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08 ようこそ



「そもそも旅が好きなんですよね」

 とは聖女ソラが自分たちについてくる理由の一番核心的な部分だったのではないかとエイデンは思っている。


 色々とソラは理由を並べ立てていた。折角あなた方にも頼りにされたわけですし。レテリア様にあんなことを言ってしまった手前、私にも責任の一端がありますし。他にもごちゃごちゃと言っていたが、結局のところは最後のその一言がほとんどこの女の全てなのではないかという気がしている。



「おお……。見てくださいあの稲穂が刈り取られてすっからかんになった畑を。具体的な面積はいくつで、収穫量はどれくらいだったんだろう……」


 ずっとこの調子で、馬車の窓に張り付いて外を見ているのだから。


 ノスターがははは聖女様というより徴税官の方がお向きでらっしゃるとか、皮肉なのかもよくわからないようなことを言っている。案の定ソラからそうなんですよ私聖女にならなかったら徴税官とか銀行員になろうと思っていたんですとあまり聖女からは出てこなそうなエピソードを開陳されて黙る羽目になっている。その横でクザロは黙々とスクワットを繰り返し、脚を軽めに鍛えている。


 エイデンは、ソラが見ているのと逆の方の窓辺に頬杖を突いて、外の景色を眺めている。

 ずっと考えていることが一つだけあって、それが不意に言葉になって唇から洩れる。


「レテリア……」

「あ、そういえば」


 それが呼び水になったらしい。

 聖女ソラが、こちらに話を振ってきた。


「何となくなあなあで聞いた気になっていたんですが、殿下はどうしてレテリア様のことをそこまでお気にかけていらっしゃるのですか。婚約破棄なんかしたのに」

「…………」

「もしかして、以前よりもレテリア様の『不吉』パワーが強くなってらっしゃるとか?」


 ソラには、現状については多少説明してある。

 彼女がレテリアを一目見て言い放った通り、エイデンとの婚約中、レテリアの周りではいくつもの不吉なことが――というか壮絶な事故が起こり続けていたこと。それを理由として、二人の婚約が破棄されたこと。


 しかし、確かに今こうしている直接的な理由については話していない。

 だから――


「好きだからだ」

 きっぱりと、エイデンは言った。


 気圧されたらしい。ソラの身体が少し後ろに傾く。「おぉ……」と素の声が出る。ノスターが苦々しい顔をする。クザロが口の端でうっすらと笑った気がする。


「ちなみに、」

 ぐい、とソラがもう一度前に出てくる。


「どうして好きなんですか? 顔?」

「なぜ最初に出てくるのが顔なんだ」

「レテリア様について一番よく知っているのがお顔だからです。お綺麗な方じゃないですか」

「それはそのとおりだが」

「『が』?」

「ここまで言えばわかるだろう。内面の話だ」


 ははあ、とソラは興味深げに頷く。

 さらに一歩踏み込んで、


「具体的にはどんなところが? あ、エピソードとかないんですか、エピソード。レテリア様のお人柄がよくわかるものとか、殿下が恋に落ちた瞬間のとか」

「……ある、が」

「『が』?」


 エイデンは窓の外から一度だけ視線を外す。

 真っ直ぐに言った。


「そういうのは、本人に伝えるのが先だ」


 ソラの口が、『お』の形になる。

 今度はもっと長めに「おぉ~……」の声が出る。ついでに手も合わせ始める。ぱちぱち、ぱちぱちぱち、と馬車の中に彼女のやたらに音の粒のそろった拍手が響く。


「そう言われてしまうと、それ以上は訊けませんね」

「そうしてくれ」

「あ、でも」

「なんだ」

「よかったんですか。さっき、レテリア様のことが『好きだ』というのは私たちが先に聞いてしまいましたけど」

「もっと前に本人には伝えている」


 あ、そうなんですか。

 ようやくソラは満足したのか、ずっと前のめり気味になっていた身体を背もたれに預ける。丁寧に、手は膝の上。


「あ、でも」


 ノスターが「聖女様は探偵にも向いてらっしゃるかもしれませんね。後は尋問官」と言ったのをソラは軽く流して、


「そんなにレテリア様のことがお好きなら、そもそもどうして婚約破棄をされたんですか?」


 エイデンは、答えなかった。





 その日の地方管理所は朝からてんやわんやだった。

 まず、朝から馬が一頭脱走した。


 これだけ周辺が広大で何もない辺境の土地だ。探すのに苦労するのは想像に難くない。というわけで騎士ニーナが愛馬のブルックバルク五世と共に捜索役として派遣される。馬を駆ることにかけては右に出る者がいない彼女は、あっさりと脱走馬を見つける。話を聞いてみると「元気があり余っちゃった」とのことだったので、そのまま一時間くらいを草原で走り回って潰してみる。


