第六章:やはり俺の青春舞台劇はまちがっている。続(2)
「脚本、できた。これはコピーで、クラウドのリンクも送っておいたんだけど、届いてる?」
「あれ?もうできたの!?」
翌朝、授業が始まる前の教室、人がまだ少ないタイミングを狙って奈月に脚本を手渡した。彼女は目を見開き、驚きの表情で受け取り、指先を滑らせてページをめくりながら確認しはじめた。
昨日の夕方、家に帰ってから徹夜で脚本を書き上げた。スポーツ漫画でよくある「ゾーン」みたいな状態に入って、気づいたら外はもう明るくなっていた。神爪を飲みながら、ゆっくりと昇る朝日を眺めて、夜明けを迎えたんだ。
まあ、重度の先延ばし魔の俺にしては、自分でも驚くほどの効率だった。
「本当に書き上がったんだ……すごい……」
奈月が感嘆しながらページをめくる。
「ま、まあまあかな……昨夜、偶然ひらめいちゃって、勢いで一気に書いただけだし。」
俺は「へへ……」なんてキモい笑いを抑えつつ、あくまでもクールに返す。もし本気で「ちょっとキモいよ、橘くん」なんて言われたら、多分一生トラウマになるに違いない。
奈月は真剣に読み始め、邪魔するのも悪いので、俺はただ黙って隣に座り、彼女の表情が脚本の展開に合わせてどう変わるかを観察していた。しばらくして、奈月は脚本を閉じ、満足そうな顔で口を開いた。
「ざっと読んだだけだけど、すごくいいと思うよ!むしろ想像以上!本当に脚本書いたことあるの?」
「暇つぶしにちょっとした文章書く程度だよ……」
頬を掻きながら、どうしようもなく口角が上がってしまう。これ以上褒められたら宇宙まで浮かび上がりそうだ。
「あとで先輩たちにも見せるね。問題なかったら正式採用になるよ。」
「そっか……」
そうだよな、奈月が今回のリーダーとはいえ、他の部員たちの承認も必要だ。
「緊張してる?大丈夫、この脚本なら絶対合格するから。良い報告待っててね」
奈月は確信に満ちた声でそう言い、片目をつぶって「心配ないよ」とでも言いたげな表情を浮かべた。
「じゃあ……よろしく頼む。」
その日の放課後、奈月からメッセージが届いた。彼女の言った通り、俺の脚本は採用され、今年の「新人の旅」公演の正式な脚本として決定したらしい。
すぐにスマホが再び通知音を鳴らし、「新人の旅2025~イェーイ^-^」というグループに追加されたと表示された。グループ名からして既に陽キャ臭がプンプンする。
『はーい!今年の演劇部グループ作ったよ~!まだ追加されてない人がいたら教えてね~』
『あとあと!朗報!なんと!今回の脚本もう完成しちゃいました!(拍手スタンプ)マジでプロ級の超すごい脚本!今回の脚本家@橘辰哉、神!』
『脚本も決まったことだし、みんなで準備進めていこー!明日の放課後、役者組と演出組のイケメン美女たちは401教室に集合、道具・背景組は……』
早河先輩が立て続けにメッセージを送り、同時に脚本もグループにアップロードされた。俺の脚本を天にも昇るほど褒ち上げられて、ちょっと恥ずかしいくらいだ。
「あなたが脚本家なの?なんで教えてくれなかったの?」
「聞かれなかったから」
電車の中で、真紀乃もグループに追加された通知を見て、スマホから顔を上げて疑いの目を向けてきた。
相変わらず、俺たちの間には一席分の隙間がある。
「脚本、ホントにあんたが書いたの?冬美の代筆とかじゃないよね?」
「少しは俺を信じてくれてもいいだろ……一字一句全部自分で書いた」
「本当に?」
「本当に」
真剣に答えた俺に、真紀乃はまだ疑いの目を向けてくる。
「嘘でしょ?アニメオタクかと思ったら脚本家って……ギャップありすぎなんだけど。次、生徒会長に立候補するとか言われても驚かないわよ」
「お前のキューピットで手一杯なのに、生徒会長なんてやってる暇あるかよ。この脚本だって、お前のために考え抜いて書いたんだぞ」
「ふーん……じゃあ見せてもらおうかしら」
彼女は俺のスマホで脚本を開き、読み始める。
……改めて気づくけど、真紀乃は喋らなければただの美少女だ。横顔から見ると、長いまつ毛がふわりと目元を縁取り、透き通るような肌に少しの乱れもない。リップなんて塗ってないのに、唇はふっくらと潤っている。
整った横顔を眺めていると、見られすぎたことに気づいたのか、真紀乃がこっちを向いた。
「……なに見てんの?目、潰すわよ。」
……喋らなきゃ、とっくに優木を落としてたんじゃないか?
「別に見てない。ただ感想が気になっただけだし。」
「ふん、まだ読んでるから少し待ってて」
真紀乃は顔をそむけ、再びぐいぐい読み込んでいく。
しばらくして、眉をひそめ、冷たい声で言い放った。
「ねえ、この脚本があたしのためって、もしかしてこの『高飛車でわがままなヒロイン』のことじゃないわよね?」
「その通り!演技経験ゼロのお前でも自然に演じられるように、等身大で……いててて!!」
言い終わる前に、真紀乃が無言で頬をつねってきた。
「痛い痛い!悪かった悪かった、もう離してくれ!」
しばらく謝罪した後、彼女はようやくつねるのをやめ、腕を組んでむくれた。
「ふん、どうせあたしはわがままで拗ねっぱなしの面倒な女なのよ。それに、あたしはヒロインの代役だけでしょ?たとえいい演技しても、本番で出られるかどうかもわからないから」
「そんなに落ち込むなよ。代役とはいえ、立派なヒロインだ。つまり、優木と舞台で共演する可能性もあるんだよ。チャンスを掴まないと。」
「そう言われても……」
珍しく弱気な言葉を吐く真紀乃。
「結局お前がヒロインを務めることになる」とネタバレしたい気持ちをぐっとこらえ、とりあえず慰めることにした。
「大丈夫さ。今できることを精一杯やってりゃ、絶対うまくいくよ」
「……」
「それに、俺がいるだろ?言ったはずだ。ちゃんと支えるって。」
俺は左拳を差し出し、真紀乃と「拳タッチ」。彼女は一瞬うろたえながらも、頬を赤く染めつつ拳を合わせた。
「……!本当に恥ずかしいこと平気でするのね、このキモオタ。」
「うっせ」
「足引っ張らないでよね」
「お前こそ、優木との稽古で緊張しすぎてセリフ噛むなよ?」
「うるさい、バーカ〜〜」
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