第 61 話:英雄の憂鬱
王国は、干ばつの危機から救われた。俺が作った用水路は国土を潤し、人々は再び安定した生活を取り戻していた。国王からの信頼は厚く、俺は事実上、この国の再建における最高責任者の地位にいた。
誰もが俺を「英雄」と讃えた。
だが、俺の心は、日に日に重く沈んでいった。
ある夜、王都の屋敷で、山積みになった報告書を処理しながら、俺はふと、かつてのアイゼンヴァルト領でのリーゼの姿を思い出していた。そして、今の俺は、あの頃の彼女以上に、この国の中枢で、一人ですべてを背負い込んでいることに気づく。
灌漑計画、街道整備、技術指導所の運営……。すべてが、俺の判断一つで動いている。俺という「個人」に、この国はあまりにも依存しすぎている。
もし、俺が明日、病で倒れたら? あるいは、政敵の罠にはまって失脚したら?
この奇跡的な復興は、砂上の楼閣のように、あっけなく崩れ去ってしまうだろう。
それは、俺が最も恐れることだった。俺が目指していたのは、英雄が支配する国ではない。英雄がいなくても、人々が自らの力で豊かになり続けられる、持続可能な社会のはずだ。
「……まだ、終わっていなかったのか」
俺は、自嘲気味に呟いた。
スローライフは、まだ遠い。
この国に、俺の最後の仕事を、本当の遺産を残すまでは。




