2.夢、そして二度目の死
夢を見た。
目を開けると、黒髪に黒衣を纏った美少女がうつむき加減に、ベッドの上の俺に覆いかぶさっていた。 さらりと俺の顔に垂れ落ちる彼女の長い髪。 頬をくすぐるその感触。 いい匂いだ。ラベンダーの香りだ。
彼女の背後では、光に群がる羽虫たちが、チリチリと音を立てて白熱灯にぶつかっている。 逆光だというのに、彼女の整った小さな鼻と、鮮やかな紅い瞳だけは、はっきりと見えた。
「人間、お前は死ぬぞ」
彼女はそう言った。
おい! 目覚め早々、なんてこと言うんだよ。 まったく……せっかく一瞬ドキッとした俺の純情を返せ。 それにだ。
「そのセリフ、ついさっき聞いたばかりだろ」
「あ、そういえば確かに言ったわね」
彼女はゆっくりと身を起こし、長い髪を背中へと流す。
「でも、あの時の『人間としてのあなた』は、確かに死にかけていたもの」
「どういう意味だよ。じゃあ、今は?」
「今の『吸血鬼としてのあなた』も、もうすぐ死ぬわ」
……何を言ってるんだ、こいつは。
「ハハハ、なんだそれ。お前ら吸血鬼には、そうやって新人をからかう伝統でもあるのか? どこのオフィスの古株様だよ。目覚めたばかりの新人捕まえて、適当な冗談言ってんじゃねーぞ、おい」
「……誰が古株のオバサンよ。ちょっとムカつくけど、どうせあなたの最期の言葉になるだろうから、大目に見てあげるわ。人間、あなたは本当に死ぬのよ」
だからさぁ。 そんな全身真っ黒な、いかにも不吉ですって格好の女の子に言われても、信憑性が皆無なんだよ。
「え? ちょっと待て、マジで?」
「マジよ」
「冗談じゃなくて?」
「冗談じゃないわ」
「待て待て待て、話が違うだろ! 数時間前の説明と違うじゃねーか! 転化は成功したとか、これからは無尽蔵の寿命と栄華を手に入れた吸血鬼だとか、高笑いしてただろ! ベッドから降りる前に前言撤回かよ、医学部の新入生でももうちょっとプロ意識あるぞ?!」
「……もう、うるさいわね。それに私、栄華を極めるとかそんなこと一言も言ってないじゃない」
「おかしいなぁ……」
黒髪の女は、その華奢な顎に手を当て、もう片方の手で分厚い古書をパラパラとめくっている。
「手順通りにやったはずなんだけど。転化が完了した直後に発光するなんて事例、どこにも載ってないわ」
「おい、人間」
彼女が俺の方を向く。
「なんだよ、ヤブ医者」
「痛くはないの?」
「痛くはない」
吸血鬼になったのに、まだ痛みなんて感じるのか?
「でも、あなた今、光ってるわよ」
光ってる? 俺は自分の手を見た。 ……本当に、これが俺の手か? 指の関節が以前より一・五倍ほど長くなっている。爪も鋭く、細長くなっていた。 だが、指の変化はさておき。 彼女は嘘をついていなかった。俺は光っていた。 手だけじゃない。全身が白い光に包まれている。吸血鬼になったのか天使になったのか、どっちなんだよ。めちゃくちゃ眩しいんだけど。
俺を包む光はさらに輝きを増し、白熱灯の明かりを飲み込むほどに部屋中を照らし出した。
「暑いわねぇ、人間。生まれたての吸血鬼って、死んだら太陽になるのかしら?」
「他人事みたいに言ってないで、なんとかしろよ!」
「無茶言わないでよ。本にも書いてないし、私だってこんなの初めてなんだから、どうしていいか分からないわよ」
「おい、俺死ぬんだろ? マジで死ぬんだろ? お前の運転する車に撥ねられた挙句、今度は吸血鬼の同僚に見殺しにされるのかよ。ていうか、吸血鬼のくせに交通事故起こすとか、お前本当にダサいな!」
「わ、私が轢いたんじゃないわよ! 私はただ……たまたま! 道端で車に撥ねられてたあなたを拾っただけなんだから……」
彼女の声がだんだん小さくなる。 あ! やっぱりお前か! 責任感のかけらもねぇな!
「あー、もうダメ、無理、暑すぎる……。もう、メイクが崩れちゃうじゃない。人間、私ちょっと外で涼んでくるから、終わったら呼んで」
「は? 終わったらって何だよ、おい、どういうことだよ……」
俺はベッドから降りようともがいたが、体は真夏の綿菓子のようにぐにゃりと力が入らない。 ベッドの縁にしがみつき、なんとか身を起こそうとするが、体力が尽き果て、強烈な光の中で意識が遠のいていった。




