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路地裏の人間

 困惑に怒りが立ち込み顔が引きつる。それに対して気味の悪い笑顔はさらに段階を上げていく。


「そもそも悪の敵なんて存在しない。あれは最初から魔法少女同士が戦っているんだよ」


 ウィルネが身振り手振りで示しながら落ち着かせようとするも戦闘態勢は変わらない。逃げるではなく戦う。今の力があれば倒せるはずだ。


「殺すなんてこと出来ません。悪になっちゃうじゃないですか」


 拳を強く握り、鋭い視線で片時も目を離さず狙いを定める。生き物をこんなに強く殴ろうとするのは初めての事、躊躇が汗となって滲み出る。


「殺すと言っても命は奪わないさ。魔法少女の死ぬは二通りある。正体がバレる事と戦いに負けること。負けても変身が解けるだけさ、死にはしない」


「そんな事を信じると思いますか?」


 信じられない。信じたくない。今まで魔法少女は世界の平和のために敵と戦っていると思っていたのだから。そして、その実態が願いを叶えたいという私利私欲のために魔法少女同士で殺し合っているなど、誰も信じたくもない。


「……丁度いい。身を持って体験しな」


 ウィルネが腕を空にかざし、それにつられるように上空を見上げる。太陽に何かが重なり、影が見える。その影は段々と大きくなっていき、眩しくて判断が遅れたがそれは確実に迫って来ている。気合の入った声と共に躊躇う事もせずに殴りかかってくる。その殺意のこもった攻撃を反射的に攻撃を避ける。


「いや、ちょっと私……!」


 話し合おうにも声は届かず、猛攻は止まる気配が無い。威力が上がっているせいか避けたにも関わらず風圧で身体がよろめく。壁に当たれば壁が壊れ、破片が顔を目掛け飛んでくる。


「相手もまだ初心者だ。勝てない戦いではないよ」


 ウィルネの声が脳内に響くも辺りにその姿は見えない。心でも読んだのかのようにもう逃げたよと一言だけ言って会話が途切れる。


 狭い路地の中、縦方向ばかりにハンマーを振り下され追いやられていく。能力の使い方をしっかりと聞く前に戦闘が始まってしまった為、防戦一方となり中々反撃が出来ない。


「ふふ、悪の組織と言ってもチョロいのね! このまま押し切ってやるわ!」


 このままでは埒が明かないので力が出る事を信じて大きく踏ん張り上空へ飛び上がる。想像以上に飛び上がった身体は空中を不格好に舞う。まるで重力が月と同じくらいになったかのようだ。慣れない超パワーにひっくり返りながらもなんとか命に別状なしで着地する。先程よりも広々として動きやすいが攻撃手段が分からない。運動が得意というわけでもないので力が強くなったと言っても攻撃が当たられるかは別の話だ。


 それなりの大きさのあるハンマーを再度担ぎ直し、余裕の表情で迫って来る。同じ魔法少女にも関わらず、殴りかかる事から認めたくないが、ウィルネさんの言う通り魔法少女は願いのために殺し合いをしていたと実感する。そしてそれが当たり前の事だと。


「逃げてばっかりだね~弱い敵で良かったよ。これでまた願いに一歩近づく」


 クルクルと大きなハンマーを回しながらゆっくりと距離を縮めていくその姿は隙しかない。だがその隙を突いて倒す術はない。


「どうやって戦うんですかウィルネさん!?」


 聞いてくれるとも思っていない文句に返事が返って来る。驚いて横に視線を移せばどこからともなく現れたウィルネが他人事のようにあくびをしながら空中を浮いている。


「能力は説明しただろ? そのまんまの能力さ」


「……どうやって勝つっていうんですか……!?」


 困ったように目尻が垂れ下がり、頭を掻く。大事な後継者であるためそう簡単に死んでしまわれては困るのだろう。少し悩んだ末に一度だけ手助けをしてくれると言う。


「まずは公園にでも逃げようか。一目に付くけど多くない場所で頼むよ」


 指示通りに全力でその場から逃げ出す。少し驚き、あきれた表情をしながらもしっかりと彼女は後を付いて来る。日々の運動量が少ないのが祟り、段々とその差は縮まっていき工夫すれば十分に攻撃が当たる距離まで詰められる。


