もう一度、君と巡り逢える時まで
君のいない春が来るなんて信じられない。
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37.2℃。
学校に行くか行かないか迷うような微熱。
朝起きるといつもより少し体がだるく、体がほてっているような感覚があったため、熱を測ってみたらこれだ。
なんもない日だったら休んでいただろうが、あいにく今日は大事な授業がある。
少しずつ疲れの溜まっていく体に、見て見ぬ振りをして学校へと向かった。
なんとか一日体が持ち堪えてくれて、やっと下校の時間となった。
その頃には学校の疲れもあってか、朝計った時よりも熱が上がっているような感覚がした。
帰るまで倒れるわけにはいかない、と自分で自分を鼓舞し、学校を出た。
歩行者用の信号が赤になる。
体が熱く、だんだんと景色が歪んでいく。
足に力が入らなくなってきた。
なんで無理しちゃったかな、とだいぶ遅い反省をする。
そんなことを考えてる間にも、体の限界が近づいてきていた。
そして完全に体から力が抜けて、道路に倒れそうになったその時。
「危ない…っ」
男の人の声が聞こえ、地面に打ち付けられる痛みの代わりに人間の温もりに包まれた。
そこで完全に私は意識を手放してしまった。
気づいたら病院のベットで寝ていた。
目を覚ますと、母がベットの隣に座っていた。
母は私が目を覚ましたことを確認した後、ほっとしたような顔をしすぐに看護師さんを呼んでくれた。
その後いくつか検査をして、特に大きな病気も見つからなかったため、そのまま病院を去った。
私が倒れた時は横断歩道が赤信号だったため、受け止めてくれた男の人がいなければ、もしかしたら私は車に轢かれていたかもしれないとのことだった。
どうにかして助けてくれた人にお礼を言いたかったが、その男の人は救急隊員に私を引き渡した後、すぐに学校へ行ってしまったらしい。
あの人にまた会いたい。
いつの間にか、私もそう思うようになっていった。
この思いが1年後に実ることも知らずに__。
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「いってきまーす。」
誰もいない家に1人呟く。
最近は両親共に、夜勤だったり朝早くから仕事があったりと、私が家を出る時間帯に家にいないことが多い。
そんな日は朝少し早く出て、近くのコンビニで朝ごはんを買うようにしている。
実はその近くのコンビニというのは、以前私が倒れた歩道の目の前にあるコンビニである。
もしあの時助けてくれた王子様が毎日ここを通っているとしたら、また出会えるかもしれない。
そんな叶うことのない淡い期待を胸に、律儀に通っているのだ。
今日もいないだろうな、そう諦め半ばで行った、いつもと変わらない何でもない日。
私の王子様の声が聞こえた。
いつもの入店音楽を聞いて、いつも通りパンコーナーに行こうとした時。
私の王子様が誰かと話していたのであった。
あの声は間違いない。
あの時、「危ない」と私を抱き止めてくれた声だ。
だからと言って声をかける勇気はちっとも出ず、パンコーナーに向かいながら横目でその姿を追っていた。
あの時は私も意識が朦朧としていたため、顔などの外見はほぼ覚えていなかったが、一つだけ変わったと気づいたものがある。
それは、制服だ。
学ランから、紺を基準としたブレザーに変わっていた。
つまり、去年中学三年生で今年から高校生になった、ということだろう。
あの制服は県内でも可愛い、かっこいいと有名な上に、偏差値もここら一帯でトップクラスで学校内で5人は志望者が出るほどの人気校のものである。
その名も、悠蘭高等学校。
もちろん私も知っていたし、制服が魅力的だったが、周りの子とは少し違う高校に行きたかったため第一志望ではなく第三志望として出していた。
しかし、私の王子様がいるとは聞いていない。
そういえば、今日はちょうど進路希望調査の日だったと思い出す。
普段なら面倒くさい進路希望調査も、今日だけは特別なものになりそうだ。
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悠蘭高校を第一希望に変えて一年が経った。
