第三章:拉致された時なにしてますか? 忙しいですか? 救ってもらっていいですか?(3)
「出会って1時間も経ってない人の手を借りなきゃいけないほど落ちぶれてないの。言いたいことはそれだけ?あたし、用事があるから先に帰るわ」
気づけばテーブルの上の料理はすっかりきれいになくなっていた。
ナプキンで口元をぬぐい、バッグを持って席を立つ。
「でも、そういう話ってしたことなかったから、ちょっとすっきりしたかも……そのことだけは、一応礼を言っとく」
またしてもかすかな声で呟きかれた。
「声小さすぎて聞こえないってば」
「おごるって言ったんだから!あたしの分は払わないからね!」
そう言い残し、真紀乃は去っていった。
残されたのは俺と――お会計2,370円のレシートだけ。
これ、2000円の予算すら超えているじゃないか……。
注文した中で、俺はピザ1切れとサラダのレタスを少し食べただけなのに……「おごる」なんて大口を叩かなきゃよかった……っていうか、彼女から「手伝って」って一言もなかったし。
最後の態度から察するに、本当に助けが必要ないというより、単に俺への好感度が足りてなくて「助けを受け入れる」オプションがまだロックされているって感じだろう。つまり、まだ心を開ける関係にはなっていない。
ああ、もしこれが主人公だったら、きっと一発でうまくいってたんだろうな。
このタイミングで顔を赤らめて――
「べ、別にあんたの助けなんか要らないわ!でもどうしてもって言うなら……」と照れながらも最終的には承諾してくれたはずだ。
もし誰かに「一番欲しい超能力は?」と聞かれたら、迷わず「主人公補正」と答えるだろう。
◇
「おい、真紀……水宮、ちょっと話がある」
「誰があんたに名前で呼んでいいって言ったのよ?馴れ馴れしくしないで。あいにく、あんたと話すことなんてないわ」
翌日、俺は教室で堂々と真紀乃を呼び止めた。
予想通り、クラス中が騒然となった。
「ねえ、橘さんが自分からクラスの誰かに話しかけるのって初めてじゃない?」
「しかも相手は水宮さん……」
「二人って知り合いなの?どういう関係なんだろう……」
元々こんな事態を避けるために、教室で声をかけたくなかったんだが、一度フラれた後だと、もう他人の目なんてどうでもよくなってきた。
騒ぎたいなら勝手にしてくれ。
「本当に話さない?優木のことだぞ?教室でその話をぶちまけてもいいの?」
腰をかがめ、真紀乃だけに聞こえるような小声でささやいた。
「脅してるつもり?」
「ちがうって。ただ、優木のことを言われると顔真っ赤になるの、見られたくないだろ?お前のためを思ってだよ」
「余計なお世話よ!それに、別に顔なんか赤くしてないし!」
「5分でいいからさ。ホームルームが始まる前には終わるから」
「本当にしつこいわね……5分だけよ」
真紀乃は歯噛みしながら立ち上がった。すると、それを見た優木が心配して声をかけてきた。
「水宮さん、大丈夫?何か手伝えることある?」
「あたしが何かあっても、あんたには関係ないでしょ? ふん、桐山さんのことだけ見てればいいじゃない」
明らかに拗ねている。棘のある言い方だ。
「まだ怒ってるの?あの日のことは本当に悪かったって、何度も謝っただろ。許してくれよ」
「別に怒ってないわ。最近ちょっと話すことがあっただけで、別に仲良くなったわけじゃないんだから」
「そうか……僕が余計なことを言ったな、ごめん……」
優木の落ち込んだ口調が、そのまま彼の気持ちを表していた。
真紀乃も、自分の言葉が少しキツすぎたと気づいたのだろう。複雑な表情を浮かべていた。唇をかみしめ、指先でスカートの裾をいじる。
言いすぎたと説明したい気持ちと、ツンデレな本音を押し殺す性格がせめぎ合い、結果出てきたのは不機嫌そうな「ふんっ」だけ。
ほんとは顔真っ赤にしてるくせに。
……
