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私はメイドです!〜お嬢様の世界征服に巻き込まれた哀れな日々〜  作者: ほしみん
第一章 国内改革

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第18話 商人たちの反乱

四月になっていた。


春の日差しが暖かくなり、庭の花々が咲き誇っている。


標準原器の製作には、数週間を要した。


私は毎日、職人たちの工房に通い続けた。


「1メートルって、どれくらいなんですかね……」


「わからん。シャルロッテ様に聞くしかない」


「あのお嬢さん、本当に五歳なのか……?」


職人たちは困惑しながらも、真剣に取り組んでいた。


お嬢様は何度も工房を訪れ、細かい指示を出した。


「ここ、1ミリずれてる」


「え!? そんな細かいところまで……」


「やり直し」


「は、はい……!」


五歳の少女に駄目出しされる職人たち。


その光景にも、私はもう慣れてしまった。


そして——





「……できた」


金属職人が、震える手で棒を差し出した。


金と白金の合金で作られた、長さ1メートルの棒。


お嬢様は棒を手に取り、じっと見つめた。


「……悪くないわね」


「本当ですか!?」


「温度変化も確認する。でも、見た目は合格」


職人の顔がぱっと明るくなった。


五歳児に褒められて喜ぶ職人たち……。


私も人のことは言えないけど。


重さの原器も、容積の原器も、次々と完成していった。


「これで100セット。全国に配布できるわ」


お嬢様は満足げに頷いた。


「お嬢様、配布は誰が……」


「あなたに決まってるでしょう?」


「私はメイドです!」


「知ってるわ」


いつもの会話だ。


でも——配布の前に、やることがあった。





玉座の間。


お嬢様が玉座に座っている。もちろん、足は床に届いていない。


私はその傍らに控えていた。


扉が開き、商人たちがなだれ込んできた。


商人ギルドの代表たちだ。全員が険しい顔をしている。


「シャルロッテ様!」


先頭の商人が叫んだ。


「MKS単位系の導入など、断固として反対いたします!」


玉座の間に、彼の声が響き渡った。


お嬢様は表情を変えなかった。


「理由は?」


「我々は代々、この単位で商売をしてまいりました!」


商人は胸を張って言った。


「いきなり変えろと言われても、帳簿を全部書き直さねばなりません!」


「秤も、升も、物差しも、全部買い換えねばなりません!」


「莫大な費用がかかります!」


他の商人たちも口々に同意の声を上げた。


「そうだ! そうだ!」


「商売が成り立たなくなる!」


「考え直してくださいませ!」


お嬢様は足をぶらぶらさせながら、商人たちを見渡した。


「それで?」


「ですから、撤回を——」


「あなたたち」


お嬢様の声は静かだった。


「単位がバラバラなのをいいことに、不正をしてきたでしょう?」


玉座の間が静まり返った。


「な……!?」


先頭の商人が絶句した。


「買う時は短い尺を使い、売る時は長い尺を使う」


お嬢様は続けた。


「量る時は軽い貫を使い、売る時は重い貫を使う」


商人たちの顔から血の気が引いていく。


「そ、それは……」


「違う?」


お嬢様の瞳が、冷たく光った。


誰も答えなかった。


「単位を統一されたら、その不正ができなくなる」


お嬢様は小さく笑った。


「だから反対してるんでしょう?」


「……」


商人たちは黙り込んだ。


図星だったのだろう。


「帳簿の書き直し? 秤の買い換え? それは正当なコストよ」


お嬢様は玉座の肘掛けに頬杖をついた。


「今まで不正で得てきた利益に比べれば、安いものでしょう?」


誰一人、反論できなかった。





「MKS単位系の導入は予定通り実施する」


お嬢様は宣言した。


「移行期間は1年。その間に新しい秤と物差しを用意しなさい」


商人たちがざわめく。


「標準原器は国が各地に配布する。無料よ。費用は国が負担するから」


「無料……?」


商人の一人が聞き返した。


「基準を統一するのは国の仕事でしょう?」


お嬢様は当然のように言った。


「ただし——」


お嬢様は、にっこりと微笑んだ。


その笑顔が、とても怖かった。


「1年後に旧単位を使っていたら、不正取引と見なすわ」


商人たちの顔が青ざめた。


「不正取引で結んだ契約は当然無効ね。裁判でも認められないわ」


誰も答えない。


「下がっていいわ」


商人たちは、這うように玉座の間を後にした。





商人たちが去ると、入れ替わりに職人たちが入ってきた。


職人ギルドの代表たちだ。商人たちとは違い、困惑した顔をしている。


「シャルロッテ様、一つ質問がございます」


「なに?」


「標準原器を基準に物差しを作れとのことですが……」


職人は頭を掻いた。


「寸分違わず同じものを作るのは、不可能でございます」


「知ってるわ」


「え?」


職人が目を丸くした。


「完璧に同じものなんて作れない。だから『公差』を決めるの」


「こうさ……?」


「許容される誤差のことよ」


お嬢様は指を立てた。


「たとえば、1メートルの物差しなら、プラスマイナス1ミリまでは許容する」


「プラスマイナス……」


