第三章:拉致された時なにしてますか? 忙しいですか? 救ってもらっていいですか?(2)
顔を上げると、案の定そこには腕を組みながら、上から見下ろす真紀乃がいた。
不良になってから、こんなにキツい言葉を投げかけられたのは久しぶりだ。
不良のリーダーとして学校では有名だと思っていたが、悪い印象を持っていないどころか、そもそも認識されていなかったようだ。
「ストーカーじゃねーし。クラスメートの顔くらい覚えろよ」
「嘘つけ。校門出たときから誰かにつけられてる気がしてたんだよ。クラスメートだってストーカーになり得るでしょ?」
「いや、俺はただ……」
よく考えてみれば、確かにさっきからの行動は完全にストーカーだった。これ、どう説明すれば……
「……黙ったってことは認めたってことね。狙いは冬美?先に帰らせておいてよかった」
あれ、奈月がいないってことは、逆に今がチャンスじゃない?
深呼吸、落ち着け。相手は真紀乃だ。俺が作ったキャラクターだ。前回みたいに美少女JKの前で慌てるんじゃない。
「彼女じゃない。お前に用があるんだ」
「つまりあたしのストーカーってことね」
「だから違うって。話したいことがあるだけだ」
「話?だったら今すぐ言いなさいよ。あたしは忙しいの」
よし、今のところは順調に進んでるぞ。
「ここで立ち話ってのもなんだし、近くのファミレスで話そうか?」
「断る。なんであたしがあんたとファミレスなんか行かなきゃいけないのよ?」
くそ、選択肢を間違えた。セーブ&ロードのチートスキルはどこへ行った。
「俺がおごるよ。2000……いや、1000円以内なら」
貧乏学生の限界だ。
「……食べ物で釣ろうだなんて、ストーカーじゃなくて誘拐犯だったのね」
どうやったら信用してもらえるんだ……やはり切り札を使うしかないか。
「お前、優木のことが好きだろ?」
「え?!な、な、何言ってんの?!」
顔が一瞬で真っ赤に染まった。さっきまでのツンツンした態度が一気に崩れていく。優木の話になるとこんなに動揺するとは、わかりやすいやつだ。
「同じクラスの優木憂司、好きなんだろ?」
「誰、誰があんなチビのこと好きなわけ!? 意味わかんないんだけどっ!」
「だったらなんでそんなに動揺してんだよ。やっぱ好きなんじゃねーの?」
わざと声を大きくし、通りの人たちがチラチラとこちらを見てくる。
「!!!」
「あーあー好きなら素直に認めればいいのに~優木くんが泣いちゃうよ〜?」
「わ、わかったわよ!行けばいいんでしょ!?だからそれ以上こんな人通りで恥ずかしいこと言わないで!」
過程は予想と少し違ったが、結果オーライだ。
「待って――」
彼女が急に俺のリュックのストラップをぐいっと掴んだ。あまりの力に一瞬ふらつきそうになる。
「あんた、本当にうちのクラスなの?」
「マジで俺のこと覚えてないのか……まあいいや」
ため息をつき、仕方なくポケットから学生証を取り出す。
「2年A組、橘辰哉、嘘じゃないだろ?」
疑わしげに学生証を3秒ほど見つめ、突然プッと笑い出した。
「この写真……マグショット?」
「写真写りが悪いだけだよ!」
駅の近くにファミレスがあったはずだ。おれたちはその方向へ歩き出した。
◇
「すみません、ティラミスとチョコレートケーキを追加でお願いします」
「かしこまりました。少々お待ちください」
「……」
店員が空いた皿を下げると、テーブルには短い沈黙が訪れた。真紀乃はフォークでハンバーグを突きながら、なかなか口に運ぼうとしない。
「で、話ってなに?」
「さっきまであれだけ嫌がってたくせに、この状況は何だ?」
チキンドリア、オニオンハンバーグ、バッファローチーズのペパロニピザ、スモークサーモンのシーザーサラダ──
これ、絶対1000円どころか2000円も超えてるよな……
「しょ、しょうがないでしょ!」
突然声を張り上げ、近くの客の視線を浴びると慌てて声を落とした。
「今日の昼休み、あるバカに追いかけ回されて、昼ごはん食べる時間なかったの……」
「バカ」という言葉だけ、特に小さな声になった。
「え?誰に追いかけ回されたって?」
「……絶対聞こえてたでしょ。要点話さないと、この熱々のハンバーグでその顔を焼くわよ」
フォークでハンバーグを刺し、その一片を俺の顔に向けて突き出してきた。
「ちょ、ちょっと落ち着いて。人に刃物を向けるんじゃないって、親に教わらなかったのか?それに、もう要点は話したよ——お前、優木のこと好きだろ?」
「はあ?半日も尾行してきて、それが聞きたかっただけ?」
「まあとにかく答えてくれ。好きなの?嫌いなの?」
「な、なんでそんなことあんたに言わなきゃいけないのよ?しかも初対面の人に恋バナなんてするわけないでしょ!」
「大事なことだ。今後の話に関わるから」
「頭おかしいんじゃないの?」
「かもな。とにかく答えて」
「あ、あたし……あのバカのことなんか好きじゃないわ……」
「本当に?」
「あんな遅刻魔で気が利かなくて、女ったらしのバカなんて誰が好きになるっての!」
──ほんと、典型的なツンデレだな。まあ、予想通りだけど。
「で、本音は?好きなんだろ?」
「……」
黙って彼女をじっと見つめる。すると、だんだんと彼女が落ち着かなくなってきた。
鉄板の最後のハンバーグを口に運び、飲み込むと、フォークとナイフを置いた。
「……好き」
かすかな声で「好き」と呟く真紀乃。
「クラスで孤立してた時、一番最初に手を差し伸べてくれたのが彼だった。どれだけわがままを言っても、最後までちゃんと聞いてくれて……あたしは……そんなバカを好きになったバカなの」
「お、おう……」
突然の「ツン」から「デレ」へのギャップ萌えで、ちょっと言葉が出てこなかった。真紀乃ファンが彼女を好きになる理由が、少しわかった気がする。
「ご注文のティラミスとチョコレートケーキです」
店員が空の皿を下げ、新たにケーキとプディングを運んできた。
「あーっ!何言わせたのよ!こんなこと誰にも話したことなかったのに……」
彼女はアイスティーを啜りながら、なんだか頭から湯気が出ているように見えた 。
「いや、自分の気持ちを言葉にできるようになったのはすごい進歩だよ。自分と向き合えるようになった証拠だ。今回の会話は君の自己認識に非常に良い影響を与えたと思う」
「……あんた、あたしのカウンセラーかよ」
「でもさっきの言葉、優木本人に言える?」
「そ、それは……」
真紀乃は一瞬躊躇った。きっと、自分にはその勇気がないって、彼女自身もわかってるんだろう。
「そんな不器用で素直になれない性格じゃ、無理だろ」
「うるさい、あんたに関係ないでしょ……」
「だからこそ、俺が手伝いたい。優木の前でも自然に話せるように、素直に気持ちを伝えられるように」
彼女が何か言いかける前に、俺が先に思いの丈を伝えた。
……決まった。自分でもなかなか感動的なセリフだったと思う。驚いたような表情を見せたし、これは心の壁が少し崩れたに違いない。
もしこれがギャルゲーなら「真紀乃の好感度が大幅アップ!」って表示が出るはず。
「あんたの助けなんかいらないわ」
「え?」
脚本と違ってない?




