第三章:拉致された時なにしてますか? 忙しいですか? 救ってもらっていいですか?(6)
そのとき、ポケットのスマホが一瞬震えた。
「BOSS!大変です!」
オリオがナイフを振りかざそうとした瞬間、倉庫の外から一人の手下が慌てて飛び込んできた。
「何だ!?今ちょうどいいところなのが見えないのか!?」
「北高の連中だけじゃなく、西高のやつまで来やがって、外で見張ってた兄弟たちがやられました!あっ……」
倉庫の入り口で報告していた手下が突然気絶し、見覚えのある面倒な面々が姿を現した。
「遅れてすいません、アニキ!」
「ほんと、来るの遅すぎ。もう来ないかと思ったぞ。」
「ちっ、いつ応援を呼んだんだ?」
オレオが顔をしかめ、睨みつけながら俺に問いただす。
長い間不良やってると、仲間が誘拐されるような事態も想定済みで、当然対策も練ってあった。倉庫に向かう道中で、グループ通話を使って手下A・B・C・Dに着信を飛ばして即切り──それが「SOS」の合図だった。
「まあ、倉庫に来る前から応援は呼んどいた。そっちのバカな部下が、俺のスマホを取り上げもしないで連れてきてくれたおかげで助かったぜ。そろそろ『subordinate』の教育をやり直した方がいいんじゃないか?『B-O-S-S』さん?」
「応援が来たからってどうなる?こっちには人質が……ぐはっ!」
オレオのセリフが終わる前に、俺は奴に向かって踏み込み、右フックを一閃。
拳がクリーンヒットし、奴は吹き飛ばされて地面に転がった。
悪役の台詞を最後まで聞いてから戦い始めるような主人公じゃない。チンピラの喧嘩にルールもクソもあるか。
「今だ!」
俺がそう言った瞬間、手下Bがすぐ真紀乃のもとに走り寄り、口に貼られたガムテープを剥がし、縛られていたロープをほどいた。
解放された真紀乃は、凶悪な顔をした手下Bをちらりと見たが、意外にも目が合ってしまった。
「……」
「……?なに?」
「この美貌がアニキを更生させた理由か……」
「はっ?!何わけわかんないこと言ってんのよ!」
「安心してください、水宮姐さん!この俺、鈴木が命にかけてあんたの安全を守ります!まずはここを離れましょう!」
「でも、彼が──」
「心配いりません、アニキは強い。『北高最強不良』の名は伊達じゃありませんから」
「なにグダグダ喋ってる!とっとと真紀……水宮を安全な場所に連れて行け。それと、何度も言ってるだろ、あんなダサい称号で呼ぶな!」
「あちゃ、また怒られた。よし、水宮姐さん、行きましょう!アニキ、送り届けたらすぐ戻ります!」
「変態ストーカー誘拐魔!あんな卑怯な白黒頭に負けるんじゃないわよ!」
真紀乃は去り際にそう叫んだ。どうも二人同時にディスってる気がするが、これもツンデレの一種なんだろう。
手下Bが真紀乃を連れて倉庫を出ると、転がされていたオリオがよろよろと立ち上がった。
「BOSS!」
「手を出すな、こいつは俺一人で十分だ。左手がまともに使えねぇ者同士、ちょうどいい勝負だろ?お前らは他の雑魚を片付けろ。俺がコイツをブチのめしてやる!」
オリオは手下たちを制し、バタフライナイフを握りしめ、「かかってこい」とジェスチャーした。
俺は拳を構えてボクシングのスタンスを取る。
「──おおおおおお!!」
「死ねっ!!」
オリオがナイフで腹部を突いてくるのをかわし、手首を掴んでナイフを叩き落とした。
だが次の瞬間、強烈な右フックが俺の顔面に直撃した。
鼻血が吹き出し、俺はよろけながら数歩後退して、なんとか体勢を保った。
クソ白黒頭、二人とも左手が使えないとか言ってやがって。こいつの左手はとっくに治ってやがる。今のパンチめちゃくちゃ痛いぞ。
「どうした、その程度か?」
