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僕が血を捧ぐ理由  作者: ヤスオ


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2/9

とある居酒屋にて…

あれから2ヶ月以上が経過した。街は肌寒さが増し、少しずつクリスマスや年末年始に向けて動き出している。そんな中、凪斗は自転車で商店街近くを快走していた。少し重めの手荷物を背負ったまま信号待ちの間に献血アプリで今日の献血の記念品を確認する。

(おっ、今日は青椒肉絲の素か。)

寒さと荷物の重さなど感じさせないほど軽快に献血ルームに向かう凪斗。元々内気な性格だが、流石に二週間に一回のペースで会っていると少しは打ち解けるようだ。献血の勧誘をしているスタッフにも軽く挨拶をしている。

「お疲れ様です。」

「おお!今日もよろしくね!」

献血ルーム前、自動ドアが開きもう見慣れた景色がそこにある。問診や検査を終えていざ採血へ

「あっ、今日も来てくれたんだ!」

莉波が嬉しそうに話しかけてきた。他のスタッフには慣れてきたが、莉波の前だと一瞬ぎこちなくなる凪斗

「まぁ、…そうっすね。はい。」

この日は違う看護師の方が採血をしてくれた。

「では、始めますよ。」

自分の親くらいの年齢の看護師だ。莉波も手際はいいと感じたが、やはり年季が違う。針が入る時の痛みもほとんど感じなかった。それから凪斗はベッドに付けられているテレビを観ながら自然と莉波の動向を時折追ってしまう。

「十文字さん、ちょっと…」

「あっ、はい!」

ここの看護師はベテランが多く莉波は一際若い。その分色々面倒をみてもらっているようだ。莉波もベテラン看護師のアドバイスや指示を熱心に聞いている。ベテランに囲まれ、慣れない手つきで器具を扱う莉波。

それでも、誰よりも真剣なその横顔を、凪斗はテレビ越しに見つめていた。

──自分の鼓動が、少し速くなっているのに気づかないまま。

あっという間に採血終了。立ちくらみ防止のための待機時間の目安として用意された砂時計は本当に時間通りになのか疑いたくなるほどに減りが早い。立ち上がり待合室に向かう凪斗。心なしか歩くペースが遅い。そういているうちに莉波が話しかけてきた。

「今日もバイト帰り?」

「はい…ホテルの清掃とかですね。」

「偉いね〜いつも頑張ってて。」

「いや…まぁ。」

すでに出口に近かったのもあり今日はこのくらいで会話は終わり。

「じゃあね!また来て!」

手を振る莉波に今日もどう返していいか分からずに会釈をするだけになってしまう凪斗。

受付で青椒肉絲の素をもらう。自分の家の冷蔵庫の中を思い出す凪斗。あまり合う食材はない。

(晩飯…どうすっかな)

そう考えながら献血ルームを後にした。冷たい風が凪斗の頬を撫でる。

次の日の夕方。凪斗は居酒屋の洗い場にいた。週末の繁忙期ということもあり息つく暇もなくドンドン皿やグラスが運ばれてくる。日頃の愚痴や友人たちとの昔話で盛り上がるお客たち。他の従業員も想像以上の客入りに焦りが見える。揚げ物用の油やおでんの出汁の香りが交わりながら人の流れに乗って渦巻いている。小さな嵐のようだ。そんな中でも額にはちまきをした恰幅のいい店主の動きはその体つきからは想像できないほどに機敏だった。店員への指示も的確である。

「そっちは後回しでいい!まずこっち終わらせて欲しいわ!」

「はい!」

店員たちも指示通りに動く。その指示は凪斗へも

「あんちゃん、もうちょいスピード上げてくれ!」

「はい!すみません!」

催促を受けて更に慌ただしくなる洗い場、気づけばもうバイトの終了時間だ。

「あんちゃん、助かったわ!上がってくれ!」

店主が凪斗を労う。いつもより疲れた様子の凪斗は

「フゥーー」

と大きく息を整えるのだった。

着替えが終わり

「お先に失礼します。」

と挨拶をして店を後にしようとする。

(そろそろ近くのスーパーの弁当半額になってるよな。それにもやしも買い込んでおかねーと。)

