第六章:やはり俺の青春舞台劇はまちがっている。続(1)
放課後、奈月、優木、真紀乃と俺は四階の部室棟にある演劇部へ向かった。
「ねえ、なんで橘さんがここにいるの?彼も演劇部の部員なのか?」
優木のささやきに、真紀乃は背筋がゾクッと震わせた。
おい、全部聞こえてるぞ。
「わ、わかんないわよ!知りたきゃ本人に聞けば?」
「だから聞くのが怖いから君に聞いてるって……冬美はなにか知ってる?」
「まあまあ、細かいことは気にしないで。みんなクラスメイトだし、仲良くしよー?」
奈月が笑顔で言いながら、部室の引き戸を静かに開けた。
「先輩方、お疲れさまです。新メンバー連れて来ました。」
「おお、奈月か、いいタイミングだ。今、新入部員向けの説明会やろうとしてたところだった。君たち、ここを自分の家だと思って、好きな席に座ってくれ」
演劇部は文化系クラブの中でも人数が多く、この部室だけでも40人以上が集まっていた。その中で新入の顔ぶれも少なくとも20名はいた。
俺は真紀乃の隣席を取り、。優木は「なぜお前が隣に座るんだ?」という表情を浮かべたが、一人で隅っこに座って「一人で説明会に来た寂しい奴」と思われるのも恥ずかしいだろう。
普段なら「あっち行け」と言う真紀乃も今回は何も言わない。さすがは「こっち側」をわかっている真紀乃だ。
俺たちは最後のグループのようで、座ると先に奈月を呼んだ先輩が投影幕のそばまで移動し、咳払いして口を開いた。
「ハローハロー……後ろの席の君たち、聞こえてる?まあ、マイクなくてもいけるか」
彼はマイクを下に置き、大声で続けた。
「えーと、まずは入部ありがとう。私は部長の早河光瑠。よろしくお願いします。」
先輩が一礼すると、教室に拍手が沸き起こった。彼は軽く手をあげて返し、話を続けた。
「突然ですが、うちの部、今年の新入部員枠、実はあと1名だけで……悪いね皆……今から新入生は――デスゲームに参加してもらいます!」
話の途中で、早河先輩は隣にいた女子部員に手刀で後頭部を叩かれた。
「そんなことはありません。真面目に説明してください」
「ははっ、そりゃ冗談だけど。で──隣にいる美人だけど超まじめな子が副部長の水瀬希空だ!」
「よろしくお願いします」
「ねぇ副部長、君の台本は『3年生のマドンナ・希空ちゃんです☆』て設定だったはずだぞ?」
「いいえ、私の台本には『学園の女神』と書いてありました」
「まさかの超高校級の女神?!?」」
この小劇場に教室は笑いで一気に温まった。さすがは演劇部、集まるのは皆スポットライトを浴びて当然のリア充ばかりだ。こんな連中と同じ部屋にいるだけで、陰キャの俺は彼らの高揚感に押しつぶされそうになる。真紀乃のためじゃなきゃ、こんなリア充クラブには入るわけない。
「さて本題に戻ろう。演劇部には役者組、小道具・舞台装置組、衣装組、そして演出組の4組だ。2週間後、俺たちは体育館今年の『新人の旅』を開催し、新入部員の皆には舞台の楽しさを体験してほしい」
「『新人の旅』は、その名の通り新入部員が中心で作る作品です。役者から脚本まで、すべてを新入部員に任せます。我々先輩はサポート役に回ります。ただし次期部長の奈月さんが今回の公演のリーダー兼ヒロインとして君たちをサポートしてくれる」
早河先輩の説明が終わると、水瀬先輩が補足。そして奈月も壇上へ。
「私は今回の新人の旅で演出とヒロインを務める奈月です。入部したばかりで公演の準備をするのは不安かもしれませんが、みんなで協力すればきっとうまくいきます!後悔のない公演にしましょう!」
「というわけで、男子の皆さんはぜひ主役の座を勝ち取ってくださいね」
奈月の一声で大歓声と拍手が起こり、教室の熱気は一気に上昇した。
皆がこの高揚感に浸る中、「入部したばかりなのに公演?」と疑問を抱いているのは俺と真紀乃だけのようだった。
原作の流れでは、優木と真紀乃の初共演の準備やリハーサルに特に問題はなかったが、実際に素人集団に任せるのは難易度が高すぎないか?
