朝の激突
朝の陽ざしが顔を優しく照らし、気持ちの良い朝を迎える。アラームが鳴る前に目覚めとてもスッキリとした朝。今日は良い日になりそうだと思いながら体を起こす。
「おはよう。良い朝だね」
馴染みのある声だが、家では馴染みのない声がまた聞こえる。ゆっくりと振り返りぬいぐるみの山に目を向ける。案の定、もこもことしたぬいぐるみに埋もれる事でその気味の悪さがいくらか和らいだウィルネさんがそこにはいた。
「だ、だから何でいるんですか~!?」
埋もれて身動きの取れないウィルネの顔に枕が直撃する。枕で顔が隠れているのにも関わらずもごもごと何かを言い始めるが理解が出来ない。そっと枕を退けてあげると顔色一つ変えずに見つめられる。
「えっと、なんて言ってたんですか?」
「時計はうるさかったから切っておいたよ」
勢いよく時計に目を向けると表示された時刻に驚愕する。薄々感じていたがこの時間帯に顔に日差しがかかるはずがない。声を上げて焦り洗面所へ向かう。
「……やれやれ」
朝のホームルームに間に合う事は諦め、一時間目に間に合うように準備をする。着替える時にはそっと枕を顔に被せてから着替える。鏡で一通りの身なりを整え、鞄を手に取る。その横にあった魔法のステッキが視界に入る。学校にいる間は普通の人間でありたい。使う事のない物。それでもそれを手に取り乱雑に鞄に突っ込む。
パンを片手に家を出て信号に引っかかる度に口に放り込む。こういう時に限って信号に引っかかる。後ろからのんびりと浮いてやって来るウィルネさんの余裕の姿に初めて羨ましいと思った。
「そんなに遅刻したくないなら、変身して行けばいいと思うよ。たぶんそっちの方が早い」
魔法少女の力をそんな事で使って良いのかという疑問が浮かんだが、力の根源であるウィルネが言っているのだ。朝方の人通りの少ない道に入り、胸に手を当てる。
「黒き星に願いを――トランスフィグラーレ」
朝から変身に伴う熱と全身を締め付けられる感触に晒され、微かに残っていた眠気がどこかへ吹き飛ぶ。
「んんっ……!」
寝起きには強すぎる刺激を味わいながらも変身が完了する。早速飛び立とうとするも鞄が残っている。そっとウィルネさんを見つめ粋な計らいを期待する。溜息を吐きながらも魔法のステッキだけは残し、元からそこに無かったかのように鞄の姿を消した。
「まぁ、戦闘の邪魔になるしね」
小さく小言を言っているのが聞こえたが何を言っているのかまでは聞き取れなかった。どうせただの文句だと思い気にせずに住宅の屋根から屋根へと飛び移りながら移動する。直線で学校まで行けるためとても速く移動でき、もう薄っすらと校舎が見えている。
風を切り、遠回りしながら進む電車を悠々と抜かし、片足分しかない電柱の上を踏み込み空中を飛ぶ鳥たちを驚かす。
辛うじて遅刻がまぬがれる事への安堵の溜息をついた、その瞬間。頭の中にウィルネの声が背後から迫る危機を告げていた。何事かと振り返るとそこにいた――いや、そこにあったのはいかにも危険な高エネルギーの波動弾が手の届く範囲まで迫っていた。
「ちょっ……!? い、インヴァート」
ステッキを適当な場所に振り下ろし場所を入れ替えなんとか直撃を免れる。干してあった洗濯物の間からそっと入れ替わったものと波動弾が衝突する光景を眺める。
触れ合った瞬間に固められた高エネルギーが破裂するように光と衝撃波を放ちながら入れ替わったであろう洗濯物を塵と化した。爆発音にかき消された学校のチャイムの音が響き遠くから魔法少女の姿が見える。
見た事の無い能力、普通はあり得ない能力。あれは掠っただけでも危ない。そう直観が伝え、怖くなり胸の鼓動が早くなる。全身が芯から震える感覚を初めて味わう。
「皆勤賞逃しちまったな~。朝から戦闘だなんてダメダメやな」
あの波動弾と同じ色をしたパステルカラーに黄色いコントラストが疎らに入った服に身を包む魔法少女が現れる。洗濯物の間に隠れ、その場をやり過ごそうと身を屈める。
私の目には見えていないが確かに彼女は誰かと話している。彼女にもウィルネの様な存在が憑いているのだろう。ならば私が死んでいないという事は既にバレていると考えた方が良い。ウィルネさんも攻撃を受ける直前に教えてくれた。ウィルネさん達は魔法少女の位置を把握できる。
「どうして行かないんだい? 早くあいつを倒して力を集めようじゃないか」
「い、いや、一時間目に遅れたくないです! 今回は撤退しましょう!!」
先程まで戦闘に心を踊らせていたのが手に取る様に分かった表情は一瞬のうちに退屈そうな表情に変わる。分かりやすく口角が垂れさがり、瞳の色もどこか暗くなっているように見えた。
「でもたぶん位置バレてますよね? ここで解除したら……」
「いや、大丈夫だよ。ボクが感じ取ることが出来るのはあくまでも魔法少女に力を貸している時だけさ。それに位置がバレているのはキミじゃなくてボクだからね」
気の抜けた声で真っすぐ浮く事すらやめて、だらりと横になりながら説明された。彼女の視界に入らないように向かい側の植木鉢と位置を変え、変身を解き、学校の正門へと急ぐ。
「少し待っていてください。やる事があります。それと後で協力してくれませんか?」
結局、二時間目の授業が始まってしばらくした頃に校内に入り、『魔法少女の戦闘に巻き込まれ逃げていた』苦しい言い訳をすると不審な目で見られながらも何とか反省文を書かずに済んだ。その後は普通の女子高生の様に暇な授業をウトウトとしながらノートを取り、友達と一緒に昼食をとる。
「今日は中庭で食べない?」
「賛成~」
魔法少女になる前のありふれた日常。友達と楽しく語り合い、五時間目の授業で睡魔に完敗し、気の進まない体育の時間では言い訳を見つけて手を抜く。いつもと変わらない日常、そして違うのはここから――
「知らない人に付いて行くのはもううんざりだね。でも彼女ではなかったよ」
「ありがとうございます。ウィルネさん」
全ての授業が終わった放課後、登校中に戦闘がおこった中心地には黒い衣装をまとい魔法少女に変身した姿が一人ポツンと立ち尽くす。その視線は学校へと向けられ下校する生徒を眺めている。
何かを感じ取ったのか、疲れ気味で飛んでいたウィルネの背筋がピンと張りつめた。
「――来たよ」