第七章:やはり俺の青春舞台劇はまちがっている。完(1)
昔から、俺はこの世界からちょっとずれて生きてた気がしていた。
橘辰哉としても、一条京人としても。
「一条君はあまり他の子と遊ばないみたいですね……いじめられてるわけじゃないんですけど、もしかしたら一人遊びが好きなのかもしれません」
「そうですか……先生、ありがとうございます。家で話してみます」
「京人、学校のお友達は好きじゃないの?」
「一人で本を読むのが好き……」
「読書はいいことだけど、クラスのみんなとも仲良くしないとね?人との付き合い方を学ぶのは将来とっても大事なことよ。じゃないと、お母さんみたいなきれいな彼女ができないかもよ?」
「彼女……?」
「いつか好きな女の子に出会うのよ。子供にはまだ早かったかしら、ふふ」
「お母さん」
「なあに?」
「がんばってみる……」
この世界から浮きすぎないように。「普通」に近づけるように。
「ええ、じゃあ帰ろうか」
三者面談が終わり、夕暮れの中、母は幼い俺の手を握って家路についた。
あの時初めて気づいた──他人から見て、俺は『変な子』ってこと。
◇
「A組の女子、レベル高すぎだろ……なんで俺たちのクラスはブスばっかなんだよ」
「もし俺たちのクラスで彼女作るとしたら、誰選ぶ?」
「中野だな、オッパイでかいし」
「いやいや、橋本に決まってんだろ、あの締まった太もも、たまらねえ……」
「お前ら最低……でもまあ、俺も好きだけどな」
「一条は?」
「おい、聞いてんのか?」
「あ……ごめん、聞いてなかった……」
「気にすんな、あいついつもそうやってボーっとしてるから。それよりさ、聞いたか……」
「……」
中学生になり、他のみんなと同じように、俺は「友達」ができたようだった。
これで、少し「普通」に近づけただろうか?
でも、一人でいる時よりも、彼らのそばにいる時の方が、かえって孤独を感じた。
彼らと一緒にいると、息をするのも苦しくなるほどの不安と焦燥に満ちていた。
これが「普通」というものなのか?
ならば、いっそ孤独なままでいい。
あの時初めて気づいた──俺は「普通」にはなれないってこと。
◇
孤独にはだいぶ慣れてきたはずなのに、心のどこかでまだ誰かと繋がりたいと願っていた。
抑えきれない感情の行き場がなく、音楽の才能も絵のセンスもない俺は、ただひたすらに言葉にそれを託すしかなかった。
「この世界が嫌いだ。でもそんな自分がもっと嫌いだ」
「嫌な自分を変えたいのに、変える力がなかった」
「息をしているのに、生きている実感がない」
「俺の居場所なんてどこにもない」
「誰か、光の中に引っ張ってくれないか」
「もう一人ぼっちは嫌」
――しかしある日、俺は彼女に出会った。
「『星の影』、読んでるの?」
全く知らない、クラスメイトというだけの関係――その彼女が、突然話しかけてきたんだ。
「え?あ、ああ……むしろ今読んでるところで……」
「好きなキャラは誰?」
「石屋遊……」
「石屋遊也!私も!過去と向き合って、勇気を出して一歩踏み出すところ、めっちゃ泣ける……あ……」
自分が興奮しすぎたことに気づき、咳払いをして落ち着きを取り戻す。
「作者の他の小説も面白いよ……読んだ?」
「まだ……」
変わりたい。誰かと繋がりたい。
「じゃあ……貸そうか?」
「……!ま、まあ、貸してくれるなら読んでもいいけど……」
「……!明日持ってくる……」
あの時初めて気づいた──「普通」になれなくても、一人じゃなくていいってこと。
◇
俺たちは友達になった。
どんな話題でも、彼女と一緒なら何でも話せる。
無理に自分を偽る必要も、息苦しさを感じることもない。これが本当の友達というものなのだろう。
それでも、俺たちの間には決定的な違いがあった。
「食堂に行こう……」
「ごめん!今日は部活の友達と約束があって……」
「この前に話してた映画……」
「ごめん、最近試合が近くて部活が忙しくて……映画、多分行けなくなっちゃった……」
彼女バレー部のエースで、クラスでも人気のグループに属していた。学校の最底辺にいる俺とは正反対の存在。
彼女には悪気はないのをわかっていた。それでも「ごめん」と小声で言われる度に、俺たちの距離を思い知らされ、胸が苦しくなった。
惨めな劣等感が心の中でじわりと広がっていく。しかし鋭い彼女はいつも俺の本心を見抜いた。
「ねえ、俺みたいな人間と付き合って、本当に大丈夫?」
「なんで『俺みたいな人間』って言うの?私は、自分で関わりたい人を選んだの。周りがどう思おうと関係ないよ。大事なのは、あなたと私がどう思っているかだけ。あなたは私の、大……大事な友達なんだから……」
耳元の髪をいじりながら、頬を赤らめて顔を背ける。
──ああ、彼女は本当に眩しい。
こんな俺でも、彼女のそばにいていいのだろうか?
