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12 昔々とこれからのこと



「運命の神様、ですか」

 それは、もう少し前の時間まで遡る。


 エイデンがレテリアの下を再び訪れるよりも前。斧がすってんころりん転がって泉に佇んでいた謎の人物を直撃。それをレテリアが家まで運び込んで、看病して、暖炉がぶっ飛んで、その謎の人物が記憶を取り戻したところ。


「そうだ。私は運命の神だ」

 とか言い出したところ。


 はあ、としかレテリアは相槌を打てなかった。何せ、神様なんて会ったこともない。会ったことのある人なんているだろうか。聖女ソラならあるいはと思うけれど、彼女にしたってそんな逸話があるとは聞いたことがない。


 ましてさっき、目の前の人――神は、


「孫、ですか」

「ああ。相当遠いだろうがな」


 自分と血縁関係がある、とまで言った。

 こんなの全然、自分の人生に起こることとして想定していない。


 ふむ、と運命の神は思案気な顔をして、ベッドに再び腰を下ろした。


「まあ、いきなりそんなことを言われても受け入れづらかろう。順を追って説明しようじゃないか」


 そうして、彼は語り出す。

 自分はかつて、この地がまだ荒野だった頃に生きた一人の青年だった。旅の途中に出会った娘と恋に落ち、この場所に一つの家を建て、それが街に、領地にと発展していった。


「そしてある日、私の下に『運命の神』を名乗る女が現れた」

「え?」

「まあ聞け。私はそれを浮気だと勘違いした妻に散々にしばかれてな。これがもう、結婚以来なかなか見ないほどの怒りようだった。この顔だから、誰かとの恋仲を疑われるのは生まれてこの方日常茶飯事ではあったんだが、今回は子どもも全員妻の味方だからひどい。妻の勘違いは嫉妬から来るものだと思えばこれ以上ないほど可愛らしくも見えるが、子らはなんだ。これでも愛情を持って育てたんだぞ。というわけでどうにか機嫌を直してもらう方法はないかと他の妻子持ちに助言を求めようとして、しかし行った場所が昼間の酒場だったのが悪かった。とんでもない飲んだくれどもと肩を組む羽目になり、私は妻に贈るプレゼントを巡る波瀾万丈の大冒険を――」

「…………」


 神の話には、全然関係のない寄り道も多かった。

 しかし不思議とその脱線も綺麗に収まるところに帰ってくるもので、


「それでようやくプレゼントを渡したときにはなぜか妻とその神が仲良しになっていて、やれやれこれじゃ私たちの冒険は何だったんだとほほのほと――そう。この神だ。運命の神と名乗る奇っ怪な女は言った。『どうだ。おれの跡を継いでみないか』と」


 意外な展開に、レテリアは訊ねた。


「神とは、お一方がずっと務められるものではないのですか」

「飽きたらパスするらしい」


 えぇ、と思わず声が出た。

 流石は孫、と神は頷いた。


「私も全く同じ声を出した。ただ、これも神によってまちまちらしくてな。責任感が強かったり、まめだったり、のんびり屋だったり、そういうのは代替わりをすることもなくずっと務めている場合もある。それに、飽きたらパスできると言っても、誰にでも譲れるわけではない。適性のようなものがあってな」


 その説明については、レテリアはすぐに呑み込めた。

 聖女ソラ。光の神に選ばれたと言われる彼女のことが、すぐに頭に浮かんだからだ。


「あなた――ええっと、おじい様と呼ばせていただいても?」

「どんどん呼びなさい」

「おじい様は、その『運命』への適性がおありだったと」

「そうだ。流石はわが孫。ものわかりがよく、話も早く、賢いな。私に似たのかな?」


 にこーっと満面の笑みで神は言う。

 それから再び、


「これも考えてみれば結構心当たりがあったものだ。思えば若い頃からそういう――」

「では、」


 あ、とレテリアは口を押さえる。人の話を途中で遮ってしまった。これは良くないと、口を噤んで神に先を促そうとする。


 が、


「なんだ、どうした。訊きたいことがあるなら何でも言うがいい」


 ん、と今度は向こうから発言を促されるので、


「私の、」

 勇気を持って、ずっと誰かに訊きたかったことを、レテリアは訊いた。


「私の『不吉』も、それなんでしょうか」





 なんだそりゃ、と王宮文官ノスターは思っている。

 勘弁してくれよ、とも同時に思っている。


「というわけで、そこでようやく私も我が孫がどういう状況に置かれているのかわかった。結論から言うと、彼女には運命の神としての適性がある」


 そもそもが、予定外の仕事だったのだ。

 このあたりのスケジュールに、こんな出張の予定はなかった。婚約破棄が終わってどしどし応募が来るエイデンの婚約候補の釣り書きでも見て、適当に頭を悩ませているつもりだった。


 それが、なんだ。

 いきなり神だの何だのと。


 そんなのは全く、自分の専門外だ。


「実を言うと、これはそれほど珍しいものでもない。どんな人間にも何かしらの神の素質というものはある。が、レテリアの場合は特異にそれが強い。私も人であった頃は似たような性質を持っていたが、これほど即物的で具体性を持ってはいなかった」

「つまり、素質の強さよりもその表出のあり方が問題ということか」

「うむ。聡いな、第一王子。そのとおりだ」


 うむ、じゃねーよと思っている。

 聡いな、でもねーよと思っている。


 エイデンが運命の神とやらの話に的確な相槌を打っているが、こっちは全く意味不明だった。何をどうやったらそんなのをすんなり呑み込めるのか。大体変だと思わないのか。普通に人間が生きていたら目の前に実体を持った神なんて出てくるわけが――