そんなことを考えていると店主が何かを思い出したかのように凪斗に駆け寄ってきた。

「あんちゃん!賄い食ってけ!」

あまりの忙しさに今日のバイトの目当てを忘れていた。

「あっ、ありがとうございます!」

無料で夕食を済ませられる。そのことに安堵した凪斗。

(そうだ…無料の賄い!)

店主は空いている席を探して指を指す。二人用のテーブル席だ。

「あっちで座って待っててくれ。すぐに持ってくるわ!」

言われるがまま席に向かおうとしたその瞬間

「一人空いてますか〜?」

目の前に現れたのは莉波だった。献血ルームとは違い暗めのブラウンヘアーを下ろし、化粧もいつもよりやや派手。その上服装も薄いピンクを基調としたオシャレなものだ。いつもと雰囲気はまるで違う。それでも凪斗はすぐに莉波だと気がついた。

「えっ…」

凪斗の鼓動が一気に高まる。間髪入れずに莉波と目が合ったことで鼓動は更に勢いを増す。そんなこと少しも気に留めず莉波は凪斗に話しかけた。

「あっれ〜、めっちゃ偶然じゃん!バイト?」

「あっ…、その…なんで…」

慌てふためき何も言い出せない凪斗。そんなことを全く知らない店主は二人の会話に入っていく。

「なんだい、二人知り合いなのか!おねぇさん、あの席空いてるぜ!」

まさかの相席提案。焦りを隠せない凪斗

「はっ?ちょっと-」

何か言い出しそうになった瞬間

ガシッ

莉波が腕を掴んできた。口からはアルコールの匂い。相当飲んでいるようだが凪斗はそんなどころではない。顔が近い、アルコールとともに莉波のいい匂いがする、腕に伝わる柔らかな感触、冷静でいられない。混乱している凪斗をよそに莉波は話を進めていく。

「だってさ、私奢るからいいでしょー⁈ご一緒しよ!」

そう言いながら掴んで腕を引っ張っていく。こうなったら混乱している凪斗に勝ち目などない。

「ヘイ、お待ち!」

店主は手始めに莉波にお通しのポテサラを、凪斗に賄いのおでんと白米を持ってきた。洗い物で出されている時は気にする余裕もなかったが、このおでん相当なクオリティである。いい匂いが鼻腔を突き抜けていく。しかし今の凪斗は先ほど以上にそれどころではなかった。

「うっわ!めっちゃ美味しそうなおでんじゃん!後で注文しちゃお!」

目の前に莉波がいる。しかも明らかに酔っている。どうしていいか分からない。そんな状態で言葉に詰まる凪斗に対して莉波は次々と言葉を繰り出していく。

「ちょっと聞いて!今日さ!地元の友だちと会う予定だったのに飛行機のトラブルとかでドタキャンされたの!せっかく愚痴聞いてもらう予定だったのに!」

ただでさえ混乱しているのになんの脈絡もなくこんなことを言われてもどう返していいかわかったものではない。どうやら凪斗の想像以上に呑んでいるようだ。その後の話も混乱しながらもひたすら聞きに徹する凪斗。

