第 3 話:未来への投資
リーゼの言葉は、正論だった。あまりにも正しく、そして重い。ハンス村長も、反論できずに俯いている。
だが、俺は静かに首を振った。
「君の言う通りだ、リーゼ。金はない。だが、これは支出じゃない。投資なんだ」
「投資、ですか……?」
怪訝な顔をする彼女に、俺は前世で何度も繰り返した説明を始める。
「そうだ。未来への投資だ。費用対効果を考えてみてほしい」
俺は羊皮紙の余白に、木炭で簡単な表を書き始めた。
「今、一人の村人が麓の町と往復して運べる荷物は、せいぜい二十キロ。一日がかりだ。だが、この道が完成すればどうなる? 荷馬車が使えるようになる。馬一頭が引く荷車なら、一度に五百キロは運べるだろう」
俺はリーゼの目を見て、続けた。
「輸送効率は、単純計算で二十五倍になる。今まで一日かけて一人が運んでいた量を、馬車なら一時間もかからずに運べる。つまり、俺たちは『時間』という最も貴重な資源を手に入れることができるんだ」
「時間……」
「ああ。そして、その時間で、村人たちは別の生産活動ができる。森で木を切り、鉄を掘る。道ができれば、それらを麓の町へ安定して供給できる。今は買い叩かれている木材や質の悪い鉄も、量がまとまれば立派な商品になる。そこで得た金で、塩でも麦でも、必要なものを買えばいい」
俺の言葉に、リーゼは息を呑んだ。彼女の頭の中で、帳簿の数字が目まぐるしく動き始めているのが見て取れるようだった。
「初期投資は、村人たちの労働力だ。道具は今あるものを修理して使う。問題は君が指摘した通り、作業中の食料だが……これは、今ある備蓄から捻出するしかない。だが、道が完成すれば、その損失を補って余りある利益が生まれる。必ずだ」
俺は熱を込めて語り終えた。これはただの夢物語じゃない。数字とデータに基づいた、実現可能な計画だ。
長い沈黙の後、リーゼはゆっくりと顔を上げた。眼鏡の奥の瞳に宿っていた氷のような光が、少しだけ和らいでいる。
「……費用対効果、ですか」
彼女は小さく呟くと、意を決したように、こくりと頷いた。
「わかりました。食料の備蓄管理と配給は、私が責任をもって行います。ただし、必ず……必ず、計画通りに利益を出してくださいね」
その言葉は、俺たちの間に生まれた、最初の小さな信頼の証だった。




