第四章:デート・ア・ヒロイン(5)
こういう時は「いや、あたしも今来たところだよ」って言うのが正解だろ。
【しまった、またキツい言い方しちゃった】
「本当ごめん!今日は暑いから、水宮さんにタピオカ買ってこようと思って遅れちゃって……前にタピオカ好きって言ってたよね?」
ちなみに現在時刻は11時55分。俺も優木も、実際には誰も遅刻などしていない。
「……!ふ、ふんっ!今回はタピオカに免じて許してあげる」
真紀乃はタピオカを受け取り、ほんのりと頬を赤らめた。
【あたしがタピオカ好きって覚えててくれたんだ……】
【よかった……水宮さん、怒ってないみたい。冬美が言ってた、デートの時は必ず服装を褒めろって……】
原作小説の序盤では、奈月は優木の幼なじみとして恋愛アドバイスをする立場だった。後半になるにつれて、自分が優木に恋心を抱いていることに気づいていく。優木にはすでに恋の軍師がついてるなら、こっちも真紀乃が一方的に攻略されないよう、俺も気を配らないと。
「そ、その……水宮さん、今日の服、すごく似合ってるよ……」
真紀乃はノースリーブの細いストラップトップに、真っ白な生地には淡い桜模様がちりばめられた、春らしい装いをしていた。ミニスカートから伸びる長い脚は周囲の男性の視線を強く引きつけている。普段からおしゃれな真紀乃だが、今日は明らかに気合いを入れて選んだ服だってことが伝わってくる。
そして普段は「白鳥に化粧なんかする必要ある?」的な態度の真紀乃が、珍しくナチュラルメイクをしている。もともと整った顔立ちがさらに引き立っている。
第三者の目から見れば、アイドルが秋葉原でファンミーティングをしているように映るだろう。
「そんなこと当たり前でしょ!」
またか……二人が合流するタイミングで間に合って本当によかった。
俺は真紀乃にメッセージを送信。彼女のスマートウォッチに通知が表示される。
『お礼を言え!それとこっちも服を褒めろ!』
真紀乃はチラッと手元を見て、微妙な顔をしたが、状況を理解してくれたのか、ふーっと深呼吸して、たどたどしく口を開いた。
「で、でも……ありがと……アンタも……今日は……まあまあ……似合ってる……わ……」
「え?今水宮さん、僕のこと褒めてくれた?」
「……!何か問題でも……」
「い、いえ……全然ないよ……」
『手を繋いで歩き出せ』
【この金髪チンピラ何言ってんのよ!?】
真紀乃は震える手を見つめ、「うっ……」と小さく呻いた後、優木の指先をそっとつかんだ。
「ほ、ほら、早く行きましょう……今日は行くところいっぱいあるんだから!」
真紀乃の突然の行動に優木は慌てふためき、真紀乃自身も顔を真っ赤にしてうつむいたまま、目を合わせようとしない。
【今日の水宮さん……なんかいつもと違うな……ちょっとドキドキしてきた……】
いいぞ。優木、ちゃんと真紀乃のことを意識し始めてる。この雰囲気、なかなか悪くないぞ。
二人は手をつないだまま、街へと歩き出し、今日のデートの幕を開けた。
この時、俺が言うべきセリフはもちろん――
「さぁ、私たちの戦争を始めましょう」
またひとつ、「人生で一度は言ってみたい」中二病全開台詞を達成できたぜ。
◇
真紀乃と優木は雑談しながら電気街を歩いていた。
「ところで水宮さん、今期はどんなアニメ見てる?」
「えっと……?」
真紀乃はちらりとスマートウォッチを確認し、俺から教わったアニメ知識を確認すると、そこからはまるで本物のオタクのように滑らかに言葉が出てきた。
「『京都ガールズ』と『ラブコメは終わらない』も出来が良かったと思うけど、今期の覇権は間違いなく『推理の子』ね。作画のクオリティも神レベルだし、展開のテンポが良く、それに主題歌は今大人気の『HIRUASOBI』が担当してて、さすが黒坂先生の作品って感じね」
「えっ、水宮さんも『ラブない』観てたの?!先週の五郎が詩織に告白した回は神回でしたね!苦労の末やっと想いが伝わったシーン、本当に感動したよ……」
「ええ、『推理の子』ほどの話題性はないけど、『ラブない』も今期のダークホースだわ」
「そうそう!もっとたくさんの人に『ラブない』の良さが伝わればいいけどなあ……」
「『ラブない』はコアファン向けだから、新規視聴者を獲得するのは難しいかもね……」
真紀乃は、俺から仕入れたオタク知識をひけらかしながら、優木と楽しそうに話し合っていた。
「でもちょっと意外だな、水宮さんって結構オタクなんだったね……あっ!これは褒め言葉ですから!学校じゃあんまりそういう話できる相手いないから、なんかうれしいなって」
「そう……」
【桐山さんとはいつも楽しそうに話してるくせに……】
真紀乃は顔をそむけ、少し不機嫌そうに唇を尖らせた。
まったく、今は優木と楽しく話せてるんだから、そこは気にしなくていいだろ。
とはいえ、口に出さずに我慢できてるだけ進歩か。
「だから水宮さんとこうやってオタク話ができて、本当に嬉しいんだ」
「……!そ、そう……」
真紀乃の表情が、ぱっと花が咲くように綻んだ。同じ台詞でも、こうも印象が違うとは。
【最初は水宮さんって怖い人だと思ってたけど、話してみると意外と気さくで話しやすいんだな……】
デートは順調に進み、優木の真紀乃への好感度もどんどん上昇中。ここまでスムーズだと逆に怖くなるくらいだ。
