夕方の激突
その視線の先から朝に見た波動弾と同じものが飛んでくる。直線的に飛ぶその攻撃を余裕でかわし校舎の屋上にいる魔法少女と目が合う。ゆっくりと挑発するように距離を取り、その意図を理解したのだろう。彼女は追随して距離を詰め、両手に高エネルギーの塊を作りながら目の前で立ち止まる。
「朝から人の多い学校を襲おうとしたんか知らんけど、大きな隙を見せながら跳ぶ阿呆はアンタやな? ダメダメやな~新人か?」
余裕そうに話す彼女だが片時も私から目線を逸らす事は無かった。常に警戒し、いつでも溜め切った波動弾を発射出来る体勢。油断も隙も無いその姿は魔法少女としての経験が多い事を語る。
だが幸い相手にはまだ私の能力を完全に把握していない。大方の予想は出来るだろうが確信には至っていないだろう。あの波動弾と位置の入れ替えが出来れば一瞬にして間合いが詰められるだろう。だがそれは賭けだ。そんな危ない橋を渡るよりかは確実に殺せる手を使いたい。
両者共に相手の出方を窺いながら静かな時間が過ぎる。大きく息を吸い、ゆっくりと吐く。バレないように必死に抑えていた脚の震えが段々と治まっていく。
「私にも魔法少女になったからには願いがあるんや、新人さんにはここで消えてもらうで」
そう、これは互いの願いを賭けた戦い。どちらも引く気は無い。どちらも負ける気は無い。ただ勝って願いへ前進するのみ。
これから妹のために目の前の魔法少女を殺す。その勇気と決意を再度確認し鋭い視線で彼女の波動弾にステッキの先端を向ける。妹を思えば脚の震えなど簡単に止まる。肩幅まで脚を広げ、姿勢を低くした体勢で待ち構える彼女でも私の能力は先手を取れる。
「インヴァート!!」
大きな声で唱えると共に戦闘が始まるも依然として何も起こらない。波動弾との位置の入れ替えは不可能、とっさに彼女の後ろに置いておいた花瓶と位置を入れ替える。後ろを取る先手必勝の技。そして二度目からは予想されやすい能力だからこそここで決めなければならない。
ステッキからナイフを射出し、背後から奇襲を仕掛けたが、驚異の反射神経で交わされる。空振りで出来た隙に間髪入れず波動弾が飛んでくる。勢いよく飛びあがりそれを避けるもその威力は遠目から見ていた時よりもすさまじく崩れた屋根の破片が周囲に散乱し、思わず目を瞑る。
先程までの穏やかな下校する生徒の光景は消え去り、騒々としながらも、訓練されたかのように速やかに離れていく。
薄く目を開けると次弾が既に溜め終わりこちらへ飛んで来ている。能力を活用し彼女との距離を取る。轟音を上げながら破裂する波動弾の衝撃波と強さを受け、額に汗が滲む。完全に押されている状況。離れればあの攻撃を避ける事は楽になる。だが、こちらの攻撃手段はナイフで刺し殺すのみ。距離を縮めても彼女には届かない。ただ逃げる事しかできない。
相手の強さにステッキを持つ手がまた震えだす。しかしその震えは朝の様に全身を硬直させるほどのものではない。
「物の位置を入れ替える能力……ちょこまかと逃げて面倒やな~」
発射した瞬間に次弾の装填。明らかな実力差があるというのに彼女はいつまで経っても隙を見せない。堅実で着実に私を殺す気だろう。ゆっくりと近づく彼女に合わせじりじりと後ろに下がっていく。距離を詰めれないという事は私の出来る反撃の方法は一つ。
放たれた波動弾をギリギリまで引き寄せ、彼女と場所を入れ替えて自爆させる事。自然な形で後ろが壁の所まで来た。
私ならできると何度も心の中で復唱する。ギリギリのタイミングにしなければ意味がない。それは一歩間違えれば当たる事を指す。極限まで波動弾に集中し――
「インヴァート!!!」
目の前で位置を入れ替え、避ける事は出来ない――だが、破裂音が響くことは無かった。ここに来ての誤算。彼女の意志で消滅させる事も出来ると予測。否、そんな事は出来ない。そして破裂しなかった理由を確かめようと振り返る視線の先には波動弾をボールの様に受け止め投げ返す彼女の姿が目に映る。波動弾と同じ色に染まった手で軌道を百八十度変えたのだ。
