第15話 石集めの変人
鉱山への視察は、帳簿の整備が一段落してからのことだった。
馬車を降りたシャルロッテを、鉱山長が緊張した面持ちで出迎える。
「シャルロッテ様、ようこそお越しくださいました」
「産出量の報告を」
「は、はい。鉄鉱石が月産……」
シャルは報告を聞きながら、採掘現場へと足を進めた。エマが後ろからついていく。
「お嬢様、足元にお気をつけて」
「大丈夫よ」
坑道の入り口付近には、掘り出されたばかりの鉱石が山のように積まれている。シャルはその中から一つを拾い上げ、しばらく眺めてから元に戻した。
「他に何か珍しい鉱物は出ていない?」
「珍しい……と申されましても……」
鉱山長は困ったように首を傾げた。この年端もいかない令嬢が何を求めているのか、見当もつかないという顔だ。
「あ、そういえば一人、変わった者がおりまして」
「変わった者?」
「ヨハンという若者でして……10年も前から、石ばかり集めておるのです」
エマが首を傾げる。
「石を?」
「ええ。掘り出した鉱石の中から、変わった形のものを拾っては……自分の小屋に山のように積み上げて」
エマが相槌を打つ。
「それは……変わっていますね」
「周りからは『役立たず』『変人』と呼ばれております。まったく、働きもせずに石ころばかり——」
「会わせて」
鉱山長の言葉を遮って、シャルが言った。
「は?」
「その人に会いたいわ」
「しかし、あのような者にお嬢様のお時間を……」
「いいから」
鉱山長は困惑しながらも、シャルを案内した。エマは小さくため息をつく。
お嬢様、また何か考えてる……
ヨハンの小屋は、鉱山から少し離れた場所にあった。
扉を開けた瞬間、エマは息を呑んだ。
小屋の中は鉱物で埋め尽くされていた。棚という棚に石が並べられ、床にも木箱が積み上げられている。しかもそれらは無秩序に放り込まれているのではなく、何らかの規則に従って整然と分類されているようだった。
「……誰?」
奥から声がした。振り返ると、薄汚れた服を着た青年が立っていた。17歳くらいだろうか。目つきは鋭いが、どこかぼんやりとした空気を纏っている。
「こちらはシャルロッテ様だ。無礼のないように」
鉱山長が慌てて言ったが、ヨハンは気にした様子もない。
「あー、貴族の子供か」
「子供って……!」
エマが思わず声を上げたが、シャルは気にしなかった。
「いいわ」
シャルは小屋の中に足を踏み入れ、棚の鉱物を眺め始めた。
「これ、全部あなたが集めたの?」
「ああ。10年かけて」
「分類基準は?」
「え?」
「どうやって分けてるの」
ヨハンは少し驚いたような顔をした。そんなことを聞いてくる人間は初めてだったのだろう。
「……まず産地だろ。次に色。それから硬さ」
「それだけ?」
「同じ色でも産地が違うと、なんか違う気がするんだ。光の当たり方とか、割れ方とか」
ヨハンは棚から一つの石を取り出した。
「これとこれ、見た目は似てるだろ? でも触ると違う。なんでだろうな」
シャルの目が細められた。
◆
「同じ成分でも、原子の並び方が違うからよ」
「げんし?」
ヨハンが聞き返した。
「万物は小さな粒でできているの。その粒が原子」
シャルは棚から二つの石を取り出した。透明に輝く小さな結晶と、黒く光る薄片状の石。
「原子がどう並ぶかで、性質が変わる。このダイヤモンドと石墨、同じ炭素だけでできてるのよ。でも硬さが全然違う」
「……!」
ヨハンの目が見開かれた。ダイヤモンドは世界で一番硬い石だ。石墨は指で擦れば崩れる。それが同じ成分だと?
「並び方が違うから」
「すげえ!!」
突然の大声に、エマが飛び上がった。
「なんでそんなこと知ってんだ!?」
「知ってるからよ」
「いや、だって——俺、10年も石集めてきたけど、そんなこと誰も教えてくれなかった!」
ヨハンは興奮した様子で、棚の石を次々と指差した。
「じゃあこれは!? これとこれが違うのも、その……げんし? の並び方のせいなのか!?」
「そうよ」
「すげえ……すげえ!!」
シャルは少しだけ口元を緩めた。
(この反応……面白いわね)
◆
視察を終え、帰路につく。
「お嬢様、あの……」
エマが小声で言った。
「何?」
「後ろから……」
シャルが振り返ると、数メートル後ろをヨハンがついてきていた。目が合うと、ばつが悪そうに視線を逸らす。
「あら」
シャルは足を止めた。
「何してるの?」
「いや、もっと聞きたくて」
ヨハンは頭を掻いた。
「あの原子ってやつ、他にも種類あるのか?」
「あるわ。100種類以上」
「100!? すげえ!!」
「お嬢様、この人どうしましょう……」
エマが困った顔で言った。明らかに常識が通じない相手だ。
シャルはしばらくヨハンを見つめていた。
「……ついてきなさい」
「いいのか!?」
「面白そうだから」
ヨハンの顔がぱっと明るくなった。エマは頭を抱えたくなった。
(変な人が来た……)
◆
馬車の中で、シャルはヨハンに講義を始めた。
「原子には種類があって、それぞれ性質が違う」
「おう」
「原子同士がくっつくと分子になる」
「分子……」
「くっつき方にも種類があって——」
ヨハンは目を輝かせて聞いていたが、突然顔をしかめた。
「くそ、紙がねえ」
「はい、どうぞ」
エマが紙とペンを差し出した。
「おお、サンキュー」
ヨハンは受け取ると、すぐにシャルの話をメモし始めた。
「続けるわよ」
「ああ! 師匠!」
シャルの眉が微かに動いた。
「……師匠?」
「だって、こんなこと教えてくれる奴、初めてだ」
ヨハンはペンを走らせながら言った。
「俺にとっちゃ師匠だよ」
「……好きに呼びなさい」
エマは窓の外を見た。
6歳の師匠と17歳の弟子。
この国は一体どうなっているのだろう。




