第三章:拉致された時なにしてますか? 忙しいですか? 救ってもらっていいですか?(5)
「おい、あれを持ってこい」
そう言うと、オリオは俺の襟首を掴んで引き起こした。倉庫の奥からキャスターの音が響き、数人のチンピラが台車を押して現れた。
なんと、現れたのは、2台のアーケード筐体だった。
「……」
何だこりゃ。
呆然とする俺。真紀乃も目を丸くして、状況が全く理解できていない様子。
「『ストームファイター』、お前と俺、三本勝負だ」
「……こんなしょうもないことで真紀乃を誘拐したのか?」
「しょうもねえだと?!俺にとっては大事なことだ!この前、ゲーセンでお前にまぐれ勝ちされて、しかも手まで怪我して……そんでお前はすっぽり姿を消しやがった。勝ち逃げるなんて許されねえぞ!」
デジャヴ。この会話、強烈な既視感があるな。こいつマジで何言ってんだ。
てか、あの怪我も負けたから自分で筐体壊して、ガラスで手切っただけじゃん。それも俺のせい?
さっきの緊張感を返せ。
「……それだけか?なら早く始めろ。俺が勝ったら真紀乃を解放しろ」
「ふん、勝てたらな」
オリオは関節をポキポキ鳴らしながら嗤った。手下たちはすでにゲーム機をセットアップし、画面には《ストームファイター》のタイトルロゴが輝いていた。
『ストームファイター』、言わずと知れた格闘ゲームの名作シリーズ。今や第7作までリリースされていて、格ゲーの始祖とも言われている。
俺とオレオは筐体の前に座り、それぞれスティックを握ってキャラクターを選ぶ。俺はいつも通り主人公のケニーを選択。対するオレオは、ラスボスキャラの炎鬼を選んだ。
『Ready……Fight!』
開始の合図とともに、俺は迷わずオリオに猛攻を仕掛け、画面端まで追い詰めた。投げ技でガードを崩し、コンボをつなげ、怒涛のラッシュで一気に体力ゲージを削り取った。
『超新星龍拳!』
『K.O!』
ケニーの必殺技で第1ラウンドが決着した。完敗したオリオだが、依然として余裕の表情を崩さない。
「へえ?面白いじゃねえか。橘、第2ラウンド始まるぜ。よそ見してると痛い目に遭うぞ?」
「んんっ!んーっ!」
ガムテープで塞がれた真紀乃の口から、もだえるような声が漏れる。横目で見ると、彼女は必死に首を振り、前髪が額に乱れついていた。
「ん?ぐっ……あっ!」
脇腹を襲った鈍痛に思わず舌を噛みそうになる。金属バットが視界の死角で銀色の弧を描き、肋骨に激しい痛みが走り、指が思わずピクピクと痙攣する。
どうやらオリオの手下が金属バットを持って、俺の死角から襲いかかったらしい。クソが、勝てないからって卑怯な手を使いやがって。肋骨、折れてないよな?
不意打ちで気が散っている隙に、オリオはコンボを決め、炎鬼の必殺技で一気に俺の体力を削り取り、第2ラウンドを制した。
『滅殺炎魔拳!』
『K.O!』
画面では炎鬼の炎がケニーを飲み込む。現実の俺は冷や汗があごから垂れ落ち、打たれた場所は焼け火箸で刺されたように熱かった。
「これで同点だね。あれ?橘、顔色悪いぞ?少し休むか?」
オリオは嘲るような口調で言った。俺は痛みをこらえ、彼の言葉に反応せず、対戦に集中する。
『Final Round、Fight!』
第1ラウンドと同じ戦略で、序盤にオリオを画面端に追い詰めようとするが、今度は攻撃が当たる前にカウンターを食らい、逆に連続技を喰らった。何とか操作で抜け出し、連続技を完遂させるのを防いだが、すでに体力の3分の1を失っていた。
態勢を立て直し、わざとケニーをよろけさせ、隙を見せてオリオを誘い出す。案の定、彼はまんまと引っかかり、真っ直ぐに突っ込んできた。バックステップの瞬間移動で技をかわし、隙をついて反撃を叩き込む。
「調子乗ってじゃねぞって言っただろ!」
オリオがそう叫んだ瞬間、金属バットが左手の橈骨を強打し、激痛でコントローラーを握り続けられなくなった。これで本当に骨折したかも。
「がっあ!」
「んーっ!んんんっ!」
横目で見た真紀乃が悲鳴を上げ、椅子ごと前のめりに倒れそうになる。
クソ……俺は何を甘く見てたんだ。
この男がただのリベンジマッチで済ませるわけないだろ。
正直、逃げたい。心の底から、ここを立ち去りたい。
なのに、なぜ俺はまだここにいる?
俺はただの陰キャ作家で、文弱の書生だ。不良同士の喧嘩なんて、一生縁のない世界のはずなのに、なぜ
こんな痛い目に遭わなきゃいけないんだよ?
「んんっ……んん……」
しかし、耳に届いた泣き声が、俺に思い出させてくれた。
俺がここに来た理由を。
バカ、何泣いてるんだよ。お前にとって、俺はただの変態ストーカー野郎だろう。俺のみたいな奴のために泣くなんて、まったく本当にどうかしてる。
でも、そんなお前だからこそ、水宮真紀乃なんだ。
「くそ……」
逃げる理由なんて、いくらでも思いつく。
『もう、女の子が泣いている姿なんて見たくないんだ』
でも、踏みとどまる理由は、たった一つで十分だ。
左手の痛みが全身を駆け巡り、少しでも気を抜けば痛みで気を失いそうになる。幸い、左手はまだギリギリ動かせる。俺は歯を食いしばり、再びスティックを握った。
腕を折られている間、オリオはチャンスを逃さず、さらにコンボを叩き込んできた。スティックを握り直した瞬間にようやくコンボから脱出できたが、キャラクターの体力は残り一割以下に追い込まれていた。
「無駄なあがき!これで俺の勝ちだ!」
「知ってるか?『勝つさ』って宣言した奴は、大概逆転負けするんだよ」
ガード不能のパンチモーションに入った俺に、オリオは勝利を確信して必殺技を放つ。だがこれはフェイントで、特殊動作でパンチをキャンセルし、背後に回り込み、渾身の一撃を叩き込む。
『アルティメット超新星龍拳!』
『K.O!ケニー、Win!』
「ふざけんなぁ!!このクソゲーがぁあああっ!」
オレオは筐体を殴りつけて大声で叫んだ。やっぱりこいつ、対戦ゲームに向いてない。
「じゃあ、約束通り真紀乃を解放してもらおう」
「約束?ははっ、そんなもん俺は一言も言ってないぜ?ここからが延長戦だ、橘!」
オリオはポケットからバタフライナイフを取り出し、空中で振り回した。
万事休すか……




