第三章:拉致された時なにしてますか? 忙しいですか? 救ってもらっていいですか?(4)
「はあ……どうすればアニキが元に戻るんだ?今の様子、絶対普通じゃないすよ」
「てか、青坂のヤツは?今日一緒にサボるって言ってたじゃん」
「出席率が足りなくて、今日は大人しく授業受けてるらしいよ」
「おっ、噂をすれば、あいつからメッセージ来た」
中村、鈴木、真島の三人は、いつものゲーセンに向かっていた。
通勤時間も過ぎた時間帯だったため、街にはあまり人影がなかった。
真島は青坂からのメッセージを開いて、その内容に思わず声をあげた。
「うわっ!」
「びっくりしたじゃねえか!急に叫ぶなよ!」
「これ、見てみ。青坂のメッセ、グループに送られてる」
中村と鈴木もポケットからスマホを取り出して、青坂のメッセージを確認した。
『アニキが水宮真紀乃を教室から呼び出して、なんか話してたっぽい!』
添付されていたのは、橘辰哉と水宮真紀乃が肩を並べて教室を出ていく写真。
「転送されたメッセージ」の文字が表示されており、既に何度も回され、校内中に広まっているのは明らかだった。
「マジかよ!?アニキがあの女に興味あるなんて、初耳だぞ!?」
「全然知らなかったわ……アニキ、俺たちにも隠してたのかよ」
「でも、そりゃアニキの様子がおかしかったのも納得だよな……運命の女に出会って、足洗う気になったんだ」
「正直に言ってくれたら祝福してやったのに!」
「まあまあ、きっとアニキなりに俺たちに心配かけたくなかったんだよ」
中村は目を潤ませ、スマホの画面に涙が数滴ポタポタと落ちた。
「くそっ、アニキは最後までカッコいいぜ……不良やめても、俺たちのこと気遣ってくれて……」
彼はシワシワの制服袖でスマホを拭き、何やらメッセージを打ち込みながら声を張り上げた。
「おまえら、次に水宮さん見かけたら、ちゃんと『姐さん』って呼ぶんだぞ!」
「もちろん!」
「当然っすよ!」
鈴木と真島が揃って即答した。
そして、青坂からも「了解☆」のウサギスタンプが送られてきた。
不良のわりに、あまりにも可愛いスタンプだった。
そのとき、真島のスマホがピコンと音を立てた。
画面に表示されたのは、辰哉アニキからのメッセージだった。
『おい、お前ら、俺もこのグループに入ってるんだぞ』
「やっべ!またアニキを怒らせちゃった。やれやれ、アニキって照れ屋さんだよな」
「よっしゃー!アニキが運命の相手と出会った記念に、今日はゲーセンで遊びまくるぞー!」
「おうおう!この前は東高の連中に邪魔されたけど、今日は『炎鬼』でお前らボコボコにしてやる!」
「ハッ、大口叩いてんじゃねぇよ?『ストームファイター』で俺に勝てるのはアニキだけだぜ。雑魚どもがはせいぜい俺を楽しませてくれよ〜」
三人は盛り上がりながらゲームセンターの中へ消えていった。
──その様子を、小路でタバコを吸っていた不良グループがじっと見ていたことに、誰も気づいていなかった。
「……面白い話を聞いちゃったな」
そのうちの一人がタバコを地面に投げ捨て、革靴で踏み消しながら、狡い笑みを浮かべた。
「おい、野郎ども!借りを返す時が来たぞ!」
「おう!」
彼らは一斉に立ち上がり、辰哉たちの通う学校へと歩き出した。
◇
気がつくと、もうすぐ下校時間だった。毎日最後の授業になると、生徒たちの集中力はとっくにどこかへ飛んでしまい、真面目に授業を受けてるほうが珍しいくらいだ。
最後の国語の授業で、教師が延々と作者の心情や登場人物の描写について語っていたけど、俺は机に突っ伏して爆睡していた。
つーかさ、作者が作品を書いてるとき、後世の読者がこんなにいろいろ分析するなんて思ってなかっただろ。この分析の9割は読者の過剰な脳内補完で、作者本人はそんなこと考えてもいない。
信じてくれ、俺自身が作者なんだから。
再び目を開けた時、黒板の時計はもう17時45分を指していた。掃除当番の生徒もすっかり帰った後だった。
誰も起こしてくれなかったのか……まあ、いつものことだ。むしろ誰かが起こしてくれたら、そっちのほうが驚くわ。
真紀乃は……もう帰ったか。放課後にもう一度説得しようと思ってたんだけどな。まあ、仕方ない。明日にするしかないか。
校庭を通り過ぎると、運動部の連中が用具を片付けながら帰り支度をしていた。今日は本当に寝過ぎたみたいだ。
正門まで来た時、外見からして明らかに不良の三人組に道を塞がれた。真ん中の奴なんて、まるで漫画みたいなリーゼント頭だ。
「……俺に何か用か?」
「お前、橘辰哉だろ?もちろん用があるに決まってんだろ。ちょっとツラ貸せ」
