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ギフト・オブ・ファングズ  作者: アルキム
12/16

12.市街地のルール

 王宮の外、ペレシュ市街の路地は、絡まった毛糸のように入り組んでいた。


「一体、城の外まで来て何をするつもりなんですか?」


 俺の声には、さっき身ぐるみを剥がされた怨念がまだこもっている。


 エリアンは俺のマントを羽織って先頭を歩いている。足取りは軽く、機嫌が良さそうだ。対照的に、俺はいつ不意に雲の切れ間から太陽が顔を出すかとビクビクしながら、首をすくめて後ろをついていくしかない。


「何をするか、ですって?」


 彼女は振り返り、魚を咥えた猫のようにニヤリと笑った。


「もちろん、貴方という『勇者』がどれほどの値打ちか、見極めるためよ。こっちへ来なさい」


『地元民』であるエリアンの先導で、俺たちは迷路のような裏路地を進んだ。やがて彼女は、底が見えないほど薄暗い路地の入口で足を止めた。


 そこは人が二人並んで歩くのがやっとの狭さで、染みだらけの壁からは水が滴り、吹き抜ける風には鼻を突くカビと酸の臭いが混じっていた。


 ……素晴らしい。闇取引や臓器売買を行うなら、教科書に載せたいくらい完璧なロケーションだ。この王女殿下は俺に何をさせる気だ? まさか『返品』プロセスの第一段階じゃないだろうな?


「コホン、ここに入るんですか?」


 俺は咳払いをし、足の震えを悟られないよう背筋を伸ばして尋ねた。


 実力を見極めると言われた以上、ここでビビるわけにはいかない。せめて中で何が行われているのか確認してから死にたいものだ。


「ハッ」


 エリアンは短く嘲笑し、フードを脱いだ。


「何を寝ぼけたことを言っているの? ここは貴方のような偽物勇者が足を踏み入れていい場所じゃないわ」


「ジャンヌ、その『勇者様』を見張っていてちょうだい。逃がさないようにね」


 エリアンはそれだけ言い残すと、躊躇なくその闇の中へと足を踏み入れた。彼女の足音はすぐに暗闇に飲み込まれていく。


 ……え? 待って、俺は入らなくていいの?


 彼女一人で? このどう見ても危険度マックスな路地に?


「彼女を一人で行かせて大丈夫なんですか?」


 俺は声を潜め、隣のジャンヌに尋ねた。


 ここはどう見ても、深窓の令嬢である王女殿下が来るべき場所じゃない。それに彼女は見た目だけなら俺より年下の少女だ。今朝殺されかけたとはいえ、さすがに良心が痛む。


「大丈夫です」


 ジャンヌは小さく首を横に振った。その顔には、人を安心させるような微笑が浮かんでいる。


「エリアン殿下は、この界隈では……かなり『顔が利く』お方ですので」


 首を振る動きに合わせて、金色のポニーテールがさらりと揺れる。声はムクドリのさえずりのように澄んでいる。


 うーむ、彼女がそこまで断言するなら、部外者の偽勇者が口を挟むことでもないか。


 そういえば、今朝俺の部屋で指向性爆破魔法をぶっ放したのは、目の前にいるこのジャンヌさんだったはずだ。だが今の彼女は、小さな木の杖を握りしめ、伏し目がちに立っているだけ。その大人しそうな佇まいは、元の世界で図書室の窓際に座っていた優等生のクラスメイトを彷彿とさせる。


 間違いなく、あの過激な王女に唆されたに決まっている。


「ジャンヌさんは、よくエリアン殿下と外出するんですか?」


「私とエリアンは、勇者様とは違いますから。私は平民ですし、むしろこちら側が私のホームなんです」


「二人を見ているとすごく自然で、身分の差なんて感じませんね」


「私と殿下の関係は……たぶん、勇者様が想像されているようなものではないと思います」


 彼女にも何か事情があるようだ。俺はもう一度暗い路地に目をやり、それ以上追及するのはやめて、路地の向かいにある日陰の壁際に移動し、背中を預けて座り込んだ。


 手持ち無沙汰に、俺は王宮下の市街地を観察し始めた。


 ここには、俺がファンタジー小説で想像していたような円塔も石橋もない。精緻な彫刻のアーチも、魔法が織りなす幻想的な光もない。


 並んでいるのは、定規で引いたように直線的で無骨な建物ばかり。黒い瓦、灰色の壁。まるで鉛筆のスケッチ画のように色彩に乏しい。街全体が、長年現実に浸され、煤にまみれた骨格のようで、至る所に歳月の爪痕が刻まれている。