重い沈黙が流れる。俺たちは凍りついたようにその場に立ち尽くし、気まずい空気が広がるのを許していた。
すると突然、彼女が俺の袖を引っ張った。
「話があるんでしょ?さっさと行くわよ!」
「お、おう……」
真紀乃に引っ張られるように教室を出ると、背後からは「おおーっ!」という歓声が聞こえてくる。
廊下で話すつもりだったが、みんな窓にへばりついてこっちを見ていたので、結局校舎の屋上まで移動した。
真紀乃は途中の自販機でオレンジジュースを買い、「ガコン」と取り出し口に落ちる音を聞きながら、
「あーっ!また優木に変なこと言っちゃったぁ〜!!」
「だから俺の助けが必要だって」
「い・り・ま・せ・ん!って何回言わせんのよ」
ストローの包装を「ビリッ」と破り、勢い余ってパックを突き破りそうになる。
「俺が手伝ってもお前に損はないだろ?なんでそこまで拒否すんだよ?」
「あんたみたいな金髪チンピラに何ができんのよ?足手まといにならないだけありがたいわ」
こいつ、マジ口悪いな。好意で助けようとしてるのに感謝されるどころか、逆に罵倒される始末。
「逆に聞くけど、なんでそこまでしてあたしを助けたがるの?あたしと優木が……付き合うことに、あんたに何の得があるのよ?」
優木の話になるとまた照れだす。この表情は何度見ても飽きないな。思わずニヤッとしてしまった。
「へっ」
「何笑ってんのよ!ぶっ飛ばすわよ!」
「いや、ただお前が可愛いなって思って……うっ!」
膝を蹴りやがった。ぶつと言うなら殴れよ……
まったく可愛げのない奴だ……
「質問に答えなさい。二度とは聞かないわよ」
「痛て……それは俺が奈月のことが好きだからだよ」
「え?!」
彼女の手からオレンジジュースがすべり落ちかけた。
「お前と奈月って、仲良しだけど恋のライバルでもあるだろ?奈月さんが優木に好意持ってるの、お前もなんとなく気づいてるはずだ。ならお前が優木とくっつければ、俺にもメリットがあるってわけさ」
昨夜考え抜いた完璧な台詞だ。
彼女が俺を信じない一番の理由は、「なぜ他人のためにそこまで?」という動機が見えなかったから。
この世界が小説だとは言えない以上、これが最も説得力のある説明だ。
しかもこれは完全な嘘でもない。三人のヒロインの中で一番好きなキャラは確かに奈月だった。
作者としてね。
これで彼女も疑いを捨ててくれるはずだ。自分の頭の良さに感心せずにはいられない。
「このストーカー誘拐犯が、昨日はよくも狙いは冬美じゃないって言ってくれたわね。冬美をあんたみたいな金髪チンピラに渡すわけないわよ」
またしても予想外の反応。
「そ、それは偏見だろ!?金髪=悪って決めつけんなよ!」
「昨日、あたしのことストーキングしてたじゃん」
「それは……」
授業開始のチャイムが俺の言葉を遮った。
「あんたが何を企んでようと、言った通りあたしはあんたの助けなんかいらないし、冬美をあんたみたいな変態に紹介するつもりもないわ。諦めなさい」
そう言い残して、真紀乃は階段を駆け下りて行った。彼女の背中を見送りながら、いったいどこで間違えたのか考え込む。ゆっくりと教室に戻った。
「え?!今のって修羅場!?まさかの三角関係?!」
「どう見てもNTRじゃん?元々優木くんと仲良かった水宮さんが金髪の橘さんに奪われるとか……って、やば、興奮してきた……」
教室中の噂話が飛び交い、誰も俺が戻ってきたことに気づいてなかった。なぜか俺、優木から真紀乃を奪った金髪になっていたらしい。
いやいや、どっちかっていうと俺が二度もフラれてるんですけど。
なんで助ける側が助けてくれと懇願する羽目になるんだ?普通は逆だろ?
しっかりしろ、橘辰哉。真紀乃の言葉はすべて反語として受け取ればいい。
「諦めなさい」は「もう一度来て」って意味だ。そう、あいつはそんなツンデレなんだよ。
◇




