第 31 話:揺らぐ世界
俺とリーゼが夫婦となってから数年。アイゼンヴァルト領は、俺がいちいち口を出さなくても、自分たちの力で発展を続ける、理想的な組織へと成長していた。
ようやく手に入れた穏やかな日々。だが、俺は新たな問題の種に気づいてしまった。
きっかけは、夜の執務室でのことだった。隣で帳簿作業をしていたリーゼが、眉間に皺を寄せ、何度も目を細めている。
「リーゼ、目が疲れているのか?」
「え? ああ、いえ、大丈夫です。少し数字が霞んで見えるだけで……」
大丈夫なものか。彼女はまだ二十代半ばだ。この若さで、すでに老眼のような症状が出始めている。原因は、薄暗いランプの光の下で、来る日も来る日も細かい数字を追い続けてきたことだろう。
そして、それは彼女だけの問題ではなかった。
鍛冶屋のゲルトは、鋼の表面の細かな模様を確かめるのに苦労していた。学校の子供たちは、夕方になると本が読みにくいと不平をこぼす。
領地は豊かになった。だが、人々の「見る世界」は、まだ薄暗く、揺らいだままなのだ。
食料、道具、安全な道。俺はこれまで、生きるための最低限のものを整えることに注力してきた。だが、次は違う。
人々の生活の質そのものを、向上させる時が来たのだ。
俺は、愛する妻の疲れた横顔を見ながら、静かに決意した。
この領地に、もっとクリアで、もっと明るい「光」をもたらそう、と。