こんな目立つ髪型の男なら覚えている。東高の不良どものナンバー2で、「東高の阿修羅」って呼ばれてる。……本名?知らねぇよ。
あだ名を覚えているのも、ただそれがダサすぎたから。
「俺はもう引退した。お前ら不良のくだらねぇ揉め事には関係ない。もう俺を巻き込むな」
左側の隙間を通り抜けようとしたが、右側の奴がすぐにふさぎ、行く手を阻んだ。
「まあまあ、そう焦るなって。まずこれを見てくれよ」
彼はスマホをスワイプし、画面を俺に向けた。
「……ッ!」
画面には、縛り上げられた真紀乃が映っていた。背景から判断すると、廃倉庫のような場所にいるようだ。
「俺を狙うなら彼女は関係ないだろ。早く解放しろ」
「関係あるかどうかはお前が決めることじゃねえ。彼女を返してやってもいいが、それはお前の協力次第だ。だからツラ貸せるよな、橘?」
「てめえ……そのリーゼント頭、マジで燃やすぞ」
怒りがこみ上げてくるが、ここで暴れたら真紀乃が危ない。冷静にならなきゃ。
「おっと、言葉に気をつけろよ?でないと痛い目見るのはあの女だぜ」
再び真紀乃の画像を指さし、「人質がいるんだからな」と暗にほのめかす。くそ、こんな古典的な誘拐犯の手口に引っかかるとは。
「ちっ……わかったよ」
「じゃあ、さっさと来い。うちのボスが首を長くして待ってんだ」
今は従うしかない。彼らが背を向けて歩き出した隙に、俺はポケットに手を突っ込み、携帯を操作しながら奴らの後に続いた。
俺は三人に連れられて、人里離れた廃倉庫に着いた。入口には斜めに傾いた「私有地につき立入禁止」の看板。わざわざ来なきゃ絶対に誰も通らないような、そんな寂れた場所だった。
倉庫の扉は開け放たれ、中には20人以上の不良が集まっていた。俺たちを見つけると、リーゼント頭に向かって敬礼した。
「修兄!お疲れ様っす!」
……なるほど、修ってのは本名か?それとも「阿修羅」の修?どっちにしろダサいけど。
倉庫の奥、真ん中には椅子に縛りつけられた真紀乃、そしてその目の前には――東高の不良たちのトップ、「BOSS」と呼ばれる男が座っていた。
……いや、「BOSS」って。英語にしただけでカッコいいとでも思ってんのか?こいつらのセンスは絶望的だな。
BOSS……いや、オリオって呼ぶことにする。だって左半分の髪は黒、右半分は白で、まるで101匹わんちゃんの悪役みたいじゃん。
真紀乃は手足をしっかりとロープで縛られ、必死にもがいているが、椅子がきしむ音が響くだけ。口にはガムテープが貼られ、「うっうっ」と悶え声を漏らすだけだ。
「よぉ、やっと来たな。もうちょっとで待ちくたびれるところだったぜ。あと5分遅れてたら、この娘と先に遊んでたかもしれないな。残念だったな、真紀乃ちゃん~」
オリオはボロボロのソファにふんぞり返り、手に持ったバタフライナイフをくるくると回しながら狡い笑みを浮かべた。刃先が真紀乃の頬すれすれを通ると、彼女の瞳孔が一気に縮んだ。
「……俺はもうここに来た。さっさと彼女を解放しろ」
「まぁまぁ、そんなに急ぐなよ。その前に、これを見ろ」
彼は包帯を巻いた左手を振りながら言った。あの怪我は3週間前、俺が記憶を取り戻す前にゲーセンで奴らと揉めたときのやつだ。
「あーあー、いってぇ〜、マジで痛ぇ〜!もう半月以上経ってんのに、まだ疼くんだよなぁ!これ、誰のせいだと思う?」
オレオはわざとらしく左手を押さえて呻きながら、俺の前まで来るとその手で俺の頬を叩いた。
「……何が言いたい?」
「ふふっ、焦るなって。お前のために、楽しくて刺激的なゲームを用意してやったんだよ。その前にまずは、土下座して謝ってもらおうか。『調子に乗ってケガをさせて申し訳ありません』ってな」
さもないと――オリオはバタフライナイフを振り回しながら、真紀乃をちらりと見た。人質の価値を最大限に活用してくれたな、でもこの状況では従うしかない。
俺は静かに地面に膝をつき、冷たいコンクリートに額を付け、オリオに謝罪した。
「調子に乗ってケガをさせて申し訳ありません……」
「っははははは!見たかお前ら!あの伝説の不良・橘辰哉のこの惨めな姿!これは見物だぜ!」
周りの子分たちも一斉に笑い出し、地面にひれ伏す俺を嘲笑った。
「一ヶ月前まで威張り散らしてた不良の親分が、今じゃたった一人の女のためにこんな恥かかされるとはな!マジ笑えるわ!」
「……もう謝った。真紀乃を解放しろ」
「おいおい、何言ってんだよ、こっからが本番だろ?お楽しみのゲームタイム。」
……どう考えても、ろくなゲームじゃなさそうだ。モノポリーかUNOならまだしも、人狼ゲームでもいいんだが、人数は十分だし。




