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僕が血を捧ぐ理由  作者: ヤスオ


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7/9

一閃

莉波は凪斗の声だとわかると顔を上げる。その勢いで涙が一筋こぼれ落ちた。

「凪斗くん…」

意図せず声が漏れでる莉波。凪斗は慣れた様子で受付を済ませる。不自然に待合室付近で固まっている莉波たちの方を向いた。

「こんにちは。今日もよろしくお願いします。あれっ…あなたは」

高津を方を向いて何かを思い出そうとする凪斗。所作が微妙に白々しい。ポンっと手を叩く。

「あっ、以前バイトでお世話になった人だ。えーっと高津さんですよね?何してるんですか?」

高津は怒りの表情のまま凪斗の方へ視線が向く。その隙に半歩莉波は後ろに下がった。

「お前、この前のチラシ配りの…」

「その節はラーメンご馳走様でした。今度彼女とも行ってきますよ。ていうか…」

一呼吸おいてから周囲を見渡し言葉を発する凪斗。

「なんか揉めてました?」

「あん?」

「いやー、こんなに人が一箇所に集まるの変だなーって思って。」

「お前に関係ねぇだろ?」

「ありますよー。だって今から献血するんですよ?何かトラブルあったら嫌じゃないですか。」

チッ

舌打ちをする高津。明らかに面倒な様子で答える。莉波を指差して。

「こいつ、前言ってた結婚しようと思ってる女なんだよ。針刺すの下手くそだし、さっさと俺の嫁になれって言ってたの。」

その言葉に再び顔を下にやる莉波。凪斗はわざとらしい驚きの表情を浮かべた。

「あっ、そうだったんですね。この人が。へぇ、」

再び凪斗は一呼吸置く。一気に表情が変わる。引き締まった精悍さが全面に出ている。

「でも、そりゃ無理だと思いますよ。」

「はあ?」

「だって-」

そう言いながら凪斗は莉波に近づき…

「この人僕の彼女なんで。」

そう言いながら莉波の方を強く抱き寄せた。

一瞬静まりかえる空気。看護師たちは驚愕のあまり声が出ていない。高津も唖然としている。

「は…」

としか言えない高津。

何より突然のことに青ざめていた莉波の顔が一気に赤くなる。赤くなっているのは凪斗も同じだった。体が熱い。ここまで熱さは人生最高のものだろう。その熱に勇気をもらいながら言葉を出す。そこには大声ではなくても確かな力強さがあった。