まあ、深く考えないでおこう。自分の小説に論理的な矛盾がもっとあることに気づいたら、それこそ鬱になる。
奈月が壇上で自分がヒロインだと宣言すると、男子は一斉に「俺が主役!」と手を挙げて叫んでいた。早河先輩はそれを制しようとしたが、騒ぎに声が完全にかき消され、仕方なくマイクを取り上げた。
「みんな興奮はわかるが、少し落ち着け」
一喝されて、男子たちはようやく静かになった。すると水瀬先輩がくじ引き箱を取り出した。
「こうなると思ってたので、新人の旅の役割はくじで決めます。まずはいろんなポジションを体験して、自分に合う役割を見つけてください」
「それでは説明会はここまで。くじを引く人から前へ集まってどうぞ」
新入部員たちは一人ずつくじを引いていった。前列の反応を見る限り、まだ主人公の座は決まっていないようで、後列の男子たちは手を合わせて祈りながら待っていた。
しかし言うまでもなく——主人公になれるのは、あの男だけだ。
「あ、僕主人公当たった」
それを言ったのは、もちろん俺たちの小説主人公、優木だった。
「くそ、奈月さんと熱く演技できるかと思ったのに」
「なんでいつも優木ばっかりなんだよ……」
落選した男子たちは優木に嫉妬の眼差しを向けた。現実を受け入れろよ、エキストラ君たち。セリフがあるだけでもありがたいと思え。分をわきまえろ。
「優司くんが主役でよかった!頼りにしてるね、優司くん」
奈月が両手を合わせて目を輝かせ、優木は優しく笑って答えた。
「僕のほうこそ、経験ないですけどよろしくお願いします」
「「「「ちぇっ」」」」
二人の周りには独特の空気が流れ、周囲の刺すような視線を気にすることなく、まるでそこに二人だけかのように会話を続けた。
「別にそんなに嬉しそうに笑わなくても……」
真紀乃も少し拗ねたような表情で呟き、ふんっと鼻を鳴らした。
「ここで拗ねてないで、早くくじ引きに行けよ」
「うるさいわね!拗ねてなんかないわよ!」
不満げな返しをしながら、真紀乃は壇でくじを引くため歩き出していった。
そして戻って来た彼女に、俺は何も聞かずすぐに席を立った。だって結果は知ってる。真紀乃はヒロイン代役に決まってるんだから。
ネタバレ注意だが、原作では奈月が公演前に怪我をして、代役の真紀乃がヒロインを務めることになる。これがきっかけで真紀乃と優木の共演が実現し、二人の関係が深まって第2巻のクライマックスを飾るのだ。
だが、この不良が何を引き当てるかは全く予想がつかない。そそもそも小説の中では、俺の出番なんてとっくに終わっているんだから。
よく見ると、気づけば私だけがくじを引いていなかった。他の部員たちは結果を記録すると、次々と部室を後にしていた。
俺はくじ箱の底から最後の一枚を引き抜き、そこに書かれた文字を目にした。
「演出組——脚本」
……俺、マジで?脚本担当?