再度チャージし直し、射出するよりも早く飛来予想外の攻撃に思考が鈍り、判断が遅れる。避ける事だけを考え、当たる直前でステッキを振りかざし位置を変える。
視点が一気に変わるが依然として波動弾が至近距離に映る。適当に振ったため入れ替えた物との距離が近すぎた。
「インッ――!!」
もう一度逃げようとするも破裂の方が一歩早く、直撃ではないものの至近距離でその衝撃波と散らばる破片を身に受ける。大きく吹き飛ばされ、背中に瓦礫の当たった感触が突き刺さる。
「……これで終りや」
二、三メートル離れた位置に降り立ち、次弾を構える。今までよりも濃い青い光に照らされ、確実な死を確信する。衝撃でステッキは手放してしまい、痛みで這いずるのがやっとの事。逃げ道は無い。
『――ウィルネさんは戦えるんですか? あんまり戦う事好きじゃないんですけど……』
『戦えない事はないけど、せっかく溜めた力を消費しなくちゃいけないだ。だからボクらは基本的に手を出さない。ボクが今度キミを助ける事は無いよ』
『……もう少し人間を大切に扱ったらどうですか。何もかもが酷いですよ――』
事前に確認した通りウィルネさんの助けも無い。これを避ける術はない。だが、彼女は笑みを浮かべた。自分の願い事が終わるというのにも関わらず、死の痛みにこれから襲われるというのにも関わらず、死んだらどうなるのかも不確定なのも関わらず、彼女は笑った。その笑顔は誰かに似た気味の悪い笑顔だった。中身が入れ替わっているわけでもなく、彼女自身からこの笑みが溢れ出した。ウィルネの浮かべる笑顔に少し共感した。
「――やはりキミにして良かった――」
その気味の悪い笑顔を向けられれば死への恐怖に成す術も無く、全てを諦めた虚脱の笑みかと思うかもしれない。だが、彼女の中に死ぬという未来は見えていない。
彼女と目が合い恐怖を覚える。何が面白い、何に対しての笑みなのか全く理解が出来ない。ただ、その真っ黒な瞳はどこまでも続く闇の様に虚ろで、それでも彼女には見えている。自分が勝つ世界を。
「……森 奈々華――」
そう唱えるとスッと波動弾が消え失せ、胸のクリスタルに罅が入りその場に倒れ込む。クリスタルと同期しているかのように彼女の全身にも罅が入り苦しそうに悶える。
『魔法少女の死ぬは二通りある。正体がバレる事と戦いに負けること。』
「ど、どうやって……学校へ入るのも遅らせたはず」
額に流れる血を拭きながらゆっくりと立ち上がり、未だに笑みの絶えない表情で一瞬で立場の逆転した彼女の顔を覗き込む。
「簡単な話だよ――」
先に変身を解き、学校へ向かったが校内に入ることはせずにその前でひっそりと正門を監視し続けた。魔法少女の言動からして同じ学校の生徒に違いない。そう考えての行動。二時間張り込めたのは正解だった。
そしてその後に正門をくぐった人数は十一人。そのうち魔法少女になれるのは五人。二人は同じ学年の知り合いで関西弁や『ダメダメ』などは多用しない。残りは他学年の三人、ウィルネさんに協力してもらい関西弁と口癖を調べてもらった。私は中庭でこっそりと聞き耳を立てて判断をした。
「――全く……人使い、いやウィルネ使いの荒い魔法少女だよ」
優雅に、それでいて楽しそうにいつもの気味の悪い笑みを浮かべたウィルネが姿を現す。徐々に罅が身体を壊していく様をまじまじと見ながら彼女の周りを飛び回る。
「いや~それでも凄いね。着実に願いへ近づいているよ」
毎回この時のウィルネの顔が嫌いだ。どこまでも深いその目に恐怖を覚え、明らかに想像できる範囲よりも深く、広い野望を感じる。妹を目覚めさせる事が出来るのならば良いが彼に、いや得体のしれない彼らに魔法少女となり協力する事に嫌な予感を覚え始める。だが、そんな気を上から見えなくするほどの願い。
全身に罅が入り、涙を流しながら何かを唱える彼女に目を向ける。彼女の願いは今潰えた。そして私の願いはまた一歩進んだ。薄く聞こえた『ごめんね。お母さん』という声に胸が苦しくなる。
「このまま行けばキミの願いは叶えることが出来そうだね」
「……頑張ります」
クリスタルの割れる高い音と共に彼女の姿は見えなくなっていた。