「もう無理です! 降りますよウィルネさん!?」


 公園の開けた場所に降り立ち、周りの視線を一身に受ける。そんな視線は雄叫びを上げながらハンマーを振りかぶる彼女へ一瞬にして移り変わる。大きく飛び退き、衝撃波が身体に伝わるギリギリのところで攻撃を避ける。


 この状況を察した市民は一目散に逃げようとする者、野次馬、気にも止めない者と自身が魔法少女になる前にも散々見た光景が広がる。そして現れたばかりだと言うのに天秤は傾き私が悪者になる。正義は勝つの理念から来るものだろう。


 魔法少女を応援する声、私に向けられる罵声。この状況に浸っているのかにこやかな表情を浮かべて動かない。


「そろそろ降参しろ! これ以上街を荒らすな!」


『願いに一歩近づく』など自己を通していたのにも関わらず、人前ではいきなり正義を豪語し始め、完全に正義を気取っている。魔法少女の醜さを実感し、また一つ理想が砕け散る。


 今まで見てきた魔法少女も、今活躍しテレビに出ている魔法少女も本当は世界の平和など考えていない。私利私欲のために街を壊しながら戦い、勝ったから正義と豪語する魔法少女。


 何が正義だ。何が皆のためだ――魔法少女は悪だ。


「彼女が来ても逃げちゃダメだよ?」


 不適な笑みを浮かべながら一時も目を離さない姿から絶対にまずい事を考えていると察しが付く。


「いやいや、イヤですよウィルネさん!」


 そんな油断の中、彼女はそれを見逃さずに距離を一気に詰める。ウィルネから視線を彼女へ向ける時には目と鼻の先までの距離、すでに振り切った私を鉄塊は私の顔面をしっかりと捉えている。


 っえ? ……死ぬ――


 頬が風に殴られた刹那、手を叩く音が響く。その余韻が続く最中、骨が砕かれる音が熱気に満ちた公園に響く。殴打された頭は簡単に胴体から吹き飛び、鈍い音を出しながら地面に転がり、大きく形が変形した方を裏にその場に止まる。


 辺りが騒然と静まり返り応援する声も、悲鳴さえ聞こえない。ただ呆然と立ち尽くしながら目の前で起こった事を理解しようと転がった頭へ目を落とす。


 誰もが彼が死んだと理解した時、一人の悲鳴と共に騒がしさが息を吹き返す。幾重にも重なる悲鳴の中、手を合わせたウィルネがその小さな体全身に返り血を浴びながらもそこに浮遊し続ける。


「ウィ、ウィルネ……さん? 何をしたんですか?」


 倒れ込んだ知らない人の身体から血が溢れ、血溜まりを止まる事なく広げ続ける。そんな光景を野次馬の立ち位置から呆然と眺める。


 ゆっくりと振り返るウィルネの表情はいつも通りのあの不気味な表情のまま変わらない。


「さぁ、とどめを刺して?」


 悲鳴、罵倒、逃げる足音がごった返したこの空間にその言葉がしっかりと伝わる。騒がしい声の中には『悪の軍団が動き出したぞ』、『魔法少女がいるわ』など掌を簡単に返した人の声が混じり混じりで耳に届く。勝手に悪と決めつけられ、蔑まされ、倒されるべきとヘイトを集めていたのにも関わらずこの変わりよう。一瞬にして攻守は逆転した。


 先程まで自信満々に振り回していたハンマーのヘッドにべったりこびり付いた血を眺め、一歩たりとも動かない。柄を伝って流れる血が手に近づいて行くほど彼女の手は震えだし、呼吸が荒くなる。じんわりと伝わり武器を手放す。あれ程大きな破壊力を持っておきながら落ちる音はそう大きくない。