 唯一目立つのは時計塔だ。それほど巨大ではないが、周囲が単調なだけに際立って見える。灰石の外壁は風雨に削られて角が取れ、古紙の折り目のように斑らになっている。文字盤は鈍く光り、漆黒の針が重苦しく時を刻んでいた。


 近くの街角に立つ木製の看板には、俺の読めない文字が刻まれている。その傷の一つ一つが、時間のひび割れのようで、見る者に溜息をつかせるような疲労と風雪を感じさせた。


 鳩のような鳥が数羽、向かいの家の窓辺に降り立ち、植木鉢の虫を啄んでいる。ぼんやり眺めていると、それらは突然「バサバサッ」と飛び去ってしまった。


「おい、そこの兄ちゃん」


 鳥を追い払った元凶は、そのダミ声だった。


 顔を上げると、いつの間にか人相の悪い連中が数人、俺を取り囲んでいた。袖から覗く腕には血管が浮き出ていて、一目で『面倒ごとの化身』だとわかる地元のゴロツキたちだ。


 ……マジかよ。初期村を出てすぐに遭遇するテンプレイベントか? 捻りがなさすぎるだろ。


「誰だ? この辺じゃ見ねぇ顔だな」


 リーダー格らしき髭面の男が、値踏みするような視線で俺を舐め回す。まるで市場の家畜を見る目だ。

「ここがどういう場所か知ってんのか?」


「俺は……人を待ってるだけだ」


 俺は極力穏便に、無害なトーンを装って答えた。


「人を待ってるぅ?」


 髭面は鼻を鳴らし、道端に唾を吐き捨てた。取り巻きの二人が下卑た笑い声を上げ、じりじりと包囲網を縮めてくる。


「誰を待ってるってんだ? ここはテメェみてぇな優男がピクニックに来る場所じゃねぇんだよ」


 俺は溜息をつき、壁から背を離して立ち上がった。服の埃を払う。


「わかったよ、なら場所を変えて――」


「待てよ」


 男の粘りつくような声が呼び止めた。


「何を急いでんだ?」


 彼はニヤリと笑い、黄色く濁った歯を剥き出しにした。片手が不躾に伸びてきて、俺の服の生地を指先で擦り合わせる。


「いい服着てんじゃねぇか……? どこのお坊ちゃんが社会見学に来たか知らねぇが、ここに来たならここの流儀ルールってもんがあるだろうが」


 こめかみがズキズキと痛む。


 召喚されてからこっち、ろくなことがない。希少動物扱いされ、暴力王女に拉致され、挙げ句の果てにこんな三流チンピラに絡まれる。俺の残り少ない忍耐ゲージは、もうレッドゾーンだ。


 それにコイツら――どう見ても、第一章で秒殺されるためだけに存在する『かませ犬』だ。


 なら……。


 まあいい、少しはこの新しい体の性能テストでもしてみるか。戦闘経験なんてないが、腐っても吸血鬼だ。素人の人間相手なら……なんとかなるだろ?


 悪いな、雑魚キャラA、B、C。俺の異世界勇者デビューの最初の踏み台になってもらう。


 俺は密かに息を吸い込み、掴まれた肩を回して筋肉をほぐした。さあ、現役勇者(吸血鬼)の実力を見せてやる――そう思った、瞬間だった。


「シュッ――!!」


 鋭利な風切り音が、淀んだ空気を切り裂いた。


 それは幻覚かと思うほど速く、俺が認識するよりも早く完結していた。


 直後、「ドスッ!」という鈍い音が響く。


 洗練されたフォルムの投げナイフが、髭面の男の耳の輪郭スレスレの位置で、背後の古びた煉瓦壁に深々と突き刺さっていた。


 柄の部分が凄まじい衝撃の余韻で微細に振動し、「ブゥン」と低い唸りを上げている。


 男の髭の切れ端が、ふわりと宙を舞い、ゆっくりと落ちていった。


 空気が凍りついた。


 髭面の男の顔から卑しい笑みが消え失せた。眼球だけを必死に動かして自分の耳の方を見ようとするが、何が起きたのか理解できていないようだ。取り巻きの二人も、幽霊でも見たような顔で固まっている。


