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第七章:やはり俺の青春舞台劇はまちがっている。完(1)

昔から、俺はこの世界からちょっとずれて生きてた気がしていた。


橘辰哉(たちばな たつや)としても、一条京人(いちじょ きょうと)としても。


一条(いちじょ)君はあまり他の子と遊ばないみたいですね……いじめられてるわけじゃないんですけど、もしかしたら一人遊びが好きなのかもしれません」


「そうですか……先生、ありがとうございます。家で話してみます」



京人(きょうと)、学校のお友達は好きじゃないの?」


「一人で本を読むのが好き……」


「読書はいいことだけど、クラスのみんなとも仲良くしないとね?人との付き合い方を学ぶのは将来とっても大事なことよ。じゃないと、お母さんみたいなきれいな彼女ができないかもよ?」


「彼女……?」


「いつか好きな女の子に出会うのよ。子供にはまだ早かったかしら、ふふ」


「お母さん」


「なあに?」


「がんばってみる……」



この世界から浮きすぎないように。「普通」に近づけるように。



「ええ、じゃあ帰ろうか」



三者面談が終わり、夕暮れの中、母は幼い俺の手を握って家路についた。


あの時初めて気づいた──他人から見て、俺は『変な子』ってこと。





「A組の女子、レベル高すぎだろ……なんで俺たちのクラスはブスばっかなんだよ」


「もし俺たちのクラスで彼女作るとしたら、誰選ぶ?」


中野(なかの)だな、オッパイでかいし」


「いやいや、橋本(はしもと)に決まってんだろ、あの締まった太もも、たまらねえ……」


「お前ら最低……でもまあ、俺も好きだけどな」


一条(いちじょ)は?」


「おい、聞いてんのか?」


「あ……ごめん、聞いてなかった……」


「気にすんな、あいついつもそうやってボーっとしてるから。それよりさ、聞いたか……」


「……」


中学生になり、他のみんなと同じように、俺は「友達」ができたようだった。


これで、少し「普通」に近づけただろうか?


でも、一人でいる時よりも、彼らのそばにいる時の方が、かえって孤独を感じた。


彼らと一緒にいると、息をするのも苦しくなるほどの不安と焦燥に満ちていた。


これが「普通」というものなのか?


ならば、いっそ孤独なままでいい。


あの時初めて気づいた──俺は「普通」にはなれないってこと。





孤独にはだいぶ慣れてきたはずなのに、心のどこかでまだ誰かと繋がりたいと願っていた。


抑えきれない感情の行き場がなく、音楽の才能も絵のセンスもない俺は、ただひたすらに言葉にそれを託すしかなかった。


「この世界が嫌いだ。でもそんな自分がもっと嫌いだ」

「嫌な自分を変えたいのに、変える力がなかった」

「息をしているのに、生きている実感がない」

「俺の居場所なんてどこにもない」

「誰か、光の中に引っ張ってくれないか」


「もう一人ぼっちは嫌」


――しかしある日、俺は彼女に出会った。


「『星の影』、読んでるの?」


全く知らない、クラスメイトというだけの関係――その彼女が、突然話しかけてきたんだ。


「え?あ、ああ……むしろ今読んでるところで……」


「好きなキャラは誰?」


石屋遊(いしやゆう)……」


石屋遊也(いしやゆうや)!私も!過去と向き合って、勇気を出して一歩踏み出すところ、めっちゃ泣ける……あ……」


自分が興奮しすぎたことに気づき、咳払いをして落ち着きを取り戻す。


「作者の他の小説も面白いよ……読んだ?」


「まだ……」


変わりたい。誰かと繋がりたい。


「じゃあ……貸そうか?」


「……!ま、まあ、貸してくれるなら読んでもいいけど……」


「……!明日持ってくる……」



あの時初めて気づいた──「普通」になれなくても、一人じゃなくていいってこと。





俺たちは友達になった。


どんな話題でも、彼女と一緒なら何でも話せる。


無理に自分を偽る必要も、息苦しさを感じることもない。これが本当の友達というものなのだろう。


それでも、俺たちの間には決定的な違いがあった。


「食堂に行こう……」


「ごめん!今日は部活の友達と約束があって……」


「この前に話してた映画……」


「ごめん、最近試合が近くて部活が忙しくて……映画、多分行けなくなっちゃった……」


彼女バレー部のエースで、クラスでも人気のグループに属していた。学校の最底辺にいる俺とは正反対の存在。


彼女には悪気はないのをわかっていた。それでも「ごめん」と小声で言われる度に、俺たちの距離を思い知らされ、胸が苦しくなった。


惨めな劣等感が心の中でじわりと広がっていく。しかし鋭い彼女はいつも俺の本心を見抜いた。


「ねえ、俺みたいな人間と付き合って、本当に大丈夫?」


「なんで『俺みたいな人間』って言うの?私は、自分で関わりたい人を選んだの。周りがどう思おうと関係ないよ。大事なのは、あなたと私がどう思っているかだけ。あなたは私の、大……大事な友達なんだから……」


耳元の髪をいじりながら、頬を赤らめて顔を背ける。


──ああ、彼女は本当に眩しい。


こんな俺でも、彼女のそばにいていいのだろうか?