「つまり、999ミリから1001ミリの間なら『正しい』と認めるの」


職人の顔がぱっと明るくなった。


「なるほど! それなら作れます!」


「逆に言えば、それを超えたら『不正』よ」


職人の顔がまた曇った。


「公差の範囲内なら問題ない。でも範囲外なら——」


お嬢様は、にっこりと微笑んだ。


「わかるわね?」


「は、はい……」


「公差を決めておけば、検査もできる」


お嬢様は続けた。


「役人が物差しを測って、公差を超えていたら回収。簡単でしょう?」


職人たちは黙って頷いた。


私は思った。


——また怖いことをさらっと言う……。





職人たちが去った後。


私はお嬢様に尋ねた。


「お嬢様……よかったのですか?」


「何が?」


「商人ギルドを敵に回して……」


「敵?」


お嬢様は首を傾げた。


「あの人たちは敵じゃないわ。ただの既得権益者よ」


「でも、反発が……」


「するでしょうね。でも、1年後には従う」


お嬢様は玉座から降りた。


「従わなければ不正。不正には罰則。単純な話よ」


「……」


「それより、エマ」


「はい」


「配布の準備をしなさい」


「配布……私がですか?」


「他に誰がいるの?」


「私はメイドです!」


「知ってるわ。だから行くの」


「意味がわかりません!」


お嬢様はくすりと笑った。


「メイドなら、私の手足でしょう? 手足がなくて、どうやって物を配るのよ」


「……」


言い返せなかった。





それから数ヶ月。


私は標準原器を持って、全国を回った。


馬車での長旅。


各地の役所を訪問。


「これが新しい基準です」


「メートル……? キログラム……?」


「私もよくわかりません。でもお嬢様がそうおっしゃるので」


「……」


役人たちは困惑していた。


「とにかく、これを基準にしてください。1年後からは、この単位しか使えません」


各地の反応はさまざまだった。


素直に従う者。


渋々従う者。


こっそり旧単位を使い続けようとする者。


私は淡々と仕事をこなした。


お嬢様の命令だから。


——私はメイドなのに。


なんで全国を回ってるんだろう……。


胃が痛い。





3ヶ月後。


ようやく王城に戻ってきた。


「お嬢様、配布完了しました……」


私は執務室で報告した。


「お疲れ様」


お嬢様は帳簿から顔を上げた。


「お疲れ様、じゃないです……」


「何?」


「3ヶ月かかりました……」


「そう。で、各地の反応は?」


「……半分くらいは素直に従いました」


「残りは?」


「渋々という感じです。こっそり旧単位を使い続けようとしている者もいるかもしれません」


「上出来ね」


「そうですか……?」


「1年後には全員従うわ。従わなければ不正だもの」


お嬢様は満足げに頷いた。


「これで帳簿の数字が全国で揃う」


「はい……」


「次は地図ね」


「……地図?」


私は聞き返した。


「この国の地図、見たことある?」


「ええ、まあ……」


「あれ、地図じゃなくて絵よ」


「絵……?」


「縮尺がバラバラ。方角も曖昧。距離も正確じゃない」


お嬢様は窓の外を見た。


「正確な地図を作るわ」


「……」


嫌な予感がした。


「また私が何かするんですか……?」


「当然でしょう?」


「私はメイドです!」


「知ってるわ。だから連れて行くの」


「どこにですか!?」


「全国よ。測量に」


「……」


「あなた、3ヶ月で全国回ったんでしょう? 道はもう覚えたわよね?」


「覚えてません!」


「嘘ね」


お嬢様はくすりと笑った。


その笑顔が、とても憎らしかった。


私は——お嬢様のメイドなのだから。


胃が痛い。


また、大変なことが始まる。





「……ところで」


お嬢様が窓の外を見た。


「明後日から収穫祭でしょう?」


「え? ええ、そうですけど……」


「行くわよ」


「行くって……お嬢様が?」


「視察よ。商人たちが新しい単位を使ってるか、確認したいの」


「はあ……」


お嬢様は少し黙った。


「……それに」


「?」


「民が、どう思っているか。知りたいの」


「どう思っている……?」


「私のこと」


私は息を呑んだ。


「改革を急ぎすぎたかもしれない」


お嬢様は静かに言った。


「圧をかけすぎた。嫌われているかも」


「そんな——」


「3ヶ月、全国を回ったでしょう? どうだった?」


「……」


私は言葉に詰まった。


確かに、渋々従う人は多かった。


陰で「また王城が何か始めた」と囁く声も聞いた。


「……正直に言うと、戸惑っている人が多かったです」


「そう」


「でも、嫌っているというより——」


「いいのよ。わかってる」


お嬢様は窓の外を見たまま言った。


「だから、直接見たいの。民がどんな顔をしているか」


「……」


「それに——」


お嬢様が小さく付け加えた。


「あなたも3ヶ月働いたんだから、少しは息抜きも必要でしょう?」


「……え?」


「視察よ。勘違いしないで」


お嬢様は背を向けた。


私には見えなかったけど——その耳が、少し赤かった気がする。


——これ、休ませてくれてる?


お嬢様は、そういう人なのだ。


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