 たっぷり三秒が過ぎてから、男はようやく氷水をぶっかけられたように激しく身震いした。俺の肩に置いていた手が、錆びついた機械のようにギギギと引き戻される。顔色は瞬時に壁の漆喰よりも白くなった。


「ひっ、逃げろッ!」


 誰かの悲鳴を合図に、三人は弾かれたように駆け出した。尻尾を巻いた野良犬のように、一度も振り返ることなく路地の彼方へ消え去っていく。


 俺はゆっくりと首を巡らせた――。


 数歩離れた場所に、ジャンヌが立っていた。


 美しい金色のポニーテールが風に揺れている。その表情は、獲物を仕留める狩人のように冷徹で、鋭い挑発の色を帯びていた。


 しかし、俺と視線が合った瞬間、彼女は「ハッ」としたように小さく目を見開いた。


 まるで、俺の存在を今思い出したかのように。


 次の瞬間、彼女の中で何かのスイッチが切り替わった。眼光の鋭さは潮が引くように消え失せ、いつもの内気で人畜無害な、大人しい文学少女の仮面がスッと被せられた。


 彼女は口元に、営業用のような甘く控えめな微笑みを浮かべた。


「あの……勇者様。あのナイフ、取っていただけますか?」


 彼女はムクドリのような可憐な声でそう言った。


 俺の視線は、壁に深々と突き刺さったナイフへと戻る。刃の周囲の煉瓦には、蜘蛛の巣のような亀裂が放射状に走っていた。


 喉が渇く。俺は無意識にゴクリと生唾を飲み込んだ。


 エリアンが暗い路地から戻ってきた時、その口元には悪戯が成功したような意地悪な笑みが浮かんでいた。


「なによ、その顔?」


 彼女は俺を一瞥しただけで、俺の顔に張り付いた微妙な心虚さと恐怖を正確に見抜いたらしい。眉を片方上げてみせる。


「幽霊でも見たような顔してるわよ」


「な、なんでもないです……」


 俺は慌てて視線を逸らしたが、目は勝手にジャンヌの方へと吸い寄せられてしまう。彼女は何事もなかったような顔でニコニコしている。数分前の『殺しのプロ』のような姿は幻だったと言わんばかりだ。


「ふーん。ま、貴方に妙な真似ができる度胸があるとも思えないけど」


 エリアンは意味深に言葉を伸ばし、俺を値踏みするように見やった。「一応、覚えておくわ」


「で、そっちはどうでした? ずいぶん時間がかかってましたけど」


 俺は不自然さを隠すために、ぶっきらぼうに話題を変えた。


「ほら」


 彼女は皺くちゃになったメモ用紙を俺の目の前でヒラヒラと振ってみせた。


「ちょっとした収穫があったわ」


「『午前十時、ルーグ通りと灰時計通りの交差点にある小広場にて、次の取引を行う』……」


 彼女はメモを読み上げた。


 どこだよそこ。それに……。


「何の取引です? そもそも『彼ら』って誰のことなんですか?」


「ジャンヌ、行くわよ」


 ……この女、俺の話を完全にスルーしやがった。


「おい! 一体何をするつもりなんですか! ちゃんと説明してくださいよ!」


 俺は慌てて追いかける。


「ちょっとした実地調査よ。怖気づいたのなら、一人でお城に帰ってもよろしくてよ?」


「帰れるわけないだろ! 無理やり連れ出したのはどこのどいつだ!」


 それに、こんな迷路みたいな場所で一人にされたら、来月まで王宮に辿り着ける気がしない。


「ちょっと、待ってくださいよ!」


 俺は観念して、俺を待つ気配など微塵もない二人の背中を追いかけた。どう考えても怪しさ満点の『取引現場』へ向かって。

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