第 56 話:王の招聘
アイゼンヴァルトを中心とした新たな経済圏が順調に発展していた、その年の夏。王国を、未曾有の大干ばつが襲った。
何ヶ月も雨が降らず、大地はひび割れ、川は干上がった。畑の作物は枯れ、人々は深刻な食糧不足と水不足に苦しんでいた。
そんなある日、アイゼンヴァルト領に、王家の紋章を掲げた使者が訪れた。
「国王陛下が、ベルクナー卿を王都へ招聘しておられる。至急、登城されたし」
使者がもたらした王命に、俺は天を仰いだ。スローライフを夢見ていたはずの俺に、今度は国家の命運そのものが、重くのしかかってきたのだ。
数日後、王都の城で謁見した国王は、年の頃五十代ほどの、威厳と、そして深い疲労を顔に浮かべた人物だった。
「ベルクナー卿、よくぞ参った。単刀直入に言おう。この国を、干ばつから救う手立てはないか。そなたの領地では、数々の奇跡を起こしてきたと聞く。その知恵を、今こそ王国のために貸してはくれまいか」
国王の言葉は、懇願に近かった。彼の背後には、飢えに苦しむ何万という民の姿が透けて見えるようだった。
断る、という選択肢はなかった。いや、俺の中に眠る元・公務員の魂が、それを許さなかった。
「……御意。このクラウス・フォン・ベルクナー、全力を尽くして、王国の危機に立ち向かう所存です」
俺がそう答えると、国王の顔に、わずかな安堵の色が浮かんだ。
だが、俺の背後、列席する大貴族たちの中から、冷ややかな視線が突き刺さるのを感じていた。
俺の新たな戦場は、もはや辺境の領地ではない。魑魅魍魎が跋扈する、王国の政治の中心地だった。