「折角愚痴聞いてもらえると思って今日まで頑張ってきたのになんなのって思わない⁈」

「……」

「高校の時あんなに恋愛相談聞いてあげたのに酷いわホント!!昔の私の労力返せってんだよー!」

止まらず大声で愚痴を垂れ流す莉波に凪斗だけでなく周囲もざわつき始める。そんな様子を見かねて店主が水を持って駆け寄った。

「ハハハッ、随分参ってんな!」

店主が持ってきた水をチビチビ飲む莉波。ほんの少し落ち着いたようだ。

「ごめんなさい、うるさくしちゃって。でも吐き出さないとやってけないんですよ〜。」

店主は温かい笑みを浮かべがながら視線を莉波と凪斗に合わせる。

「ハッ、まあ、たまにはハメ外さないとやってけねぇわな。こういう時話を聞いてくれる人間が近くにいねえとな。」

そう言いながら凪斗をみる。その目は何かを訴えていた。あまり察しが良い方ではない凪斗もこの場合の最適解は浮かんだようだ。莉波に声をかける。近くに店主がいる心強さからかいつもよりハッキリした声が出た。

「俺でよかったら聞きますよ。普段お世話になってるお礼です。全部吐き出しちゃってください!」

「ホント⁈ありがと〜!」

その様子を見た店主は一安心と厨房に戻っていった。最後に凪斗に対して頑張れよ!という視線を向けて。

凪斗が話を聞き出す。

「何か、あったんですか?」

莉波は視線を下にやりながら水を両手で持ちながら話を始める。

「私、結婚迫られてるの…」

結婚、その言葉を聞いて凪斗は血の気が引いた。一瞬視野が狭くなるようなブラックアウトしたかのような感覚に襲われた。胸が痛いでもどうして良いか分からない。視線が下を向いている莉波はそれに気づかずに話を進める。

「その人はさ、高校の一つ上の先輩でね。高校の時から私のこと追い回してるの。その割には他の女の子と付き合ったりしてたんだけど…」

会話の流れから今付き合っていないことを察した凪斗は狭まった視野が少し広がるような感覚になった。それにより言葉を返す余裕ができた。

「断れないんですか?」

「そうしたいのは山々なんだけどね…その人の父親、私の両親の職場の取締役なのよ。ハッキリ断りにくくて…」

事態を少し把握することでさらに冷静さを取り戻す凪斗。質問を続ける。

「もしかして東京に来たのもその人から逃げるため…?」

そう聞くと莉波は目を見開いて凪斗を指差しながら頷いた。

「そう!その通り!!凄い!頭いいね!!」

「だったらなんでそんな酔うまで飲んでるんですか?…もしかしてこっちに来るとか?」

その言葉を聞いてから莉波はうなだれる。どうやら核心に触れたらしい。

「それがね〜今度出張で2ヶ月くらいこっち来るみたいなのよ〜!最悪!!絶対言い寄られる!」

困っている莉波の元に再び店主がやってくる。注文した料理を届けてきてくれたのだ。

「へい、お待ち!シーザーサラダと蒸し鶏だよ!」

話は聞こえてきたようで莉波に声をかける店主

「ねぇちゃん、まあまあ面倒なことになってんな。それでその愚痴をお友だちに聞いてもらうはずが頓挫したってことかい?」

店主にすがるように声を出す莉波

「そうなんですよ〜!その子の他にもう一人男友達もこの辺住んでるんですけどね。連絡したらなんかそいつ今ユーチューバーで47都道府県土日で制覇するとか言って今米子の方らしいんですよ!タイミング悪すぎあいつ!」