 手に付いた血液を遠く虚ろな目で眺めながら目の前に倒れ込む頭の無い死体から後ずさる。たどたどしく下がっていき、力が抜けたようにぺたりと地面に座り込む。


「何をしているんだい? 彼女は人を殺した悪だよ。魔法少女が止めを刺さなきゃ」


 平然としたその姿に恐怖を覚え、思わず一歩後ずさる。一般人の様に逃げようとする。また一歩――その視界と脚元から聞こえた音を疑う。隣から聞こえるウィルネの声を聞き、察したように脚元を見れば血だまりの中心に立ち尽くしている。


『――ボクの能力は物体と物体の位置を入れ替える事が出来るのさ、そしてキミに僕と同じ力を貸してあげた。物は試しさ、よし、早速力を溜めに行こうか――』


「さぁ、それを持って。キミの大切な人を助ける第一歩、悪を倒す第一歩さ」


 頭の中に過る妹の顔はまだ病院で目を瞑ったまま。そのイメージが搔き消され目を覚ました妹と共に笑顔に溢れた家族の姿が思い浮かぶ。下がった脚は前へ進み、震えの止まらない手で彼女の武器を拾い上げる。全ては妹のため、全ては魔法少女として悪を倒すため、これは悪じゃない。そう自分に言い聞かせながら騒然とした中静かに座り込む彼女の下へと歩み始める。


 血の付いた手に影が差し込み上を見上げる。瞳孔が震える中、両者が少しの間一言も話さずに見つめ合う。大きく振りかぶった自分を殺す鉄塊が逆光で眩しい。『敵を殺せ』という野次が立場を再度認識させる。


 魔法少女になり、夢を叶えられると意気込んで敵を倒しに行ったはずだった。なぜこんな事になってしまったのか、なぜ私が悪として死ぬのか、どこから間違えたのか。それでも私が悪側になった事は変わらない。眩しい正義の光に照らされながらそっと目を閉じて胸を空へ向ける。


「……さぁ、あのクリスタルを破壊して」


 胸のクリスタル目掛けて振り下ろす。ぶつかる感触と弾ける感触が手に伝わり、割れる音が耳に響く。そっと目を開けるとそこに彼女の姿は無く、霧散したクリスタルの欠片がキラキラと舞いながら消えていく光景が目に映る。人を殺す感触を覚えずに済んだ安堵と妹を助けるための一歩目が踏み出せたことに達成感さえ覚える。


 あぁ、だから魔法少女は殺し合うのか。この願いに近づく感覚があるからまた殺し合うんだ……やめられないな。


 遠くからサイレンの鳴り響く音が近づいてくる。頭の無い生身の人間の体を一瞥し、逃げるようにその場から離れる。あそこにいた人たちからは私はどう見えているのだろうか、私も人殺しなのだろうか。


 少し離れた所に身を隠し、変身を解く。魔法少女と思わせるような物も無く、制服を身にまとい、どこにでもいるような女子高生。こんな人目に付かない路地裏にいる方がおかしいと思われるだろう一般人。


「うん。どうだい? 強い能力だろ?」


 顔に付いた血を擦り落そうとするもただ広がっていきさらに汚れて見えるウィルネに冷たい視線を送る。何が言いたいか分かっているだろう。


「ボクはキミの質問に答えてあげたのさ。それにあそこでボクが助けてあげなければキミは笑顔どころか寝顔も見れなくなるところだったんだよ」


 何も言い返す言葉が思いつかずに黙り込む。路地裏に似合う静かな空間に少し離れた大通りの騒がしさが微かに聞こえる。


 もうただの一般人ではない。魔法少女になったのだ。こうして人目の付かない場所へ足を運ばないといけない存在になったのだ。その自覚とそう決意した理由をもう一度思い出す。『全ては妹のため』大きく空気を吸い込み、ゆっくりと吐く。


「あとどのくらい必要なの?」


「まだまだ沢山かな」

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