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ギフト・オブ・ファングズ  作者: アルキム
10/16

10.王女殿下の激震モーニングコール

 昨晩の、あの『公開処刑』と呼ぶに相応しい歓迎宴会が、ようやく終わった。


 シャンヤ殿下とアデルという、万年ポーカーフェイスの二人に『護送』され、俺はほうほうの体で自室へと逃げ帰った。


 脳内は、人生を疑いたくなるほど強烈な食べ物の匂いと、その場で気絶したくなるような恥ずかしい事故の数々で埋め尽くされていた。国王陛下の白々しいほどの過度な賛辞、実験動物を観察するかのような貴族たちの視線、そして王女による容赦ない公開罵倒……すべての映像と音声が、正体不明の薬用酒の味と混ざり合い、頭の中でガンガンと響いている。


 窒息しそうにきつかった礼服の襟元をどうやって引きちぎるように緩めたのか、ピカピカに磨き上げられているが靴擦れ必至の革靴をどうやって部屋の隅へ蹴り飛ばしたのか、記憶が定かではない。


 本来なら、吸血鬼として迎える夜は、長く覚醒した拷問の時間になるのではないかと心配していた。天井の模様と朝まで睨めっこをするか、あるいは未知の吸血衝動に苛まれて悶え苦しむことになるんじゃないかと。だって映画や小説じゃそう言うだろ? 『昼が死ぬ時、我らは目覚めん』とか、『鮮血は眠らない』とかさ。


 で、結果は?


 俺が柔らかすぎる巨大ベッドに、見事な『大の字』でダイブした瞬間、意識は秒速で無底の闇へと沈んでいった。


 そのまま、一度も起きることなく今の今まで爆睡していた。

 宴会のことも、王女のことも、吸血鬼バレの恐怖も、どんな悪夢さえも俺を訪ねては来なかった。


 意識が混沌の底からゆっくりと浮上してくる。あの薬用酒による二日酔いは、頭痛ではなく、全身をぬるま湯に浸したような奇妙な怠惰感をもたらしていた。


 少なくとも、『歓迎』という名の煉獄のような宴会は、どうにか乗り切ったのだ。

 ロクサナ・キャロル団長が味方してくれたおかげで、俺の『勇者』という肩書きは、中身が九割水増しで外側を金メッキで三回コーティングしたような代物だとしても、ペレシュ王国の貴族たちの間では、辛うじて及第点で通ったことになったらしい。


 当分の間、彼らが腹の底で何を考えていようと、表面上の恭順は維持されるはずだ。


 もちろん、あの王女殿下は例外だが。

 あの女は俺を見る時、生ゴミを見るような目を隠そうともしなかった。まあいい、変に猫を被られるよりはマシだ。虚飾にまみれた貴族の相手をするだけで十分疲れるんだから。


 はぁ……とりあえず、先のことは考えないでおこう。

 今日はもう、面倒な予定はないはずだろ? 少しぐらい、吸血鬼特有の昼夜逆転した堕落ライフを安心して楽しんでもいいよな?


 うん! 吸血鬼が昼間に寝るのは自然の摂理だ! 種族としての特権だ!


 俺は寝返りを打ち、誰にも(特にアデルに)叩き起こされることもなく、太陽に焼かれることもない、この至福の静寂を貪ろうとした――その時だ。


 カサリ。


 微かな異音が、耳に滑り込んできた。

 窓外で囀る朝の小鳥の声でもなければ、王宮の仕事を始める従者たちの規則正しい足音でもない。

 音は極めて軽く、慎重に殺された気配があった。まるで数枚の羽根がドアを撫でたような、それでいて微かな金属の摩擦音を含んだ音。


 俺は寝たフリを維持し、呼吸のリズムさえ変えずに、意識だけを聴覚へと集中させた。


「ジャンヌ、ここで間違いないの?」

「はい。昨晩、魔力でマーキングを施しましたので」

「なら、始めるわよ」

「本当にお城の中で使うのですか?」

「構わないわ、何かあれば私が責任を取るから」

「わかりました、では……」


【Rupes Ruina.岩崩】


「ドゴォォォォンッ!!」


 空が落ちてきた。

 比喩じゃない、文字通りの意味で『落ちて』きた!