「ただいまー」

「ただいま『戻りました』、な」


 帰ってくると、先輩騎士が出迎えてくれた。

 馬連れ戻しときましたと言うと「すげえなお前」「よくやった」「頼りになるわ」と褒めてくれる。「それほどでも」とニーナはでれでれになる。


 が、


「んじゃ、今日はそのまま外で遊んでこい」


 それから急に、休暇を言い渡されてしまう。


 まさかさっきまで外で駆けまわっていたのがバレてクビということもないだろう。ニーナは特に焦ることもなく、先輩に訊ねる。


「なんでですか? あ、どこかで当番替わってほしいとか?」

「ん」


 先輩は双眼鏡を渡してきた。それから彼女が指差したのは、廊下の奥の方。窓。何が何だかわからないけれど、とりあえず言われた通りにそっちの方に向かってみる。


 その途中で、ニーナは思う。

 珍しく、管理所がピリピリしている。普段は暇そうに、和気藹々としているのに。ちょっとだけ、レテリアお嬢様がこっちに来ることになった日のようだ。結局、すぐにお嬢様の性格がわかって元の雰囲気に戻ったけど。


 窓の前に立つ。

 双眼鏡を覗き込む。


「馬車?」

 が見えた。


 車自体の価値はニーナにはよくわからないが、引いている馬に気品があるように見える。相当位の高い人が乗っているに違いない。平原の向こうから、その車がこっちにやってくる。


 車に家紋が付いている。

 どこのだっけ、と思い出すより先に、


「第一王子が来るんだとさ」

 先輩騎士が言った。


「侯爵家本家の方には話を通したらしいんだけど、よっぽど急いでるのか先ぶれがさっき来たばっかでさ」

「第一王子って……」


 ニーナは、実のところこういう辺境勤めなので貴族社会自体にそこまで明るくない。

 しかし、流石にわかることが一個だけあった。


「お嬢様を振った人ですか!?」

「あんまでかい声で言うな、そういうこと……」

「許せない! 迎え撃ってやりましょう!」

「って言い出すと思ったから、外で遊んで来いって言ったんだよ」


 お前まだ敬語怪しいし、と先輩騎士はニーナの頭を持つ。


 ぐりん。

 回れ右。


「こっちはアタシらで対応しとくから、お前はどっか行ってな」

「でも――」

「悪い、マジで忙しいから新人指導の余裕がない! 寂しいならぶーちゃん連れてってもいいからさ」


 夕飯くらいには帰ってこいよ、昼はそのへんで芋でも焼いて食えと送り出されてしまう。


 ブルックバルク五世愛称ぶーちゃんと共に外に追い出されて、しかし意外にもニーナはいつまでもふてくされてはいなかった。あまり先輩は自分のことがわかっていない、と彼女は思う。


「流石にこういうときに暴れちゃダメだってことくらいわかってるし」

「ブルル」


 賢い、とブルックバルク五世に顎を頭の上に載せられる。撫でられるがままにしながら、彼女は考える。まあでも、実際みんながああいう感じで忙しそうにしてるときにあたしにできることってあんまりないな。平民育ちだからそういう偉い人を相手にするときの機微とかわかんないし。じゃあ問題を起こさないためにも素直にどこかに行っておくのがいいか。


 待てよ?


「お嬢様って、王子様が来るって知ってるのかな?」


 ブルックバルク五世が知っているはずもなく、一人と一頭、揃って首を傾げる。


 お嬢様に知らせに行った方がいいのか、それともそれはそれでこっちにいるよりもよっぽど邪魔になってしまうから行かない方がいいのか。咄嗟に答えを出せるような問題ではない。うーん。むーん。


 悩んでいるうちに、管理所の前で馬車が止まった。


「あ、来ちゃった」


 あんまりここで悩んでても、それはそれで邪魔か。


 そう判断してニーナは、とりあえずブルックバルク五世に跨ってみる。まずはここから離れて、それからじっくり考えよう。ついでにあの元気のあり余った馬くんも一緒に連れて行ってあげようか。



「――ちょ、ちょっと! 聖女様、困ります!」



「ん?」

 歩き出そうとしたとき、管理所の方でそんな声が聞こえてきた。


 先輩の声だった。そして、そこからはもっとひどい。他の騎士たちも揃って大騒ぎの声が聞こえてくる。一体何が起こっているんだろう。やっぱりろくでもないのか第一王子。聖女とか聞こえた気がするんだけど何なんだろう。やっぱり応援に行こうかな。


「君、」

 すると、結構近くからそんな声がした。


 びっくりして振り向く。あの元気のあり余った馬くんがデンとしてそこにいる。


 馬が喋ったわけじゃない。

 金髪の男の人が、その馬に跨っていた。


「で、」

「レテリアのところまで案内してくれないか」


 流石に、顔は知っていた。

 殿下、と口にしようとしたのが、喉が震えて最後まで声にならない。似顔絵で見たことがあるだけの人が、今自分の目の前にいる。なぜか大騒ぎになっている管理所とは全く別のところから出てきて、その喧騒の影で、真っ直ぐにこっちを見つめてきている。


「頼む」

 どうしよう、とニーナは思っている。


「彼女に会いたいんだ」



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