中央通りの角にあるビルに到着した。このビルにはアニメグッズや漫画・ラノベ、音楽CD、同人誌などを扱う店が多く入っているが、彼らの目的はそこじゃない。
ビルに入り、いくつかのショップを軽く見て回ったあと、ある店舗の前で立ち止まった。
「ここは…コスプレ専門店?」
「そ、そうよ?最近ちょっとコスプレに興味が出てきて?しかもここ、試着もできるって聞いたから、ちょっと見てみようかなって」
「そ、そっか……」
【こんなバカな提案をするなんて、後で絶対あの金髪チンピラ殺してやる……】
俺の身の安全が急速に危機に晒された気がした。でもこのバカなアイデア、お前も乗ったんだぞ。
昨日、真紀乃とデートコースを相談していた時、俺はコスプレ衣装の試着を提案した。最初は猛反対で、「変態!」「クズ!」「キモい!」とか……罵倒のバリエーションがどれほど豊富なのか見せつけられた。
「まあ、とりあえず聞けって。優木ってアニメ好きだろ?じゃあもちろん推しキャラとかいるよな?だったらそのキャラのコスプレすれば、好感度爆上がり間違いなしだろ?」
「言ってることは一理あるけど……本当にそんな単純なの?」
「任せなって」
「……失敗したら絶対後悔させるからね」
回想終了。現在に戻る。優木と真紀乃が店内に入ると、無数のコスチュームが陳列されており、二人とも目の前の衣装の数々に目を奪われた。
「おぉ……こういう店、初めて入ったけどすごいな。あ、『推理の子』の柑菜ちゃんの衣装もあるんだね、やっぱり人気だな…」
優木は展示されている衣装を興味深そうに眺めていた。
「——ねえ、優木、あたし、どの衣装を着たらいいと思う?」
「えっ?!み、み水宮さんっ、何言ってるの?」
優木、反応がラブコメ主人公すぎる。
「勘違いしないでよね!あくまで、男性目線の意見が聞きたかっただけで、べ、別にあんたに見せるために着るわけじゃないから!」
「そ、そうだよね!水宮さんがわざわざ僕の好きなキャラのコスプレをするわけないですもんね!」
どう見てもわざわざ着せるつもりだろうが。真紀乃の顔なんて、もうリンゴみたいに真っ赤だったのに。俺、自分のキャラの知能を疑い始めてしまったよ。
「それで?どれを着たらいいと思う?」
「えっと……じゃあ、『推理の子』の衣装で……」
「三人の中で誰が好きなの?」
「えっ?!あ、あぁ……『推理の子』の三人ヒロインのことですか……じゃあ綾音ちゃんかな……」
真紀乃が壁のポスターを指差して訊くと、優木は一瞬桐山、奈月、真紀乃の三人のことと勘違いしたらしく、慌てて不機嫌そうに眉をひそめる真紀乃に訂正した。
「ふーん…じゃあ綾音のどの衣装がいいの?」
綾音の衣装は三種類。清楚な水色セーラー服、可愛い系アイドル衣装、そして露出高めなセクシー系の黒と赤のヴァンパイアドレス。
「えっ……水宮さんが選んでよ……」
「嫌だ。あんたに選んでほしいの」
「……!」
【ど、どうしよう……正直に好みで選んでもいいのか?それとも露出度の高いのは避けるべきか?】
真紀乃の攻撃で優木は20精神ダメージ食らった。効果は抜群だ。
【ああああ何言ってんのあたし!?は、恥ずかしすぎる……!】
真紀乃自身にも20精神ダメージ食らった。こちも効果は抜群だ。
【こうなったら……運命に任せよう!】
「…!じゃ、じゃあこれで!」
優木は目を閉じ、背を向けて適当に指をさした。運命に任せる、つまりあのロリ天使に任せるということは、必然的にあのセクシーなドレスを選ぶことになる。
「いや、あの、これは違うんだ……」
「……変態」
「だから自分で選べって言ったんですよ!」
優木が深くため息をついた、その直後——
真紀乃は一瞬だけゴミを見るような目で優木を見たが、すぐに頬を染めながら視線を逸らし、衣装を見つめた。
「……でも、あたしが選んでって言ったんだし……今回だけ特別に見せてあげても……いいわよ……」
「……!」
【可愛すぎる!!!】
可愛すぎる!!!
俺と優木のシンクロ率が100%を超え、心の中で同時に叫んだ。ヤバい、このままではラファエルのような真紀乃オタクになってしまう。
真紀乃は衣装とウィッグを抱え、優木と共に試着室へ向かう。真紀乃が着替えている間、優木は試着室の前で待機していた。
数分後——カーテンが開いた。
その瞬間、優木も俺も、息を呑んだ。
淡い金髪のロングカールのウィッグは真紀乃の碧い瞳によく映え、胸元が開いたセクシーなドレスは雪のように白い肌と意外に豊かなバストを強調していた。ウエストを絞ったデザインはくびれを際立たせ、美しいヒップラインを描き出している。
「ど、どう……?変かな……」
「そんなことないよ!ただ見惚れてただけで……」
「…!変態。やっぱりそういうエッチな衣装が好きなのね」
真紀乃は口では優木をきつく罵っていたが、明らかに笑みを浮かべていた。
「ち、違うよ!水宮さんだったからだよ、見惚れたのは……」
「えっ…?ふ、ふん!どうせ他の女の子にも同じこと言ってるんでしょ、この女たらし!」
【な、なんか……心臓バクバクしてる……】
真紀乃は必死に照れを隠し、平静を装ってカーテンを閉め、元の服に着替え始めた。
うーん……なんかラブコメ要素が足りない。




