第四章:デート・ア・ヒロイン(4)
いや、よく考えたら答えは一つしかない。俺の知る限り、こんなことができるのはただ一人。
いや、ただ一柱の神(天使)だ。
「えへへ、バレたか?」
「うわっ、なんだこりゃ!?」
モフモフした足音とともに、テディベアのぬいぐるみが俺の部屋のドアを開けて入ってきた。
思わず声を上げてしまい、慌てて口を押さえる。こんな時間に絵梨花を起こしたらまた怒鳴られる。
「そんなに驚かなくてもいいでしょ?」
「お前……ラファエルか?」
俺は声を潜めてテディベアに問いかける。
「正解♪ みんな大好き天使のラファエル様よ〜!」
ふわりと手を振りながら、器用にドアを閉めるラファエル。……ちょっと可愛い。
「え〜〜? 可愛いって思ったなら素直に言えばいいのに〜もう、照れ屋さんなんだから〜」
「うるせぇ、可愛いのはテディベアの方で、お前じゃねぇよ、ロリ天使」
「でもさー、ごめんね? もし私に告白したいなら、私のIfルートが実装されてからにしてね〜?」
この天使、マジウザいな。
「……ってか、なんでテディベアなんだ」
「だって、お前の部屋に可愛いぬいぐるみが一つもないんだもん。仕方ないから妹さんの部屋から借りてきたの」
普通の男子高校生の部屋にぬいぐるみなんてあるわけねぇだろ。てか勝手に妹の部屋入るな。
「じゃあ、これからはお前の部屋にも可愛いぬいぐるみを置いてよ。いつでも私が降臨できるようにね。これは神の御心」
表情のないテディベアだが、ラファエルの声の調子から少し不機嫌そうなのが伝わってくる。
「好きにしろよ……で?また俺の前に現れた目的はなんでしょうか、親愛なる神様?」
「ん〜、ちょっと様子に見るだけ~」
「帰れ」
「冗談冗談!まったく、ちょっとしたジョークも通じないんだから。いい?人間が人生で神様に一度会えるだけでも奇跡なのよ?そしてお前、なんと二回も会えたのよ!?これはなんという幸運だろう!」
「あっそう……」
「だ・か・ら!もっと喜びなさいよ」
「神様に『異世界』と名付けられた小説世界、実質精神と時の部屋に閉じ込められてなかったら、泣いて感謝してたかもしれないけどね」
「『閉じ込め』とか聞こえが悪いな。せっかくお前の左手を治しに来たのに」
テディベアはベッドに登り、そっと俺の左手に触れた。柔らかな白い光が綿の掌から溢れ出し、ギプスに微かな「カチッ」という音と共に蜘蛛の巣状のひびが広がる。光が消えると、ギプスに覆われていた部分の違和感はなくなり、左手は元通りになっていた。
「お前って本当に神様だなって改めて実感したよ……」
自由を取り戻した腕を動かしても、痛みは一切ない。
「失礼だな。もちろん本物の神様だよ。今回は大目に見てあげるから、私が寛大な神様ってことに感謝しなさい」
左手を治した後、テディベアは突然爪で俺の頬を突つきながら続けた:
「で?半月経って、真紀乃ちゃんの魅力がわかったか?」
「認めたくないけど、確かにわかったよ……」
どうせ認めなくてもラファエルに心読まれるだけだしな。
「うんうん、よろしいよろしい。必死で真紀乃ちゃんを助けに行く姿を見て、やっと彼女の魅力を理解したんだなって思ったよ」
「見てた?ずっと俺のこと監視してたの?」
「神様は忙しいんだよ、24時間ずっとお前を監視できるわけないだろ。リプレイで見たの。『お前をぶっ飛ばすには、これで十分だ』のシーン、なかなかかっこよかったよ」
「うわ……恥ずいからもう言うな……」
ラファエルがわざとらしく俺の真似をして言うのを聞くと、鳥肌が立つほど恥ずかしくなってくる。
それにリプレイって何?24時間監視カメラでもついてるの?
「でも私的には『でも、踏みとどまる理由は、たった一つで十分だ』って心の声が一番好き。まるで小説のセリフみたいだったよ。あんなかっこいいセリフ、心にしまっておくんじゃなくて口に出せばいいのに」
「頼むから本当にやめて……」
もう恥ずかしさで死にそうだ。だがラファエルは俺を無視し、オタクみたいに喋り続ける。
「正直、お前みたいな文弱な書生がすぐ逃げ出すと思ってたのに、意外と男らしかったわね。あ、そうそう、正体を隠したまま大雨の中真紀乃ちゃんに傘を渡して去っていくシーンも良かった……報いを求めない無償の愛みたいで……」
「あーーー!だから言うなって言ってんだろ!」
俺はテディベアを掴み上げると、さっきまでぺちゃくちゃ喋ってたテディベアは突然魂が抜けたように無気力になり、普通のぬいぐるみに戻った。
「帰ったか……」
机の上の時計は2時40分を指している。ラファエルに散々振り回されたせいか、どっと疲れが押し寄せてきた。でも一応左手を治してくれたんだから、そこ感謝すべきか。
「はあ~~……もう寝よ……」
「なんてね!まだいるよ!」
「わあ!はあ……お前マジ何なんだよ……」
ラファエルは壁をすり抜けて頭を出し、パンと俺の肩に手を置いて驚かせた。本体がここにいるなら、さっきテディベアに憑依する意味ある?