どうすればいいのかと思案する凪斗に対して店主は笑いながら対応する

「ブハッ、そりゃ参った話だな。彼氏はいないのかい?」

「いませんよ!いたら困ってないもん!マチアプ三つも登録してるのにいい人全然みつからないの〜!」

ニヤリと不敵な笑みを浮かべる店主。何か閃いたようだ。

「だったら見つけるしかねぇなぁ。彼氏か、彼氏のフリをしてくれる人間をな!」

その提案を聞いた莉波はすぐに返す。

「そんな人もいませんよ〜。さっき言った男友だちもその人の知り合いなんでフリしてもらってもすぐバレるのがオチです。

「何言ってるだいねぇちゃん。いるじゃねえか。その男が人となりを知らず尚且つ彼氏のフリをしてくれそうな男がよ!」

ガッ

店主が凪斗の頭に手をやった。凪斗は店主の言わんとせんことを理解して硬直する。莉波も目が点になる。

「えっ…?」

「えじゃねぇよ。この子だよ。このあんちゃんに頼めばいいのさ!」

凪斗は硬直したまま顔をどんどん赤くさせる。莉波はかなり焦っている。

「いやいやいや、流石にそれは…だって年下だし、学生さんだし…。」

「バカヤロー、尚のこといいじゃねぇか!相手は年上のボンボンなんだろこのあんちゃんは真逆だ。真逆の男の付き合ってる方が諦めがつくんじゃねえか⁈な!あんちゃんもいいだろそれで?」

硬直したままの凪斗がようやく口を開く。

「僕が彼氏…?」

店主はそんな凪斗の様子をみて色々と察する。凪斗と後ろを向いて莉波に聞こえないようにコソコソと話をする。

「おい!もしかしてあのねぇちゃんに惚れてんのか⁈」

「いや…あの…えっと…」

「なんだよそういうことなら先に言えよ!もうちょい賄いサービスしてやったのに。」

「いや、いつ言うタイミングあったんですか⁈」

「細かいことはいいんだよ。なら好都合じゃねぇか!ここでバシッと漢を見せてやれ!なんならここで告っちまうのもありだと思うぜ〜!」

「なっ…変なこと言わないで下さい!」

「なんだよつまんねぇなー。」

莉波はコソコソ話を待っていられず話かける。

「…あの〜、何喋ってるんですか?」

二人とも振り返る。店主はニヤニヤしており、凪斗は相変わらず顔が赤い。

「いやよ。もしそうした場合の作戦を考えてたんだよ!なっ、あんちゃん!」

「あっ…まぁ、はい!」

店主は莉波に質問する

「どうする?今目の前にいる引き受けてくれそうな男にするか、それともアプリでしか出会ったことのない、ましてやそんな役を引き受けてくれるかも分からない男にするか。」

莉波はしばらく沈黙する。顔はまだアルコールが入っている分赤いままだが頭は酔いがさめたようだ。どんな結論を出すのか凪斗はドキドキしながら、店主はニヤニヤしながら待っている。しばらくして莉波は恥ずかしさと申し訳なさが混ざったような目で凪斗をみて口を開いた。

「ホントにいいの?」

その返答に更にドキドキする凪斗。言葉がなかなか出てこない。みかねた店主が早くしろ!というように凪斗の靴を軽く踏む。そんな状況に耐えられなくなった凪斗がついに

「…よろしくお願いします。」

と返答。莉波の顔には安堵と少しの申し訳なさが溢れる。

「ごめんね…ありがとう」

店主は満足そうにその場をさる。

「よし!じゃあ後は若いもん同士でな!」

二人にはかなり気まずい雰囲気が漂う。そのままあまり話をせずに食事だけ済ませてこの日は終わった。凪斗は一滴も飲んでいないはずなのにこの後どう過ごしたのかを一切覚えていない。

次の日の朝大学の講義にギリギリ間に合う時間に起床した凪斗。どうやらかなり寝不足のようだ。ボサボサの髪のまま玄関で靴をはく。ふと携帯を見ると莉波からメッセージが届いていた。

「変なお願いをして本当にごめんなさい…嫌ならいつでもやめていいからね…」

莉波からメッセージが来ているなんて、夢のようだ。そう考えながらも返事は決まっていた。

「とんでもないです。一緒に乗りこえましょう!」

送信。この返しがいいのか悪いのか送ってから考えるが、もう後の祭り。そんなことをしているともう走らないと講義に間に合わない時間だ。凪斗は寒空の下駆け足で向かう。寝不足のはず、これからのことが不安なはずなのに体は暖かい。その熱が体を力強く前に進めるのだった。

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