私は今、悠蘭高校の入学式に出席している。
そう、無事に悠蘭高校に合格することができたのだ。
元から勉強が得意だったこともあり、偏差値的にはいける範囲内であったが、やはり目標の高校に入学できるとなると嬉しい。
実は悠蘭高校の入学式では毎年、選ばれしイケメンが"在校生徒代表の挨拶"を務めるので、入学式で唯一女子たちが密かに楽しみにしている時間である。
そして少なからず、私の王子様が選ばれていることを期待してしまっている私もいる。
「在校生徒代表の挨拶。三年A組福谷 誠斗さん。」
「はい。」
……本当に私の王子様だったようです。
学年クラス名前……覚えといて、後であの日のお礼を言いにいかなければ。
そうこうしているうちに、学校関連の人たちの長い話が終わって入学式は終了、その後教室に行き学活で教科書類を大量に渡されて、やっと下校の時間となった。
私は友達を作ろうともせず、早々に教室から出るなり歩き慣れない校舎を歩き回って私の王子様のクラスを探した。
案外、校舎内の造りは簡単だったため、すぐに教室を見つけることができた。
扉の前で髪を整えて深呼吸をし、やっとドアに手をかける。
ガラッと勢いよく開けると、やはりクラス内の先輩たちの視線は免れることはできず、頬に熱が集まるのを感じながら勇気を振り絞って声を出す。
「ま、誠斗さんに用があってきました、!」
緊張のあまり瞑っていた目を恐る恐る開けると、クラスの真ん中の方で驚きのあまりか動けないでいる誠斗先輩と目が合った。
そして数秒後、やっと我に帰ったのか恐る恐ると言った様子でドアへと歩いてきた。
「な、なんの用で来たの?」
まだ困惑気味な王子様を前に、あの日のことを改めて謝り、感謝を伝える。
私がなんの要件で来たかが分かると、王子様は安心したような笑顔でこう言った。
「なーんだ、そんなことか、笑
気にしないで、僕はたまたまその場に居ただけだからさ。」
そんな謙虚なところも全てすきだなと、王子様への恋心を改めて実感する。
話も区切りがついたし、王子様と話せて私も満足だったため、それでは、と言いかけたその時だった。
「…っあのさ、君。もしよければ生徒会、入らない?」
生徒会。
誠斗先輩が生徒会に入っているなら私も是非ともやりたかったが、あいにく親の都合があるため即答ができない。
「…考えておきます。」
その時の私には、そんな無愛想な返答しかできなかった。
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親を説得して生徒会に入ることを許可された私は、早速誠斗先輩の元へ向かった。
すると生徒会室に案内され、すでに決まっていた2、3年の生徒会メンバーと新しく決まった1年の生徒会メンバーが揃っていた。
簡単な自己紹介を済ませた後に、早速一年の行事での生徒会メンバーの動きについて話をされた。
体育祭、そしてこの学校の目玉行事となる文化祭。
高校になると出し物などが本格的になるため、文化祭の規模の大きさで志望校を選ぶ人がいるほど、文化祭は青春の上で欠かせない行事だ。
特に悠蘭高校では、演劇部による劇の評判が高いらしい。
そんな説明をされて早半年。
もうすでに葉は赤く色づき、悠蘭生も楽しみのあまりか頬を紅潮させて今日の文化祭に挑もうとしている。
そして今日私は、生徒会繋がりでよく話すようになった誠斗先輩と、休憩の時間に文化祭を一緒に回る約束をしていた。
私のクラスではクレープのお店を出すらしい。
販売に人数があまり必要でないため、一人一人の休憩時間が多く確保されていた。
クレープ屋と言っても生地などはあらかじめ家庭科部の人たちが用意してくれていて、私たちは生地にフルーツなどを巻いて渡すだけの作業だった。
意外にもクレープ屋の人気度が高く大盛況している中、私は自分の担当を黙々とこなしていった。
自分の担当の時間が終わると、すぐに誠斗先輩のクラスへと向かった。
誠斗先輩のクラスはコスプレ喫茶という、なんとも文化祭らしい出し物であった。
以前、誠斗先輩になんのコスプレをするのか聞いたところ、「当日のお楽しみ。」と言われてしまったため、わくわくしながら誠斗先輩のクラスへと入る。
「いらっしゃいませー!」