「お前をぶっ飛ばすには、これで十分だ」
顔の血を拭い、俺はオレオの顎めがけてアッパーカットを繰り出す──が、奴はそれを軽やかにかわした。次の瞬間、お互いの拳が相手の顔面を捉え、視界がぐらりと揺れた。
口の中の血を吐き出し、再び構える。だが視界はまだぼやけており、目の前のオリオが三人に見える。
オリオはその隙を見逃さず、落としたバタフライナイフを素早く拾い、再びナイフを構えて突き刺してきた。
「ぐっ……!」
刃は今度こそしっかりと左肩に深々と刺さった。左手はもう拳を握ることすらできず、俺は右手で奴の手首を全力で掴み、振りほどかせないようにした。
「この野郎、離しやがれ!」
「人質なんて卑怯な手を使わなきゃ、お前なんかに負けるか!」
オリオが力任せにナイフを捻じろうとする中、俺は痛みに耐えつつ、奴の額に頭突きを叩き込んだ。
「ぐはっ……!」
「BOSS!」
オリオはそのまま崩れるように倒れた。。その頃には、彼の手下たちも大半が制圧され、立っているのは数人と──あの特徴的なリーゼント頭の男だけだった。
「ちっ……今回は見逃してやる。覚えてろ、橘辰哉、この借りは必ず返すからな!」
典型的な悪役の捨て台詞を残して、リーゼントは気絶したオレオを担ぎ、残った仲間を連れて逃げ出していった。
「アニキ、追いかけなくていいんすか?」
「いや、負け犬はほっとけ。それより、救急キット持ってるか?」
もちろんっす――手下Aが答えると、急いで俺の左肩の傷を消毒し、包帯を巻いてくれた。でも骨折したところは、さすがに病院行くしかないな。
「その……何て言えばいいか、ついこの間まで不良をやめるって言ってたくせに、結局またお前らに迷惑をかけちまって……本当に、すまない」
気まずそうに口を開くと、手当てをしていた手下Aと、オレオの部下をぐるぐる巻きにしていた手下B、C、Dは、気にしないように笑い合った――
「何言ってんすか。アニキだって、今まで何度も俺たちを助けてくれたじゃないっすか。これくらい当たり前すよ」
「ありがとうな……でも、俺が不良のリーダーを辞めるって決意は変わらないから……ごめんな」
「……水宮姐さんを見たらわかりました。でも、俺たちがついて行きたいのは、やっぱアニキだけです。もしアニキが決めたなら、俺たちも不良やめます」
手下Bが頭を掻きながら、他の三人を見渡す。彼らは黙って頷き合い、すでに意志が固まっているようだった。すると手下Cが言葉を継いだ。
「たとえ不良をやめても、アニキはずっと俺たちのアニキだ。そこは絶対変わらねぇよ」
「だから……これからも、アニキのそばにいてもいいですか?」
一人ずつ順番に言葉をかけてくる。ちょっと勘違いしてるとこもある気がするけど、今の空気を壊すようなツッコミはしたくない。
「お前ら……ありがとうな、中村、鈴木、真島、青坂」
「「「「アニキィィィ!!」」」」
四人が突然飛びつき、俺を中心に団子状態のハグが形成された。
「バカ……力入れすぎだって……肋骨、マジで折れるから……」
今回の拉致事件はこれで一段落……
──って、待てよ……この拉致事件、なんだか見覚えが……
「あっ!!!」
「どうしたアニキ!?傷が痛むんすか!?」
これって、原作小説で本来は俺が水宮真紀乃を誘拐して、主人公が助けに来る、重要なイベントじゃないか!
これで完全に主人公と真紀乃のフラグをぶち壊してしまった……
「終わった……俺、一体何やってしまったんだ……」
骨折の痛みか、原作のストーリーをぶち壊した衝撃か、俺は気を失った。幸い中村たちが支えてくれたおかげで、そのまま倒れることはなかった。
「アニキ、大丈夫か!?今すぐ病院に……!」
これが意識を失う前にかすかに聞こえた最後の言葉だった。




