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Interlude:《僕の冴えないラブコメ ♭》

優木(ゆうき)くん……手、繋いでもいい……?」


桐山(きりやま)はベッドに横たわり、発熱で赤らんだ頬が、より一層恥じらいを感じさせた。


布団の中から細い右手をそっと差し出し、指先は微かに震えている。


桐山(きりやま)……僕……」


言い終わる前に、彼女は突然僕の手を掴み、そのまま勢いよくベッドへと引き寄せた。


冷却シートを貼った額の下、大きく潤んだ瞳が僕を真っ直ぐに見つめてくる。頬はうっすらと赤く染まり、髪を下ろしているせいか、普段とは違った雰囲気にドキッとさせられた。


狭いベッドで桐山と並んで横になると、びしょ濡れの服を脱いだ彼女は薄手の下着姿で、布団で体を隠しながら、息をするたびにシーツがかすかに波打つ。


二人の距離はわずか5センチ。


優木(ゆうき)くん……私のこと、どう思ってるの?」


「な、何言ってんだよ……」


「私のこと、好き……?」


「僕は……」


彼女の温かい吐息が頬に触れ、手のひらから伝わる体温、汗とフェロモンが混じり合った淡い香り――すべてが、僕の理性をじわじわと溶かしていく。


外は風と雨で嵐のような騒がしさ。時折、雷鳴が鳴り響いていた。


桐山(きりやま)の家には今、僕たち二人しかいない。何をしても誰にも知られず、何をしてもバレない。


なぜこんなことになったかと言えば、それは5時間前に遡る――


昨日、水宮(みずみや)が突然「今週末付き合ってて」と僕を誘ってきた。


正直、彼女には嫌われていると思っていたから、この誘いは意外だった。


『たまたま重い荷物持ってほしかっただけよ。べ、別にデートじゃないから、勘違いしないでよ、バカ!』


……とはいえ、休日に一緒に出かけてくれるのは事実だ。


水宮(みずみや)とは仲良くしたいし、その日も特に予定がなかったので、快くOKした。


――が、今日になって豪雨。気象庁からは大雨警報まで出ていた。


半分寝ながらスマホを確認すると、時刻は11時30分。約束の時間まではあと30分。


この大雨じゃ、さすがに中止になるだろ……と、思っていた。


あ、そういえば、まだ水宮(みずみや)と連絡先交換してなかったっけ。まあこの天気なら、外に出る人なんていないよな……


せっかくの休日なんだし、もう少し寝かせて……


……


スマホの着信音で、再び目を覚ました。


寝たまま左手を伸ばし、指先で「通話」と「スピーカー」ボタンをタップした。


「もしもし……どちらさま……」


『はあ?!まさかまだ寝てたの?!信じられない!』


スピーカー越しに、水宮(みずみや)の怒号が炸裂した。


「み、水宮(みずみや)……? なんで僕の番号知ってんの……?」


『そんなの今はどうでもいいでしょ! それより今何時か分かってる!?』


思わず体を起こす。時計を見れば、12時35分――


すでに約束の時間を30分も過ぎていた。


「い、いや……こんな大雨だし、自動的にキャンセルだと思って……」


『あたしが中止だなんて言った!? このバカ!! あたし雨の中30分も待ってたのよ!!』


このときようやく状況の深刻さに気づき、血が一気に頭に上り、眠気なんて一瞬で吹き飛んだ。


「ごめん! 今すぐ向かう!切るね!」


『ちょっ、待――』


電話を切ると同時に、タンスから適当に服を掴んで着替え、寝癖のままで家を飛び出した。


水宮(みずみや)がいつも言ってた通り、僕は本当にバカだ。


雨で中止になると勝手に思い込んで、結果、彼女を一人雨の中で待たせて……


最低な男だ。僕は。


「はぁっ、はぁっ……」


びしょ濡れになりながら走る。


雨が顔に打ちつけてくるのも構わず、水たまりを踏み越えて進み続ける。


もう彼女をがっかりさせてしまった。


これ以上、失望させたくない。。


そう思っていた矢先――僕の足が止まった。


街灯の下で、倒れている人影――桐山(きりやま)だった。


雨に濡れたまま倒れ、その手にはビニール袋。


