第 2 話:異世界の計画書
「道を、作り直す……ですと?」
俺の宣言に、ハンス村長は呆然と呟き、リーゼは信じられないといった顔で俺を見つめていた。無理もない。この絶望的な財政状況で、公共事業を興すなど狂気の沙汰に聞こえるだろう。
だが、俺の頭の中ではすでに、前世で嫌というほど引いた設計図が展開されていた。
領主の館に戻った俺は、執務室に籠もった。机に広げたのは、領内で最も上質とされる羊皮紙。そして、炭焼き小屋から分けてもらった木炭の芯。これが、この世界で俺が使える CAD であり、ペンだった。
「まずは、等高線の概念からだ……」
俺は記憶を頼りに、あの崖のような道の地形を羊皮紙に描き出す。同じ高さの地点を線で結んでいく。前世では当たり前だったその作業が、この世界では神の視点にも等しい情報をもたらす。
急勾配の斜面を、等高線に沿って緩やかに蛇行する一本の線を引いていく。九十九折。急な坂を人や馬が安全に登り下りするための、最も基本的な土木技術だ。
「よし、こんなものか」
数時間後、羊皮紙の上には、無数の曲線で構成された、見たこともない道の設計図が完成していた。俺はハンス村長とリーゼを執務室に呼んだ。
「これが、新しい道の計画書だ」
俺が羊皮紙を示すと、二人は困惑した表情でそれを覗き込んだ。
「クラウス様……これは、何かの模様ですかな? 道がこんなに曲がりくねっていては、かえって時間がかかってしまいますだ」
ハンス村長の素朴な疑問は、もっともだった。最短距離こそが最良の道だと信じてきた彼らに、この遠回りに見える道の利点を理解させるのは難しい。
だが、それ以上に厳しい指摘をしたのはリーゼだった。彼女は設計図を一瞥した後、静かに、しかしきっぱりと言い放った。
「計画は結構ですが、クラウス様。予算がありません」
彼女の言葉は、氷のように冷たく、そして重い。
「この事業を行うには、まず道具が必要です。鍬や鋤、もっこも新調しなければなりません。それに、作業にあたる村人たちへの食料の配給も。ですが、ご存じの通り、当領の金庫は空です。蓄えも、ありません」
リーゼは眼鏡の奥から、まっすぐに俺の目を見つめてくる。その瞳は、夢物語を語るなと、現実を見ろと、雄弁に訴えかけていた。
これが、最初の壁か。
俺は自らが描いた異世界の計画書と、目の前の現実を突きつけてくる少女の顔を、静かに見比べた。




