第四章:デート・ア・ヒロイン(6)
やっぱりこういう展開には「試着室イベント」が必要だろ?
よくあるじゃん、知り合いに見られたくなくて男が咄嗟に試着室に飛び込んだら、女の子が着替え中で「わわっ!」っていう、あれ。
周囲を見回すが、彼らの知り合いらしき人物はいない。俺が現れても、優木が逃げ込む理由にならないし……
自然にラブコメイベントが発生しないなら、人為的に作り出すしかない。
ディスプレイラックから適当なウィッグをかぶり、トートバッグからサングラスを取り出して装着した。もはや不審者そのものだが、優木にバレさえしなければOKだ。
試着室前で待つ優木に近づき、すれ違いざまに「偶然」肘で強くぶつかる。
「あらごめんなさい~」
甲高い声を出し、優木を突き飛ばすと素早くその場を離れた。バランスを崩した優木は、咄嗟に試着室のカーテンをつかみ、転倒は免れたものの、「偶然」カーテンを開けてしまった。そう、完全なる事故である。
「いてて……今の人は何だったんだろう……あっ」
「きゃあああ———!!!」
――パァン!
試着室から鋭い悲鳴と、響き渡るビンタ音がした。悪いな優木、ラッキースケベには代償が必要なんだ。これが錬金術の基本原則——「等価交換」ってやつだ。
【もうお嫁に行けない……】
【ピ、ピンクの…】
……は?
えっ?!
ちょっと待て、なんで俺あのまま逃げたんだ!?
最後まで見届ければよかったじゃないか!?人生でこれほど後悔したことはない。優木の心の声が脳内を駆け巡る。
ピンクの何だよおおおお!!!!
残念ながら、その答えを俺が知ることは、永遠にない。
◇
「本当にすみませんでした!」
「もういいよ、わざとじゃないのはわかってるんだから。ビンタしたのは、ごめん……で、でも!わざとじゃないにしても、あんなの見られちゃったんだから、ビンタされるのも仕方ないでしょ!」
「はい……おっしゃる通りです……」
「とにかくっ、さっきのことはもう忘れて!」
「かしこまりました…」
「その言い方もやめなさい!」
コスプレ専門店を出た二人は、近くにある可愛らしい内装のカフェへと向かった。
正確に言うと、メイドカフェだった。
「ご主人様、お嬢様、ご注文はお決まりですか~?」
「おかえりなさいませ、ご主人様!こちらのお席へどうぞ!」
「ふわふわ、ぴゅあぴゅあ~!おいしくな~れ!萌え萌えきゅ~ん!」
カラフルなフリルがふんだんに使われたメイド服を着た女性たちが、元気いっぱいで料理をおいしくするおまじないを唱えながら客をもてなしていた。
なぜメイドカフェに?秋葉原に来たことがあればわかるが、ここで普通のカフェを見つけるのは、メイドカフェを見つけるよりも10倍は難しい。
「じゃあ僕は『あまあま☆バニラパフェ』とアイスコーヒーで。水宮さんは?」
「ストロベリーパンケーキとレモンティーで」
「お嬢様、こちら『ふわふわ♡とろけるストロベリーパンケーキ』でよろしいですか~?」
「……ええ」
「かしこまりました~!ご主人様、お嬢様、少々お待ちくださいませ~」
メイドは営業スマイルでぺこりと頭を下げると、他の客のもとへと移動していった。どうやら真紀乃、あの可愛すぎるメニュー名を口に出すのが恥ずかしかったようだ。
その様子を見守っていた俺のもとにも、別のメイドさんが現れた。さっきとは違って、どこかおっとりした雰囲気だ。
「ご主人様、ご注文はお決まりですか?」
「えーっと……じゃあ、柑橘ソーダで……」
「『すっぱあま✿シトラスボム』でよろしいですか?」
「……はい」
「かしこまりました、ご主人様、少々お待ちくださいませ〜」
……うん。俺も人のこと笑えねぇな。
「…で、さっきの続きだけど、『推理の子』って、世間的には綾音と柑菜のどっち派かって話ばっかりだけど、最新話での琥珀の活躍も見逃せないよね……」
「ふーん……そうなの」
優木は熱心にアニメの話を続けるが、真紀乃は適当に相槌を打つばかりで、複雑な表情を浮かべていた。