 鼓膜を破るごとき轟音と、空気の断末魔のような風切り音と共に、天井板ごと馬車サイズの巨岩が、俺の頭上へ垂直落下してきたのだ!


「うわぁぁぁぁっ!?」


 脳の処理は追いついていないが、体は人外の生存本能に従ってベッドから弾かれたように飛び退いていた。巨岩が着弾するコンマ一秒前、俺は無様極まりない姿勢で部屋の反対側へと転がり込む。(昨日の逃走劇のおかげで、この手の回避行動だけは無駄に洗練されていた!)


 ついさっきまで俺が横たわっていた哀れなベッドは、瞬く間に雪崩れ込んできた瓦礫と断木に飲み込まれ、押し潰されたカエルのような音を立てて消滅した。


 ズズズーン!!


 部屋中が土煙に包まれ、視界が完全に遮断される。俺は頭が真っ白になりながら、目を限界まで見開いて、埃に霞む瓦礫の山を凝視した。


 な、何が起きた!? この吸血鬼ボディの反射神経がなければ、今頃俺もあのベッドと同じ運命を辿り、床にモザイクアートとして象嵌されていたところだぞ!


 やがて粉塵が薄れると、そこにある光景が露わになった――。

 瓦礫の山の上に、二つの人影が立っていた。


 昨日俺を罵倒した赤髪の王女と、彼女に付き従っていた金髪ポニーテールの少女だ。

 そして今、尊き王女殿下は、昨日と全く同じ『汚物を見る目』で俺を見下ろしていた。


「チッ。逃げ足だけは速いのね」


 おい! なんだその心底残念そうな舌打ちは! お前、今間違いなく殺す気だったよな!?


 俺は体についた埃を払い、湧き上がる罵詈雑言を必死に喉の奥へ押し込むと、引きつった笑顔を浮かべた。

「これぞ……王室特製『サプライズ』モーニングコールというわけですか? いささか熱烈すぎる気がしますが」


「とぼけないでちょうだい、ウィラン・シラツカ」

 王女殿下は腕を組み、瓦礫の上から傲然と言い放った。

「この程度の小手調べにも対応できないようなら、それこそ貴方のヘタレ具合に『サプライズ』させられるところだったわ」


「寝ている人間に岩石魔法をぶっ放すのを『小手調べ』とは言わないでしょうが!」

 俺はついに我慢できずに吼えた。


 この世界は俺に安眠を許さないつもりか? それとも吸血鬼の体質は『安眠』という言葉と絶縁状態にあるのか?

 このままじゃマジで神経衰弱になるぞ!


「フン。一応『勇者』を名乗っているのですから、少しは気骨のあるフリくらいなさい。私が魔法で起こして差し上げただけ人道的だと思いなさいよ。昨晩の酒に毒を盛らなかっただけ、偽物の貴方に対して情けをかけてあげた方ですわ!」


 ……背筋が凍るような言い草だ。俺の直感が告げている、この女は間違いなくそれを実行できるタイプだ。

 俺は深く息を吐き、彼女とまともな会話を試みるのを諦めた。


「わかりました。それで、王女殿下の目的が俺の寝込みを襲って始末することではないのなら、一体何のご用でしょうか?」


「あら? あの白髪頭のポーカーフェイスな過保護ママがいないと、貴方を訪ねてはいけない決まりでもあって?」


 ……結構ムカつくな、このプリンセス様。


「エリアン様」

 隣にいた金髪ポニーテールの少女――ジャンヌと呼ばれていた――が、低い声で警告した。

「外が騒がしくなっています。衛兵たちが来るのも時間の問題かと」


 案の定、廊下からは慌ただしい足音と共に、メイドたちの悲鳴に近い声が聞こえてきた。


「勇者様!」

「勇者様、ご無事ですか!?」

「また転んだんじゃありません?」

「転んであんな音がするわけないでしょ」

「でも勇者様だし?」

「勇者様は象じゃないのよ!」


 外で繰り広げられる次第に失礼になっていく議論を聞き流しながら、エリアン王女は不敵な態度で瓦礫の中から布切れを引っ張り出した。


 俺の、今や見る影もなく薄汚れたマントだ。


 彼女はそれを無造作に、バサッと俺の顔へ投げつけた。


「着なさい」


 彼女は有無を言わせぬ命令口調で言った。


「グズグズしないで。死にたくなければ、私についてくることね」

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