「だから、この人僕の彼女なんです。だから結婚とか諦めてください。」

「ちょっ…、凪斗くん。」

「あっ、ちょっと。ここで凪斗くん呼びはやめてくださいよ莉波さん。あっ、でも僕も今莉波さんって呼んじゃったし、こんな状況なので今更ですね。」

そんなやりとりをしているうちに唖然としていた高津の口が開く。

「前…、お前が言ってた年上の彼女ってこいつのことだったのか?」

「はい、そうですが何か。」

「何かじゃねえよ。そいつは俺と…」

凪斗が言葉を遮る。

「お付き合いしてないんですよね?」

突然遮られて驚く高津。凪斗は更に続ける。

「だーかーらー、結婚したいってだけでまだお付き合いしてないんでしょ?」

徐々に防戦になる高津

「そうだけどよ…お前らホントに付き合ってんのかよ⁈」

「はい、もちろん。」

そう言いながらスマホを操作し、写真を見せる。写っているのは食事中の2人を撮った一枚だった。

「これ、この前しゃぶしゃぶ行ってきたんですよ!柔らかい肉がゴマだれとかポン酢と合わさって最高でしたよー。他にもありますよ。」

そう言いながらイタリアンの写真も見せる凪斗。確かにどう見てもカップルだ。高津の立場はますます悪くなる。

「ぐっ…」

「わかったでしょ?だから早く休憩して帰ってください。これ以上は周りにも迷惑かけちゃうんで。」

凪斗が視線を周囲にやる。それに釣られて高津も視線を向けると他の利用者の表情が明らかに変わっていた。自分への風向きが圧倒的に悪い。恥を晒された高津は激昂する。

「ふざけんなよ、莉波!こいつ大学生だぞ⁈しかも苦学生だ!金もねぇ!これからどうなるかもわからねぇ!そんな奴と付き合ってんのかよ⁈」

莉波は小さくも頷く。高津はそれをみて更に激昂するのだった。

「お前頭おかしいのか?絶対俺の方がいいだろ?学生のヒモになるってか?こんな奴と付き合うなんて男見る目ねぇんだよ!」

ルーム全体に響く怒号。それに対して凪斗は小さく鋭く切り返した。

「おい…いい加減にしろよ。」

その言葉の鋭さ、重さに思わず黙ってしまう高津。凪斗は続ける。

「自分が好きな人を頭おかしいとか見る目ないとか言うなんてあり得ないんだよ。それに前言ったこと思い出したよ。莉波さんのこと顔もスタイルもそこそこだって言ってたよな…?」

若干不貞腐れた様子の高津はそれに答える。

「だからなんだよ。」

凪斗は大きな声を出した。

「ふざけるな!!」

その声の力強さに周囲が惹きつけられる。そのまま続ける凪斗。もうそこには初めて献血ルームに来た時の少し内気な青年はいなかった。

「僕にとってこの人は世界一の人なんだ!!」

その言葉を1番近くで聞いた莉波は更に赤を赤くした。

「食べ物目当てに初めて献血ルームに来て莉波さんに会った時、めちゃくちゃ綺麗だなって思った。それから会いたくなって献血ルームに通うようになった。」

凪斗はこれまでの莉波との思い出を語っていく。

「居酒屋でたまたま会った時、白衣とは違う私服とか酔ってるところ見て可愛いって思った。それからお付き合いが始まって一緒にご飯とか食べるうちに細かい気遣いをしてくれるところを見て本当に優しい人なんだなって思った。」

今までの思い出が2人の頭の中を駆け巡る。何回も何十回も。

「どれもこれも人生で最高のかけがえのない思い出だ!莉波さんは僕にとって世界一綺麗で、可愛くて、スタイルが良くて、優しくて、幸せにしたい人なんだ。そんなそこそこなんて軽い気持ちで僕の彼女に近づくな!!」

莉波はその言葉に顔を赤くしながらも喜びの表情が滲み出る。

高津はその思いのこもった言葉に圧倒されるも何とか言葉を返す。

「お前…世間知らずの苦学生の分際で生意気言ってんじゃねえよ。お前なんかに何ができる。」

それに対してもすぐに返す凪斗

「在学中に勉強もバイトも頑張ってたくさんの資格と経験を得ます。それを基にできるだけ収入の良い仕事に就いてみせます。あなたの実家のような何不自由ない生活はできなくてもきっと幸せにしてみせます。」

その言葉に莉波だけでなく周りも感動していく。立場が悪くなる高津は最後の切り札を出す。

「…ふざけんなよお前ら…。俺にこんな恥かかせておいて…タダで済むと思うなよ。俺は日本有数の製菓会社、高津製菓の社長一族だぞ。お前ら2人潰すなんてどうってことねぇんだよ。」

そんな時1人のサングラスと帽子を被った男性が声をかけた。

「タダで済まないのは君の方かもねぇ。」

「誰だあんた…」

「ああ、突然すまねぇな。俺は…」

サングラスと帽子をとる男性

「通りすがりの居酒屋店主だよ。」

男性の正体は2人が付き合うフリをするきっかけになった居酒屋の店主だった。

「えっ…あの時の…?」

莉波は店主のことを思い出し呆気にとられる。凪斗は力強い笑みを浮かべる。店主は不敵に笑いながら話を進める。

「あんちゃん、高津浩二くんだっけ?凄いねー、君の家地元の徳島じゃあその名を知らぬものはいないってほどの有名人でしょ⁈」

その言葉に少し余裕を取り戻す高津。

「ああ、そうだよ。俺はあの高津一族の1人だ。お前らとは違う…。」

「そうだねぇ、その通りだ。でもさあ…」

話を進めながら店主が出したのはボイスレコーダーだった。これまでの高津の声を流しながら余裕の笑みを浮かべ高津に問う。

「こんなの広まったら大変じゃねぇか?」

「なっ…」

戦慄する高津。表情が一気に強張る。改めて録音された高津の言葉を聞いて彼を軽蔑する利用者たち。そんな彼らに店主は先ほどの凪斗のような白々しさを感じさせる声でフォローを入れた。