中にはスポーツドリンク、冷却シート、風邪薬が入っていた。


「……!」


声を出そうとしたが、衝撃が強すぎて何も言えなかった。


急いで駆け寄り、彼女の体を抱き起こす。


雨で冷たいはずの体は、異様に熱かった。


「おい、桐山(きりやま)! 聞こえるか!? 返事しろ!くそっ……!」


桐山(きりやま)を背負うと、柔らかな胸が背中に押し付けられるが、そんなことを感じている余裕はない。ただ桐山(きりやま)を家に送り届けることだけでいっぱいだった。


「しっかりしろ……今すぐ家まで送るから……」


くそ、こんな華奢な女の子を背負うだけで息が上がるなんて、普段からもっと筋トレしとけばよかった……!


道中、僕の頭を罪悪感が支配する。


でも、今はデートどころじゃない。


このまま桐山(きりやま)を道端に放置するわけにはいかない。


――俺は、最低の男だ。


(つづく)


風と雨の夜――ふたりきりの部屋、優木と桐山に運命の赤い糸は結ばれるのか?

そして、雨の中忘れられた水宮は、自分の恋心とどう向き合うのか――

交差する想い、その結末とは――

『僕の冴えないラブコメ』第2巻、近日発売!



「なんだこれ!? ここで終わるとか、完全に読者を焦らしてるじゃん!」


ラファエルは本の最後のページを三度確認し、悔しそうに本を閉じた。


「院内では静かにしてください」


病室前を通りかかった看護師に優しく注意され、ラファエルは小声に切り替えた。

「まあまあ、まだ最新巻に追いついてないでしょ? いま第五巻まで出てるんだから、石器時代のロリ天使ちゃん?」


彼女はそう言って、ラファエルに第2巻の本を手渡した。


「おう、真紀乃(まきの)ちゃんが表紙のヒロインだ! よかった、てっきりもう出番ないのかと思ったよ……」


「ふーん? 真紀乃(まきの)推しとは意外だね」


「え? 真紀乃(まきの)って一番人気じゃないの? 推してる人多いと思ったけど……?」


「……別に、そうでもないよ」


言うべきか少し迷ったが、彼女はラファエルの反応が見たいがため、残酷な真実を伝えることにした。


「まあいいけどさ~。どうせ人間のセンスなんて、あんまり当てにならないし。私は別に気にしないもん」


思ったよりつまらない反応――彼女は内心そう思った。


「わざわざ面白い反応なんか取らないよ」


「……今度来るときまでに、『読心禁止』の張り紙でも壁に貼っておこうかな。」


彼女は壁の注意書きを見渡す。ちょうど「禁煙」の横に、空いたスペースがあった。


真紀乃(まきの)か……私はあまり好きなキャラじゃないんだよね。なんか、昔の自分を見てるみたいでさ。素直じゃないせいで誤解されて、大切なものを逃してばかりで。たとえば、第一巻のラストとか――真紀乃(まきの)がもっと早く優木(ゆうき)と連絡先を交換して、『雨でも行くよ』って伝えてたら、遅刻もしなかったし、桐山(きりやま)とも出会わなかったはずでしょ。」


「もしかしたら、真紀乃(まきの)ちゃんと似てるからこそ、私はよく君と話すのかもしれないね。そういえば、昔の君って、どんな感じだったの?」


「どんな感じだったの?」


「失礼だな、他人の記憶を覗くなんて倫理に反するでしょ。私はこんなことしないよ。」


「でも他人の心の声を聞くのは問題ない……げほ……げほ……」


「大丈夫? お水飲んで」


激しい咳に話を遮られ、ラファエルはテーブルのグラスを取り、空っぽのグラスに、水がスッと湧き上がった。


彼女はそれを受け取り、一口飲むと、ようやく咳が収まったようだった。


「大丈夫。ちょっと咳が出ただけ」


「そう……じゃあ、私はそろそろ帰るわ。2巻の続きはまた今度。」


「さっさと仕事に戻りなさいよ。私の療養の邪魔だから。」


「うるさいわね」


白い病室に響く、いつも通りのやりとり。


だが彼女の周囲には、いくつかの医療機器が増えていた。


点滴スタンドから透明なチューブを通して、薬液が静かに彼女の細い腕へと流れ込んでいた。


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