第四話 王都炎上 その4
揺らめく赤い光に照らされて、部屋の壁には四角い窓枠がぼんやりと浮かび上がっている。
服を着替える間、屋敷の外を幾度か人馬の駆け抜ける音が聞こえた。実際に今、この王都で何が起こっているのか、いくら騎士団長の妻といえどもマリアには全く見当はつかない。だが恐らくは軍が事態の収拾に動きだしたのだろう。
そしてそれはマリアの予想よりは少し早い。
最後にマリアは革のブーツへと足を通すと、チェストの引き出しの奥から一振りの短刀を取り出した。だがそれは、貴族の娘が手にするには、あまりにも無骨で飾り気が無い。
「刀は無骨なほうが良いの。美しければ覚悟が鈍るから。」幼き日、護身用として母親はマリアにこの刀を手渡してそう言った。
あの時にはまだこの言葉の意味を理解する事は出来なかったが、今ほその意味を十分に理解している。この刀は身を護る物などでは決して無く、いざという時に自らの尊厳を護るための最後の砦なのだ。
(もう、これを手にすることなんて無いと思っていたのに――)
そう心の中で呟いてマリアは鞘から引き抜いた刀の先を、そっと喉元に当てた。
「手は震えていない――まだ、大丈夫……」
言葉で確認するのは迷いを断ち切り覚悟を決めるため。そして刃先の冷たい感触は、思わず取り乱してしまいそうになる自分への戒めだった。
そしてマリアは、重ねて押し寄せる恐怖の波に飲まれそうになりながら、先ほどまでハンナを座らせていた椅子に静かに腰を下ろすと、その手に覚悟を握り締め、一人じっと
時を待った。
(お願い――生きて帰ってきて……)
この最悪のタイミングで敵との交渉に向かった夫。その夫の無事……それだけを心の中で念じながら。
ガラガラと言う車輪の音がして、それがちょうど屋敷の前で止まった。
マリアは、ハンナがこの部屋を出て行く際に馬車を用意すると言っていたのを思い出す。
だが、彼女の予想以上に下の階が慌ただしい。
確かに玄関の扉が開かれた音がした。それと共に大きな声で何かを叫ぶ男の声がする。そして――それを制止するかのように高く響くハンナのものと思われる声。
咄嗟にマリアは手元の短刀を強くにぎりしめる。
どうやら男が一人屋敷の中に入って来たらしい。ガツガツと荒々しい足音が、カチャカチャと乾いた金属音を伴ってマリアのいる四階にもよく響いていた。