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魔法少女と悪

「初戦にしては良くやっていたよ。今日はゆっくり休んだ方がいい」


 休んでいいという言葉を聞くとどっと疲れに全身を襲われ、ふらふらと壁に寄りかかりずりずりと身を擦りながらその場に座り込む。強化されているとは言えこんなにも走り回った事もなければ、人が目の前で死ぬのを目撃するのも初めてだ。心身共に疲れ切っている。


「……ウィルネさんの能力で戦いましたが、疲れないんですか?」


「ボクかい? ボクはもう元気にさせてもらったから大丈夫だよ」


 空中で一回転をしながら話すウィルネに疲弊した様子は全く見受けられない。彼の言っていた『魔法少女を殺せば力が手に入る』というのはどうやら本当の事の様だ。


「あの子も同じ魔法少女だった事はウィルネさんみたいのが力を与えたって事ですよね」


「そうだとも。彼女はまだ力が少なかったからね。奪える力も少なかったが、それでも着実に君の願いへ近づいているよ」


 願いを叶える最短ルートはメディアなどにも顔を出す強い魔法少女を殺していく事。そちらの方が倒した後に奪える力が大きい。だが、常に願いのために争い続ける魔法少女の世界は入れ替わりの激しい。その中で生きていく魔法少女は魔法の使い方も、戦いかたも全て熟知しているだろう。なったばかりの新米では使い方が分かった時には殺され、小さいながらも力の一端にされるのが落ち。絶対に近づかない方がいい。


 これが一番合理的な考えだ。しかし、対価が思考を惑わせる。妹の命はいつまで続くか分からない。いつまでも昏睡状態というわけにも行かない。そして魔法少女の期限は十八歳まで。三年の猶予はあるが、弱い者だけを殺し続けていては時間がかかる。


 重い体を壁に支えられながら立ち上がりウィルネと視線を交える。彼も何が言いたいか理解しているはずだ。それでも彼は何も言わずに笑っているだけ。性格が悪い。


「私に力をください。いち早く妹を助けられるように。私に力をください」


 元々笑っていた顔がさらに口角が上がり今日に何度か見たあの気味の悪い笑顔になる。その気味の悪さから察する。ただで力が手に入るはずもなく、何か代償が必要になる事も予想はしている。


「人間に戻れなくなるよ?」


 寿命、記憶、そんな事を考えていた。少しなら大丈夫なやつだと考えていた。『人間に戻れなくなる』これがどういう意味なのか、具体的に何が起こるのか、きっと彼は答えてくれないだろう。


「質問をし――」


「――ダメだよ」


 食い気味に止められる。その顔は笑顔の消えたつまらなそうな表情。この決断が彼を沸きたてる何かであり、私の身が良くない事になる事は確かだろう。流石の私でも願いを叶えた先にある妹の笑顔を姉として見る事が出来ないのは気が引ける。


 途端に力を受け取るのが怖くなり、ウィルネを見つめる瞳には躊躇いが滲み始める。それに感づいたウィルネ特に何も言う事は無く距離を取る。


「少し待っていてくれ。ボクも協力はするからね」


 段々とその姿が薄くなっていき姿が完全に消える。緊張感がほぐれ大きなため息を付く。薄暗い路地裏は日が落ち始めさらに暗く、不気味さを増していく。おぼつかない足取りで路地を抜け大通りに顔を出す。見た事の無い光景が広がり辺りを見回す。


「だいぶ遠くまで逃げて来ちゃったな~……」


 マップを頼りに歩き始め近くの駅へ向かう。誰も私が魔法少女という事には気づいておらず、まだ普通の女子高生だ。もし、あの場で力を手にしていたら大通りをこうして歩けるのだろうか。


 魔法少女を一人殺しているというのに未だに喉に骨が突っ掛かるような感覚が残る。殺せば殺すほど人間ではなくなっていく――そんな感覚。これがウィルネさんの言っていた事なのか、ただ一人の願いを潰した罪悪感から来るものなのかは分からない。


「魔法少女って何なんだろう……」


 電車に揺られ、暗くなった夜道を一人家へ向かう中、考えるも何も分からない。ウィルネの存在も何もかもが闇に包まれ、実際に自分の身で経験する以外答えをしる方法は無いのだろう。