【なによ……たしかにあたしが「気にしないで」って言ったけど……ほんとに気にしてない感じで普通に話し続けるとか、じゃあ気にしてるあたしがバカみたいじゃない!】
真紀乃はちょっと睨むような目で優木を見ていたが、優木はその視線にまったく気づかずに熱弁中だった。
まったく、「気にするな」と言っておきながら気にされないと不満を抱くとは、相変わらずのツンデレぶりだ。
さすがにこの調子だと、今日仕込んだ作戦も忘れてそうだし……メッセージ送るか。
『ちゃんと話聞け!あと、次の作戦忘れるな!』
スマートウォッチにメッセージが表示されると、真紀乃は周囲をきょろきょろ見回して、俺を見つけた瞬間、物凄い形相で睨みつけてきた。……怖い。
「水宮さん?どうかした?」
「いいえ、何でもないわ」
真紀乃が優木に意識を戻した頃、先ほどのメイドさんが料理を運んできた。
「お待たせしました~!ご主人様、お嬢様、料理をおいしくする魔法をかけましょうか~?」
「あたしは結構です」
「じ、じゃあ僕も大丈夫です……」
真紀乃の鋭い視線に押され、優木は「お願いします」と言いそびれた。
「では、お嬢様からご主人様に魔法をかけてあげてくださいね~☆ なにかございましたらお呼びくださいませ~」
「……えぇ!?」
冗談めかして言い残し、メイドさんはからかうように微笑むと去っていった。
「あ、あはは……メイドさんも冗談で言っただけだから、水宮さんは気にしなくていいよ」
「……見たいの?あの魔法……」
真紀乃は俯きながら、かすかな声で呟いた。
【え?まさか?】
え?まさか?
俺と優木の思考が再びシンクロする。さすが我が作品の主人公、思考パターンまで似ている。
「お、おいしくな〜れ、萌えっ、萌え……きゅん!」
両手でハートを作りながら、真紀乃は恥ずかしさで死にそうな顔をしながら優木のパフェに向かって魔法をかけた。空気が凍りつく――
……完全に滑った。
いや、可愛いには可愛いけど、メイドたちのテンションとの差がありすぎて、なんとも言えない空気に。
「い、今のはなし!今すぐ忘れなさーーい!」
【あぁぁあああ!!!消えたい!この世から消えたいぃぃぃ!!!】
真紀乃は内心で叫びながら、自分の行為に強い羞恥心を覚え、耳まで真っ赤に染まっていた。
「いや、僕は良かったと思うよ?……ほら、バニラアイスの味がより甘くなった気がするし。魔法のおかげだね!」
優木はパフェを一口すくい、真紀乃をなだめようとした。
「……食べさせて」
「え?今、僕、なんか聞き間違えた……?」
「食べさせて、って言ってるの」
優木のスプーンが空中で止まる。
【え?!今日の水宮さん、本当に様子がおかしい!】
「おいしくなったんでしょ……あたしにも味見させてよ」
優木はクッキークランチが乗ったバニラアイスをすくい、真紀乃を見つめる。餵食プレイをするべきか迷っている様子だ。
真紀乃は赤く染まった唇を開き、白い歯を見せながら「あ〜ん」のポーズを取る。女性が男性に向かって口を開けるこの光景は、想像以上にエロいな。
【どどどどうする!?あぁもうどうなってもしらないから!】
優木の手は明らかに震えていた。スプーンを真紀乃の口に運ぶと、彼女は唇を閉じて——パクッ。
「お、おいしい?」
「……うん、おいしい」
「な、なら良かった……」
【ああー!緊張しすぎて味なんてわからない!バニラアイスだったかしら?ただ甘いってことしか……】
見てるだけで俺の血糖値が爆上がりしてる。誰かインスリン持ってきてくれ。
真紀乃は暴走する心を抑え、冷静を装ってナプキンで口元を拭う。
優木は……さっき真紀乃が口にしたスプーンをどうするか迷っている。
【このまま何事もなかったようにこのスプーン使うべきか?でも水宮さんが咥えてたんだよな……使ったら間接キスじゃないか?!】
優木がスプーンの扱いに悩んでいる時、さっき俺を担当してくれたメイドさんが、ドリンクを持って二人の席に近づいてきた。