「ちょっと皆さんやめましょうよ!彼にそんな目を向けるのは!彼だって大変な人生を送ってるんですよ。」

メモを取り出し得意げに語り出す店主。

「父から受け継いだ会社を一代で日本有数の大企業にした父とその父をも超えるという商材を持つ兄に囲まれて育ち、自分は塾や水泳も長続きせずに2人から軽視されていた。」

何でそんなことを…そう言わんばかりの表情を浮かべる高津。店主はメモのページをめくりながら続ける。

「そんな彼でも地元のそこそこ有名な進学校に進むことができた。そこで二つの運命的な出会いをします。一つはそこにいるねぇちゃん。もう1人は同じバレーボール部の同級生でした…」

まずい…そう思った高津は口封じに店主の持つメモを奪おうとする。しかし店で見せたその恰幅の良さからは想像もつかないほどの身のこなしでヒラリヒラリとそれをかわし遂には高津の肩を組む。そしてそのまま続けるのだった。

「そのバレーボール部の同級生はバレーの腕前も学業も彼より上。その上気さくな性格から女子生徒から人気があった。こんなの嫉妬するに決まってるよね〜。その彼が一つ下の女の子に想いを寄せていたが、なかなかそれを伝えられずにいた。その相手がこのねぇちゃんってわけだ。」

高津の顔が青ざめる。ある程度全容を察した凪斗は呆れ顔だ。その顔のまま高津に語りかける。

「つまり、自分のコンプレックスを覆い隠すために莉波さんにこだわってたってわけですね…。」

「まっ、そういうことだな。」

凪斗の呆れ顔が怒りに変わる。

「そんな理由で1人の女性に…僕の大切な人に干渉してきたなんて許せません。」

莉波を抱き寄せていた腕を離して高津に近づく。

「二度と僕たちの目の前に現れるな!!」

力強い声がこだまする。高津はこれ以上ない屈辱を味わい意気消沈。その様子をみた店主が組んでいた腕を離す。すると高津は小さくなって献血ルームから去っていった。

高津が去り、静まりかえる献血ルーム。その静けさに凪斗は冷静になり途端に恥ずかしくなった。少しだけ顔を赤くしながらその場にいる全員に謝罪する。

「あっ…あの…すみませんでした。凄いお騒がせしちゃいましたよね…。」

それを聞いても静まり返っている空間に莉波も恥ずかしくなってきた。店主は微笑みながら語りかける。

「まっ、良いんじゃわねぇか…」

微笑みが下世話なニヤリ顔に変わる。

「お前さんが本当にこのねぇちゃんを幸せにするならな…」

それを聞いて更に恥ずかしくなる凪斗と莉波。周囲は祝福ムードへと変わる。

「そうだ!こんだけ騒いだんだ!浮気したら承知しねーぞ!」

「あなた、若いのにやるわねぇ。」

凪斗は完全な赤面になる。言葉が早口になり明らかに焦っている。

「えっ…ちょっ…」

その様子を面白がる店主。

「おいおい今になって口下手に戻りましたなんて通用しねぇぜ?あんなカマしたんだからなー。」

「やめてください!てか何でもっと早くフォローしてくれなかったんですか!あんなに調べてたなんて知らなかったし…てか短期間にあそこまで調べるって何者なんですか?」

「バカヤロー、東京の居酒屋店主なめんじゃねーぞ!それにお前さんがあそこで漢を見せたから俺のフォローが光るんだよ。それに…」

莉波の方を向く店主。

「お前さんのあのねぇちゃんへの想いの本気度合いも見たかったからな!」

莉波の顔も更に赤くなる。最後に凪斗の肩をポンと叩く店主。

「あれが本音だろ?ちゃんと面と向かって伝えてやれや。」

そう言うと帽子とサングラスをつけてその場を去る。

「じゃあ、採血も終わってるし、おじさんは帰るとするか。」

店主が去った後も歓迎ムードは続く。凪斗は恥ずかしさを抑えて莉波に話かける。

「あの…仕事終わったらちょっといいですか?」

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