検証よ」


「検証……」


「問題点を指摘するには、まず現状を把握しないといけないでしょう?」


「はあ……」


お嬢様の口元に、ソースがついていた。


「お嬢様、口」


「え?」


「ソースついてます」


お嬢様が慌てて口元を拭った。


その仕草が——少しだけ、年相応に見えた。





広場に出ると、輪になって踊る人々がいた。


楽団が陽気な曲を演奏している。


老いも若きも、男も女も、手を繋いで踊っている。


「……」


お嬢様は輪の外から、じっと見ていた。


「踊らないんですか?」


「踊らないわ」


「せっかくの祭りですよ?」


「私は視察に来たの。踊りに来たんじゃない」


「……」


しばらく、二人で踊りを眺めていた。


ふと——お嬢様の足元を見た。


小さな足が、リズムに合わせて動いている。


「……」


「お嬢様、足」


「……何?」


「リズム取ってますよ」


「取ってないわ」


ぴたり、と足が止まった。


「……」


「……」


お嬢様は無言で歩き出した。


——絶対楽しんでた。


私は心の中で笑った。





路地を歩いていると、子供たちの声が聞こえてきた。


鬼ごっこをしているらしい。


「まてー!」


「つかまえた!」


「ずるい! 今のなし!」


笑い声。歓声。


お嬢様が足を止めた。


「……」


「お嬢様?」


返事がない。


お嬢様は、子供たちをじっと見ていた。


「どうしました?」


「……」


「お嬢様?」


「……何でもないわ」


お嬢様は歩き出した。


その背中を追いながら、私は思った。


——今、お嬢様はどんな顔をしていたんだろう。


私には見えなかった。


でも——何か、考えていたのは確かだ。


お嬢様は、何を思っていたのだろう。





夕焼けの中、城への道を歩いていた。


祭りの喧騒が、少しずつ遠くなっていく。


「お嬢様」


「何?」


「民の皆さん、楽しそうでしたね」


「……そうね」


「嫌われてなんか、いませんでしたよ」


お嬢様が足を止めた。


「……」


「屋台の人も、踊ってた人も、みんな笑ってました」


「……それは祭りだからよ」


「でも——」


私は続けた。


「本当に嫌われてたら、こんなに楽しそうにしないと思います」


「……」


「改革で大変なこともあるかもしれません。でも、民の皆さんは——」


「……」


「ちゃんと、暮らしてます。笑ってます」


お嬢様は黙っていた。


しばらくして——


「……そう」


小さく、そう言った。


振り返ったお嬢様の顔は——少しだけ、安心しているように見えた。


「祭りは続けるべきね」


お嬢様が歩きながら言った。


「視察の結果ですか?」


「民の士気が上がる。経済効果もある」


「……」


「屋台の衛生管理は改善が必要だけど」


「結局それですか」


「当然でしょう?」


お嬢様は淡々と言った。


「……」


「何?」


「楽しかったですか?」


「……視察よ」


「そうですか」


「……」


しばらく無言で歩いた。


「……悪くなかったわ」


「え?」


「何でもない。行くわよ」


お嬢様が足早に歩き出した。


——今、何て?


聞き間違いかな。


でも——お嬢様の耳が、少し赤かった気がする。


——気のせいかな。


私は小さく笑って、お嬢様の後を追った。


祭りの一日が、終わろうとしていた。


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