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第三話 王都炎上 その3

しかしそれがこの国の現状である。人の心、ましてや民族間の差別意識などというものが法令ひとつでそう簡単に変わるものではない。


「あと十年……いや五年も経てば世間の空気も変わってくるはずです。ちょうど今夜くらい、旦那様は夏国残党との和平交渉のテーブルに着いたところじゃないでしょうか。心配なさらずとも大丈夫です。この国はこれからどんどん良い方向に進んでいきますよ。」


そう言うとハンナは、「この話はもうこれで終わりにしよう」と言いう意味を込めて不器用ながらもとびきりの笑顔を作ってみせた。それが彼女の精一杯。仕える主人の顔を曇らせてまで、こんな嵐の夜に髪の色がどうの、偏見がどうのなどと辛気臭い話はやはり似合わない。


少し不安気な表情を見せていたマリアも気持ちを切り替えて、ハンナの笑顔の意図を察したように言葉をつなげる。


「そうね。そのうち髪の色とかそんなこともどうでも良くなって――」


「はい遠くない未来に。そしてその時は、もう一度奥さまに私の髪を結っていただけたら嬉しく思います。」


そんなハンナの言葉にマリアは笑顔で応えた。


轟く雷鳴も、窓を打ちつける雨粒の音も、未だ止んではいない。少しの沈黙が二人にそれを思い出させる。


再び、二人の心の中にあったほんの少しの不安が、その存在を主張し始めた。


そんな時――


「私――本当はね、雷なんて全然怖くなかったの。多分だけど本当はあの人のことがちょっと心配になっていたんだと思うわ。」


突然アンナがあっけらかんとした口調でそう言った。


それは今までがそうであった様に――「今回も大丈夫」と、自分に言い聞かせるかのような言葉。


少なくともハンナにはそう聞こえた。


「大丈夫ですよ。今回はいくさではありませんし、あらかじめ道筋のついた和平交渉です。旦那様も実際に会ってみれば話の分かる人達だと仰ってらしたでしょう。」


「そうでしたね――。ありがとうハンナ。私、多分この嵐のせいで少し心細くなってたんだわ。」


「それに――お腹にお子を宿すと精神が不安定になると申しますから。」


「本当ね、この子にとっては今が一番大事な時ですもの。一人でも私がしっかりしなきゃ。」


そう言うとマリアまだ膨らみ始めて間もない自分のお腹を慈しむように撫でる。


「また不安になられた時は、いつでも私を呼んで下さい。」


「ええ。今度からはそうさせてもらうわ。そして今度も貴方の髪を触らせて。私、貴方のその黒髪のこととても気に入っちゃったの。せめてこの部屋の中だけでも良いでしょ?」


おどけたようにマリアは笑う。そしてハンナは仕方無さそうに言う。


「わかりました、この部屋の中だけなら……。」




しかし、ハンナの言葉は――突然外から聞こえた大きな音にかき消されてしまう。


最初にビリビリと窓が震え――そしてすぐにズーンとお腹に響く大きな音が二度鳴った。



その時、二人が聞いた音は、風の音とも落雷の音とも違う以前エーデルが戦争に明け暮れていた日々に幾度となく聞いた覚えのある音である。


咄嗟にハンナが窓に駆け寄り、締め切られていたカーテンを開ける。そして、再び聞こえるズーンと言う重たい音。


この四階の窓から見渡す王都の街並みが――深夜だと言うのに、まだ嵐は過ぎ去っていないというのに、やけに明るく見えた。普段はただ真っ黒に見えるだけの城壁がまるで夕日にでも照らされている様に赤い――


次の瞬間、突然ハンナが部屋の四隅の明かりを消して回った。もちろん今まで戦火と共に生きてきたマリアも、今まさにただならぬ事が起こっていることは理解出来た。


「奥さま、お召し物をお着替え下さい。私は万が一に備えて下に馬車を用意させます。」


「分かりました。お願いします。」


有事の際は部下に從う。出が貴族のマリアはその鉄則通り黙ってハンナの言葉に従った。


「奥さまはこの部屋で待機を――」


ハンナはそう言い残すと、頭の後で髪を結わえながら部屋を駆け出して行く。


一人マリアは真っ暗な部屋の中、手探りで着替えの服を探す。とりあえず手にしたもので良い。今は身なりになど構っている場合では無いのだ。


着替えの途中、嫌でも窓の外の景色が目に入った。


マリアはその度に押しつぶされそうになる気持ちをなんとか抑え続けた。


暗闇に目が慣れ始めて、窓の外からはほのかに赤い光が差し込んでいることに気が付く。



王都が燃えていた――

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