 何とか家に帰り、鞄を投げて倒れるようにベッドに体を預ける。お気に入りのぬいぐるみの山に手を伸ばし適当に掴んで抱え込む。妹と一緒にゲームセンターで取った思い出のぬいぐるみ達、思い出が蘇り、魔法少女に対する不安を払拭する。


 温かい思い出が体にまで伝わる様にお腹周りが温かい。ゆっくりと目が閉じていき、全身の力が抜ける。


「……いや、ボクを抱えて寝ないでくれるかな?」


 ゆっくりと閉じていった目は再度大きく開き、顔を起こす。腕の中で抱かれているのは妹との思い出などではなく、生きたウィルネさんだ。黄色い目と目が合い、少し遅れて恐怖が追いつき、思わず投げ飛ばす。


「なな、何でいるんですか!?」


「何か問題でもあるのかい?」


 投げ飛ばされながらも体勢を立て直しいつも通り浮遊し始める。あの温もりの正体にゾッとしつつ、抱いてしまった事が恥ずかしくてたまらない。


「……? あぁ、大丈夫。高校生なんてそのくらいだからあんまり気に病む必要は無いよ」


 慰めの言葉をかけられ枕をウィルネさんの顔目掛けて投げ飛ばすも簡単に避けられる。もう少し大きければ顔を起こすだけではウィルネさんと目が合わなかっただろう。そんな事を気にも留めない感じに腹が立ち布団まで投げ飛ばす。


「それで、何の用ですか?」


 顔はそっぽを向き目線だけ送る。ウィルネさんの弁明は更に腹が立つだけだった。すっかり布団に埋もれたウィルネが顔を出し、どこからともなく魔法少女に似合うファンシーなステッキを取り出す。


「ボクの能力はこんなものに頼らなくても発動できるんだけど、分かりやすいように作ってみたんだよ」


 黒い衣装に合わせて作られたそれは形こそ可愛らしいが、闇に堕ちた魔法少女という感じが漂い可愛らしさが感じられない。柄にボタンを発見し押してみると先端から鋭い刃が飛び出し、暗器へ変貌した。


「……」


「どうだい? 最初は自分とそれを向けた対象と入れ替えることに専念しな」


 確かに実用的で理にかなっている。前回は相手の武器を使って胸のクリスタルを割ったが、相手の武器が無ければどうやって割るのか疑問に思っていたところだ。だが、こんな暗器を持ち歩くのはやはり気が引ける。


「あぁ、しっかりと小型化できるようになっているからね」


「……ありがとうございます」


 これだけ渡されるとまたウィルネさんは姿を消した。ボタンを押すと刃物が飛び出る魔法のステッキをそっと遠くに置いておき、日常生活へと戻る。


 ご飯と呼ぶお母さんの声が微かに聞こえ、リビングへ行く。家族さん三人分の食事が作られお父さんの分はラップに包まれている。妹が病院に入院してから帰りが遅くなり、いつもくたびれて帰ってくる父の姿を何度か見た事がある。もし<願いが叶えばこの食卓に家族四人がそろってご飯を囲めるだろう。


 そして今、私にはその力がある――そうこう考えながら食べていると一つのニュースがテレビで報道され目を奪われる。


『本日午後五時ごろ、中央公園にて悪の組織の進行により一人が死亡いたしました。敵の幹部と思われる人物はすでに魔法少女に討伐され被害は一人にとどまりました』


 場所、時間帯、人間が死んだ人数、全てに覚えがある。これは私。中央公園で悪の組織の幹部を倒したのは私。――彼女が悪……? 殺したは私。


『いや~初めて見る魔法少女でしたね』『黒い魔法少女でした』『なんか、とってもクールって言うか、カッコよかったです』『おかげで助かりましたよ』


「……ごちそうさま」


 お父さんに合わせられた少し熱めのお湯を被りながら考えた。肩まで湯船に浸かりながら考えた。温風を髪に当て乾かしながら考えた。少し早めに電気を消し、布団の中で考えた。


 死亡者一名は紛れもなく私のせい。私が助かるために彼との位置を入れ替えて私は生き延びた。殺したのは私。それでも世界は彼女が悪いと判断した――そして私は理解した。


 負けたら悪になるんだ、相手が人に手を出したら悪になるんだ、と。


 そして私が今日、正義に慣れた事に安心して目を閉じる。部屋に浮かぶ黄色い目に気付くことなく眠りにつく。


「……彼女にして正解だった。彼女より計画が上手く行くかもね」

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