すると、まるで二次元からそのまま飛び出してきたヴァンパイアかのような姿をしている誠斗先輩の姿が目に入った。
いつもは茶髪に近い髪色なのに、ウィッグをかぶっているのか白い短髪になっていて、ニコッと笑いかける口元にはチラリと八重歯が見えた。
「お嬢様、お待ちしておりましたよ。」
そう言って慣れた手つきでエスコートしてくれる誠斗先輩を見ていると、なんだか自分がお姫様になったかのような錯覚を覚えた。
ヴァンパイアの姿をしている誠斗先輩から目が離せないでいると、誠斗先輩がメニュー表を持って私の席に来た。
「遥花、どうしたの?……僕に見惚れちゃってるの?なんてね。」
さらっとそう言って、何事もなかったかのようにメニューの説明をし始める誠斗先輩。
見惚れているどころかキャパオーバーをしてしまった私は、しばらくの間誠斗先輩と目を合わせることができずにいた。
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こうして振り返ってみるとあっという間だったな、とつくづく思う。
今日は卒業式。
三年生である誠斗先輩は卒業してしまう。
別れだということを実感したくなかったのか、誠斗先輩とは一度も進路について話をしたことがなかった。
そのため、誠斗先輩が就職するのか大学に進学するのかもわからないし、ここ付近にずっといるのかもわからない。
誠斗先輩は、学年でも成績トップ10に入るくらいの天才だし、性格からして大学には進むような気がする。
だけどもし遠い大学に行ってしまったら。
そんな不安が頭に張り付いて離れない。
そして、笑顔で見送るはずの卒業式も、不安を抱えたまま迎えることになってしまった。
三年生は短学活をしてから解散なため、一、二年生は先に下校となった。
家に帰っても制服を脱ぐ余裕がないほど、誠斗先輩からの連絡を待っていた。
そして20分経った頃。
ピロンと通知音を鳴らして受信したメールには、こう書いてあった。
『今、遥花の家向かってるから。』
そうして誠斗先輩は家に来るなり、行き先も伝えずに私を家から引っ張り出した。
だんだん街の方から遠ざかっていっているのに不安を覚え、誠斗先輩に問う。
「……どこ行くんですか。」
「秘密。良いとこ教えてあげるから楽しみにしときな。」
しかし、断固として行き先を教えてくれようとはしない。
周りも暗くなり始めた頃、誠斗先輩が足を止めた。
「ついたよ。上見上げてみて。」
そう言われてふと空を見上げると、まだ少し明るい紫色をした空に光り輝く星々が散らばっていたのだ。
この時間帯は街中だったら、絶対に見ることができない輝き。
一つ一つがぶつかり合いながら一生懸命、今を生きている印。
やがて儚く散っていく魂。
一人一人がお互いに干渉し合いながら、今を生きている。
何億年もの間のほんの数十年間。
人間の命は、地球の生きた年月の十分の一にも満たない速度で儚く散っていく。
それでもみんな必死に、自分なりの生き方を見つけようともがいている。
こうして考えてみると、星と人間って共通の部分があるのではないだろうか。
一人一人が輝いているからこそ、地球が土台としての役割を果たせるのではないだろうか。
「僕さ、海外の大学に行くことにした。」
突然、誠斗先輩が口を開く。
私が恐れていたこと、それは誠斗先輩がどこか遠くへ行ってしまうということ。
「でも、僕がここにまた戻ってきた時に、君に伝えたいことがあるんだ。」
君があの日助けてくれなかったら、こうして誠斗先輩と話していることはなかっただろう。
「だから、どうか僕のことを想って待っていてほしい。」
そう少し頬を赤ながら言った誠斗先輩は、自身のブレザーの第二ボタンを外した。
そして私の手に握らせ、自身の手で私の手も包むこんだ。
「君のことが好き。」
言い慣れていないのか、いつもよりも弱々しい声だったけど。
私はそれすらも愛おしいと思ってしまう。
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もう今は、卒業式の時に抱いていた不安はない。
なぜなら誠斗先輩が、ここへ連れてきて教えてくれたから。
"今を精一杯輝いていれば、いつかまた巡り合える"ということを。