彼女と並べるような人間になりたい。
◇
「ねえ、これ見てほしい……」
「なになに?『僕の冴えないラブコメ』?これあなたが書いた小説?すごい」
「普段から思ったことを書き留めてて……じゃあまとめて小説にしてみようかなって……」
「作家になりたいの?」
「まだわからない……でも書き始めれば、前に進める気がするんだ……」
照れくさそうに頭を掻く。ファミレスの明かりの下、彼女はアイスティーを啜りながら原稿をめくる。期待と不安を胸に、俺は息を殺して彼女の反応を待った。
「一条くん」
「もう読んだ?」
彼女はまっすぐに俺の目を見つめ、深く息を吸った。
「読んだよ。なんていうか……まず文章の練度はまだまだって自分でもわかってると思うし、構成も甘いところが……」
「……」
当然だ。初めて書いた小説を人に見せるなんて、こんな評価が来るのは覚悟の上だった。
「でもでも!ストーリーはいいと思うよ……ちょっと王道だけど、そこがいいんだよね。応援してるから、絶対諦めないで……」
「……!俺、頑張るよ……」
「次、書いたら……また見せてね……」
「うん、約束する」
「失敗は青春の証」なんて言葉があるじゃないか。今の俺はまさに青春の真っ最中だ。一度や二度の挫折でくじけてたまるか。
そんなダメな俺でも、彼女は応援してくれるんだ。信じてくれた。自分のためにも、彼女のためにも、もっと頑張らなければ。
俺はひたすらに本を読み、文章を磨き、原稿を書き直した。学校に行き、帰り、書き、の繰り返し。
きっと、全ては意味があったんだと信じてる。
「まあまあ面白いんじゃない?前よりずっとよくなったよ」
「ふぅ……よかった……実は最近投稿サイトに載せてみたら、けっこう読まれてて……編集者を名乗る人から連絡もらって、シリーズ化の話も……」
彼女に認めてもらえただけで、全ての努力が報われた気がした。
「それってすごいじゃない。でもね、まだ直すところはいっぱいあるよ。例えばここやここ……」
「わかってるよ。また次も見せるから」
「あ……私また試合が近くて、今回は地区準決勝だから今までより練習ハードで……」
「大丈夫、急がないから。試合、頑張って」
最初は俺のあっけらかんとした返事に驚いたようだったが、すぐに笑みを浮かべて言った。
「言われなくても頑張るわよ」
少しは、彼女に近づけただろうか?
◇
「……というわけで、文化祭の出し物は演劇に決まりました」
「え~めんどくさ~い」
「そこの、文句はなし。じゃあ、次は脚本を決めましょう……」
この時、立ち上がって脚本の担当を名乗り出れば、彼女に少しでも近づけるだろうか? 彼女にふさわしい人間になれるだろうか?
「あ、あの、先生……!」
胸の奥で鼓動が乱れる。多分、クラスの前で自分から発言するのは初めてだ。一斉に集まる視線に、足が震えて止まらない。
「演劇の脚本、俺がやりたいです。オリジナル脚本を書きたいんです」
言ってしまった。
「え?オリジナル脚本?大変だよ?」
「だ、大丈夫です」
「えーっと……他に脚本やりたい人?じゃあ、一条君が担当で」
教室からは散発的な拍手が起こり、大多数は全く興味なさそうだった。でも反対されなかっただけでも感謝すべきか。脚本を書き上げたら、きっとみんな見直してくれるはずだ。
その後、俺は一週間半をかけて脚本を書き上げた。脚本と小説は想像以上に違っていて、思ったより時間がかかってしまった。でも時間のかかった分だけ、この脚本は俺の自信作だ。
「何このクソ脚本?」
……え?
「ここ、あの有名小説のパクリじゃん」
いや……それはちょっとしたオマージュで……
「うわ、台詞キモい。絶対やりたくない」
キャラクターの成長を描くための伏線で……
「ストーリーもキャラも台詞も全部おかしい」
「文化祭まで時間あるから、今のうちに変えよう」
「自信満々で名乗り出た割にこれ?」
「あいつ普段から変だし」
「なんであんな陰キャに書かせたんだ?最初から失敗するの分かってたのに」
一言一言が胸に刺さる。
やめて……
「こいつなんもわかってないだろ?」
……俺が何もわかってないのか?
そうだ……! 君ならきっと味方してくれるよね?あの日、俺が一人じゃないと教えてくれたように、君ならきっと救ってくれるよね?
「ねえ、俺って変?変なのは、俺?」
クラス中が注目する中、俺は彼女を見つめて問いかけた。
「わ、わからない……」
「嘘だろ……」
彼女は視線を逸らし、冷たく俯いた。
「そういえばOO、あいつと仲良かったよね?今めっちゃ可哀想だから慰めてきてよ、超うけるんだけど」
「別に……私たち、そんなに親しいわけじゃない……」
「!!!」
彼女の言葉が、最後の一押しになった。その瞬間、俺の中で何かが壊れた。
他の人がどう思おうと構わない。だけど、君だけは……君だけには……
味方でいてくれると思ってた。
「やっぱり、俺は変なんだ」
いつの日か君と並べるようになれるなんて、ただ愚かな幻想だった。
あの日だって、君はただの気まぐれで話しかけてきたんだろう?元々俺たちは違う世界の人間で、交わるはずもなかった。出会った瞬間から、結末は決まっていた。こんな終わりを迎えるのも、時間の問題だった。
最初から、俺の一方的な思い込みだったんだ。
でも、もうどうだっていい。
だって、俺はまた一人ぼっちに戻っただけだから。
「失敗は青春の証」
そんなクソみたいな言葉、もう聞き飽きた。
◇