彼女と並べるような人間になりたい。





「ねえ、これ見てほしい……」


「なになに?『僕の冴えないラブコメ』?これあなたが書いた小説?すごい」


「普段から思ったことを書き留めてて……じゃあまとめて小説にしてみようかなって……」


「作家になりたいの?」


「まだわからない……でも書き始めれば、前に進める気がするんだ……」


照れくさそうに頭を掻く。ファミレスの明かりの下、彼女はアイスティーを啜りながら原稿をめくる。期待と不安を胸に、俺は息を殺して彼女の反応を待った。


一条(いちじょ)くん」


「もう読んだ?」


彼女はまっすぐに俺の目を見つめ、深く息を吸った。


「読んだよ。なんていうか……まず文章の練度はまだまだって自分でもわかってると思うし、構成も甘いところが……」


「……」


当然だ。初めて書いた小説を人に見せるなんて、こんな評価が来るのは覚悟の上だった。


「でもでも!ストーリーはいいと思うよ……ちょっと王道だけど、そこがいいんだよね。応援してるから、絶対諦めないで……」


「……!俺、頑張るよ……」


「次、書いたら……また見せてね……」


「うん、約束する」


「失敗は青春の証」なんて言葉があるじゃないか。今の俺はまさに青春の真っ最中だ。一度や二度の挫折でくじけてたまるか。


そんなダメな俺でも、彼女は応援してくれるんだ。信じてくれた。自分のためにも、彼女のためにも、もっと頑張らなければ。


俺はひたすらに本を読み、文章を磨き、原稿を書き直した。学校に行き、帰り、書き、の繰り返し。


きっと、全ては意味があったんだと信じてる。



「まあまあ面白いんじゃない?前よりずっとよくなったよ」


「ふぅ……よかった……実は最近投稿サイトに載せてみたら、けっこう読まれてて……編集者を名乗る人から連絡もらって、シリーズ化の話も……」


彼女に認めてもらえただけで、全ての努力が報われた気がした。


「それってすごいじゃない。でもね、まだ直すところはいっぱいあるよ。例えばここやここ……」


「わかってるよ。また次も見せるから」


「あ……私また試合が近くて、今回は地区準決勝だから今までより練習ハードで……」


「大丈夫、急がないから。試合、頑張って」


最初は俺のあっけらかんとした返事に驚いたようだったが、すぐに笑みを浮かべて言った。


「言われなくても頑張るわよ」


少しは、彼女に近づけただろうか?





「……というわけで、文化祭の出し物は演劇に決まりました」


「え~めんどくさ~い」


「そこの、文句はなし。じゃあ、次は脚本を決めましょう……」


この時、立ち上がって脚本の担当を名乗り出れば、彼女に少しでも近づけるだろうか? 彼女にふさわしい人間になれるだろうか?


「あ、あの、先生……!」


胸の奥で鼓動が乱れる。多分、クラスの前で自分から発言するのは初めてだ。一斉に集まる視線に、足が震えて止まらない。


「演劇の脚本、俺がやりたいです。オリジナル脚本を書きたいんです」


言ってしまった。


「え?オリジナル脚本?大変だよ?」


「だ、大丈夫です」


「えーっと……他に脚本やりたい人?じゃあ、一条君が担当で」


教室からは散発的な拍手が起こり、大多数は全く興味なさそうだった。でも反対されなかっただけでも感謝すべきか。脚本を書き上げたら、きっとみんな見直してくれるはずだ。


その後、俺は一週間半をかけて脚本を書き上げた。脚本と小説は想像以上に違っていて、思ったより時間がかかってしまった。でも時間のかかった分だけ、この脚本は俺の自信作だ。


「何このクソ脚本?」


……え?


「ここ、あの有名小説のパクリじゃん」


いや……それはちょっとしたオマージュで……


「うわ、台詞キモい。絶対やりたくない」


キャラクターの成長を描くための伏線で……


「ストーリーもキャラも台詞も全部おかしい」


「文化祭まで時間あるから、今のうちに変えよう」


「自信満々で名乗り出た割にこれ?」


「あいつ普段から変だし」


「なんであんな陰キャに書かせたんだ?最初から失敗するの分かってたのに」


一言一言が胸に刺さる。


やめて……


「こいつなんもわかってないだろ?」


……俺が何もわかってないのか?


そうだ……! 君ならきっと味方してくれるよね?あの日、俺が一人じゃないと教えてくれたように、君ならきっと救ってくれるよね?


「ねえ、俺って変?変なのは、俺?」


クラス中が注目する中、俺は彼女を見つめて問いかけた。


「わ、わからない……」


「嘘だろ……」


彼女は視線を逸らし、冷たく俯いた。


「そういえばOO、あいつと仲良かったよね?今めっちゃ可哀想だから慰めてきてよ、超うけるんだけど」


「別に……私たち、そんなに親しいわけじゃない……」


「!!!」


彼女の言葉が、最後の一押しになった。その瞬間、俺の中で何かが壊れた。


他の人がどう思おうと構わない。だけど、君だけは……君だけには……


味方でいてくれると思ってた。


「やっぱり、俺は変なんだ」


いつの日か君と並べるようになれるなんて、ただ愚かな幻想だった。


あの日だって、君はただの気まぐれで話しかけてきたんだろう?元々俺たちは違う世界の人間で、交わるはずもなかった。出会った瞬間から、結末は決まっていた。こんな終わりを迎えるのも、時間の問題だった。


最初から、俺の一方的な思い込みだったんだ。


でも、もうどうだっていい。


だって、俺はまた一人ぼっちに戻っただけだから。


「失敗は青春の証」


そんなクソみたいな言葉、もう聞き飽きた。



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