【もちろんお前の反応が面白かったからよ】
ん?どういうこと?突然頭の中にラファエルの声が響く。
「光栄に思えよ。真紀乃ちゃんを救ったご褒美に、今回は特別に一日限定の読心能力と私の『神の力』の一部を授けよう」
「マジ?かっこー!」
気のせいか、体の中に強大な力が流れるような気がする。
「そうだろ?明日はこの力を使って、真紀乃ちゃんと優木のデートを全力でサポートしろよ」
中二病だった頃に憧れた響き──「神の力」。深く眠っていた中二魂が揺さぶられるようで、俺は思わず興奮してしまった。
「ちなみにお前の『神の力』って、どんな能力があるの?」
「水を分ける、水をワインに変える、水の上を歩く……まあそんな感じ」
「……明日のミッションはユダヤ人をエジプトから脱出させることじゃないんだけど」
つまり、明日使えそうな能力は読心術だけか。一気に興味が冷めた。
「おい、貴重な力を貸してやってるんだぞ。これだけで感謝しろよ?この力を貸してる間、私は使えないんだからな」
道理でさっきから内心をツッコまれないわけだ。ようやく俺のプライバシーが守られた。
「……?今は読心できないけど、なんかお前が失礼なこと考えてる気がするな」
「そ、そんなことないよ?はいはい、偉大なるラファエル様が貴重な『神の力』を授けてくださって感謝感激ですが、そろそろ寝かせてください。明日早いんだから」
【でもまだ話がしたいなあ……】
ラファエルは寂しそうな表情で、じっと俺を見つめる。俺が読心できるの忘れてるのか?
「え……?」
「はっ!お前が私に心を読まれるのを想定済みだよ!その真っ赤な顔、また照れてる〜?」
急に態度を変え、腹を抱えて笑い出し、目尻に涙まで浮かべている。
この天使ほんとムカつく。
「まったく付き合ってらんね……」
「まあ冗談はここまで。私も他の仕事があるから、もう邪魔しないわ。明日の活躍、期待してるよ」
そう言うと、ラファエルの体は強く輝き、光が消えると部屋はようやく静けさを取り戻した。
「……寝よう……」
◇
『まもなく神田、まもなく神田……』
電車内のアナウンスが流れ、電車はゆっくりと神田駅に停車した。新しい乗客が乗り込み、再び動き出す。
俺はドアにもたれかかりながら、ワイヤレスイヤホンで「HIRUASOBI」の新曲を聴きつつ、窓の外の景色をぼんやり眺めていた。
高くそびえるビル群、人気女優の巨大看板、そして雲一つない青空。どうやら今日は雨の心配はなさそうだ。
突然、スマホの着信音が曲のサビ直前を遮る。ポケットから取り出すと、真紀乃からの着信だった。
『今どこ?』
「今神田通ったとこ」
『はぁ?12時に駅の西口集合って約束でしょ?遅刻なんて有り得ないんだけど』
「いや……まだ11時45分なんだけど」
『集合時間の15分前に着くのが常識でしょ?だからチンピラは……早くしなさいよ』
「急いでも電車は速く走らないけど」
『うるさい!着いたらダッシュで来なさい、ダッシュで!』
「えぇ……」
『あ、優木も着いたって。切るわ』
真紀乃はあっさりと電話を切った。
俺が悪いのか?俺が非常識なのか?集合時間より早く来るのが常識なら、そもそも集合時間って何のためにあるんだ?
そういえば、アニメのカップルって集合時間の1時間前とかに来てる描写よくあるよな……「早め=時間通り、時間通り=遅刻」みたいな不合理な文化は社会から撲滅されるべきだ。
『まもなく秋葉原、まもなく秋葉原……』
電車が減速し、スーッと滑るようにホームに停車した。ドアが開くと同時に俺は素早く降車し、西口に向かって早歩きする。
4月の日差しが季節外れの強さで照りつけ、少し足を速めただけで、顎から汗が滴り落ちる。
そう、見間違いではない。確かに秋葉原で降りた。真紀乃と優木のデート場所はここに違いない。しかもこの場所を選んだのは真紀乃本人だ。
最初は「え、もしかして真紀乃って隠れオタク?」と思って理由を聞いたが、その考えは即座に粉砕された。
『教室でよく優木と桐山さんがオタクっぽい話してるの聞いて……秋葉原に誘ったらきっと喜んでくれるかなって……』
理由は可愛いが、これは完全なる無謀だ!相手を自分がまったく知らない分野の場所に誘うなんて最悪の手だ。優木がマニアックなオタク話をまくし立てる横で、真紀乃が「そうなんだぁ」「へえ、知らなかった」なんて相槌を打つ姿が目に浮かぶ。
しかし!もう大丈夫! 何故って?私が来た!
前世でラノベ作家だった俺は、当然ながら筋金入りのオタクだ。70年代の深夜アニメから今期の話題作まで、優木がどんなオタク話を振ってきても問題ない。
【優木、5分前にもう着いたって言ってたのに、どこ行ったのよ】
心の声の受信範囲に入ると、真紀乃の焦りの声が聞こえた。よし、どうやら優木より先に集合場所に着けたようだ。
改札を出て周囲を見回し、真紀乃の姿を探す。
「水宮さん!」
背後から聞こえた男性の声に振り向くと、優木だった。すぐに体を翻し、案内板の陰に身を隠す。
「ごめん、待った?」
「ほんとよ!どれだけ待たせるのよ!」
バカかこいつ……