舞台セットの組み立てや端役の通行人Aくらいしかやらせてもらえないだろうと思ってたのに、まさかの脚本担当が当たるなんて……主演級のレア度だろこれ。絶対ラファエルの仕業に決まってる。
「おお、君が脚本担当か? 経験ある?今までどんな脚本書いてきたの?よければ過去の作品も見せてくれる?」
「えっと……書いたことあると言えば……あるかな……」
「頑張れよ、脚本家は物語創作の核だ。君が書く脚本が舞台の構成や流れ、ていうか舞台の出来を決めちゃうんだよ?さらに言えば、舞台の質の半分は脚本で決まるんだ。それに役者を導き、キャラクターを理解させ、君が創造した役を演じさせるのも脚本家の仕事だ……」
「はぁ……」
早河先輩の熱弁に聞き入る俺。責任重大だってのは分かる。だったら、いきなり新入部員にやらせんなよ。
「早河先輩、彼を脅さないでくださいよ。大丈夫だよ、橘くん。今回は30分の短編だし、きっと書け……書けるよね?」
奈月がフォローしようとしたが、途中で俺の顔——正確には髪の毛を見て言葉を濁した。気のせいだといいけど。
「今何かすごく失礼なことでも考えてた?」
「そ、そんなことないよ……とにかく、もし脚本書いてて困ったらいつでも相談してね。もし本当に書けなかったとしても、私が何とかするから、心配しないで」
「……」
脚本か。最後に書いたのは前世の高校時代だったなまだ駆け出し作家だったあの頃、書いたものはひどい出来で、それで……やめよう、また嫌な記憶が蘇る。
「それとも……書きたくない……?」
奈月の心配そうな視線が俺に向けられる。彼女の一言が記憶の泥沼から引き上げてくれた。
「いや、問題ない。書けるよ」
今の俺は天界にもファンがいる人気作家だ。きっとやれる。
「うんうん、そう来なくちゃ。女の子の前ではやっぱカッコよく見せないとね?えっと……橘くんだっけ?楽しみにしてるよ!」
「はは……頑張ります」
早河先輩が肩をポンと叩き、軽く笑いかけてくれる。そのリア充感にどう返していいか迷って、俺はとりあえず苦笑いで応じた。
「あの……橘くん……」
「ん?どうした?」
「私たち同じクラスでしょ?でも連絡先まだ交換してないよね……」
クラスで真紀乃としか連絡先交換してない——そそんなこと口が裂けても言えない。
奈月は少し恥ずかしそうに咳払いしてから続けた。
「だから……Line教えてってもいい?」
「え?あ、もちろん……」
彼女のスマホにIDを打ち込み、ついでに電話番号も登録する。
「入部初日でわが演劇部の期待の星を落とすとはな! やるな橘くん!」
「せ、先輩! からかわないでください……」
早河先輩がゲラゲラ笑い、奈月は珍しく頬を染める。この展開……まさか「からかい上手の早河先輩」的なラブコメじゃないか!
さっき奈月がモジモジしてたのは、早河先輩に他の男子と連絡先交換するのを見られたくなかったからか。このフラグ、いつの間に……?
でもこれなら、奈月と早河先輩をくっつけるのに使えそうだ。真紀乃のライバルをひとり減らせるかもな。
ここにいても邪魔なだけだから、そろそろ撤退だ。
「じゃ、脚本の初稿はできるだけ早く仕上げるので、できたら見てください。今日はこれで」
「ん?うん、わかった。何かあったらいつでも相談してね。じゃ、また明日、橘くん」
「ああ、またな」
期待してるぞ橘くん!——教室を出る際、早河先輩が手を振って叫んだ。
「冬美と楽しそうに話が出きって良かったわね?」
「わっ!? まだいたのか? 優木は?」
教室を出た途端、壁にもたれかかる真紀乃の紫髪が夕日に照らされていた。
「出てすぐ桐山にどこかへ連れ去られたわ。それより、男子ってやっぱり奈月さんみたいな子が好きなのよね? 金髪ヤンキーキモオタクくん」
呼び方また変えてるし……毎回新しいあだ名で俺をディスるのやめてくれる?
「別に長々話したわけじゃないし、それに髪の色いじるのやめろ。そっちは何色だよ?」
「紫よ?何か問題でも?」
「普通、人間そんな髪色自然に持ってないから!金髪が不良扱いされるなら、紫だって同類だ!」
「はあ?何言ってんの?あたし生まれつき紫髪よ。父母の赤髪と青髪の遺伝で」
「髪色の遺伝子そんな単純に働かないし……そもそも青髪の人間なんて……もういい……何でもない」
眉間を押さえる。二次元キャラの髪色は理不尽だ。なぜこの虹色髪だらけの世界で金髪だけが差別されるんだ? いっそ黒く染め直そうか……
「まったく意味わかんないんだけど……くだらない話はいいからさっさと帰るわよ」
真紀乃が肩をすくめながら振り返り、階段に向かって歩き出した。
「え?待ち合わせしてたのか?」
「……!ただ、部活で優木攻略の作戦を練りたいだけだから!」
真紀乃は階段前で立ち止まり、顔が真っ赤になって囁いた。
「人前で二人で歩くの嫌だって言ってなかったか?」
「もう放課後ピーク過ぎたし、ほとんど人いないから平気でしょ?」
「へえ……」
「嫌ならいいわ。一人で帰る」
「はいはい!一緒に帰るんだから、待てってば!」
そう言って真紀乃が歩き出す。俺はすぐに後ろを追いかけ、肩を並べて校舎を後にした。
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