「へえ。じゃあレテリア様は、私にもちょっと近いんですかね」


 聖女が言った。

 こいつを連れてきたせいなのかもしれない、とノスターは思った。


 冷静に考えるとその思考には何の合理性もなく、彼女を連れてきたことといきなり神の話が始まったことの間には何の因果関係もないのだが、とにかくそう思ってしまったのだから仕方がない。地方管理所の方でも大騒ぎを引き起こしたし、遍歴聖女なんて頼るんじゃなかったと今更思う。


 というか誰なんだ、こんなのを聖女に選んだのは。

 どうかしてるだろ。


「……君、ちょっと訊いていいか?」

「はい、なんでしょう。運命の神よ」

「聖女ということは、光の神から選ばれて加護を与えられたということでいいのか?」

「ええ。お会いしたことがありますが、終始笑いの絶えないとても気さくな方でしたよ」

「……疲れてんのかな、あいつ…………」


 大体ノスターが考えているのと同じようなことを、運命の神も言う。

 やめろよ、とノスターは思った。なんか気が合ってるみたいになっちゃうだろ、と。


「それで、それをどうにかして落ち着かせる方法はあるのか?」


 ところで、今いるのはレテリアの家の中だった。

 硬めの椅子の上に計七人で座っている。あっち側には向かって左から騎士ニーナ、レテリア、運命の神の順。こっち側には左から聖女ソラ、文官ノスター、エイデン、騎士クザロの順。なんで私が殿下と聖女様の間に挟まれるんですかおかしいでしょう、という当然の訴えは、クザロの「レテリア様に気を遣ってやれ」という言葉で棄却された。


 真剣な顔をしてノスターの右隣、エイデンが運命の神に訊ねる。

 なぜかノスターの左隣、聖女がそれに答える。


「では、私の聖なる光の波動をレテリア様に浴びせてみましょうか。運命への適性が私の光で塗り潰されるかもしれません」

「おい誰かそいつを抑え込んでくれ!」


 運命の神が叫んだ。


 えっ、とノスターは慌てる。誰かってそれ、座ってる位置的に私なのか。聖女を取り押さえる? いや、そんなことをしたら国際的な非難を浴びかねない。しかしこの場合神の命令の方が優先度合いは高いのか? こんな場合の先例は――


「ていっ」

「あら、取り押さえられてしまいました」


 悩んでいる間に、ニーナがソラに飛びついた。


 別に床に転がしたりはしない。抱き着くようにしてソラの両手を取って、後ろに回す。危害らしい危害とも言えず、取り押さえられたソラも涼しい顔をしている。


 ノスターは初めて、「自分は仕事ができないのでは」という気持ちを味わった。

 そもそもこれ私の仕事かよ、という多くの労働者が一度は感じることになるであろう気持ちも、同時に味わった。


「絶対にそれはするな」

 と運命の神は言う。


「君の光の力は破格に強い。全盛期の光の神かと思うくらいだ」

「光栄です」

「そういうのが意識的に他の神の力に干渉すると、マズい。大変なことになる」

「どういったことが起こるのでしょう」

「爆発する」


 へー、と聖女が言った。

 へー、じゃねえだろとノスターは思った。


 それから、何だか色々と自棄になってきた。


「運命に対する適性なのですから、聖女様のお力を借りるよりもそちらの運命の神の力を借りて解決するのが正道なのではありませんか?」

「うむ。そこの文官の君、非常に道理にかなった良い提案だ」


 褒められた。

 悪い気はしないが、言っていることに何の手ごたえもないので、特段良い気もしない。


「しかしな、運命の力というのは他の神が司る力と比べても特に不確定性が高い。私が干渉したことでかえってレテリアの力が暴走する可能性も高いと見た。そこで、一旦その力を見極めることにした」

「というと、力の発動条件や、発生事象の内容や規模に関する規則性を見つけようとしたということですか」

「そのとおり。たとえば……そうだな。聖女よ」

「はい」

「君はさっき当然のように『光の力を使う』と言ったな。どうやって使っているか、自分でわかっているか」


 もちろん、と聖女は頷いた。


「こう、内なる力を――」

「ここでやるなよ」

「――『はああああ!』という感じですね」


 運命の神は頷いて、


「どこでそれを覚えた」

「どこで……。いつの間にか、でしょうか。最初は人の仕事を奪い取るときや、入りたいけど入っちゃいけない場所に押し入ろうとしているときに、こう、人を説得するために使っていたら、そのうち自在に出せるように」

「…………そうか」


 頭を抱えて、しかしすぐに気を取り直す。


「これは光の力の例だから、同じように自在に出せるようになるとは限らない。実際、私が人間だった頃もほとんど無自覚の人生の起伏として力は表れていたからな。だが、聖女が人の仕事を奪い取るときに輝いていたように……本当にそれで大丈夫なのか? これだけレテリアが遭遇する『不吉』が具体的なものなら、何かしらその周辺に兆候であったり、条件であったりが存在する可能性が高い。そこで、共に暮らすことでそれを探してみることにした。といってもこの子は妙に自立心が強いというか頑なというか、全然私に家事の手伝いをさせてくれなくてな。全く、これでも昔は相当家政の手腕で鳴らしたものなのだが――」

「それで、それは見つかったのか?」


 エイデンが訊ねる。

 それが、と運命の神は首を横に振った。


「残念ながら。つぶさに確認してみたから、おそらく肉体的な何らかの癖に連動しているわけではなさそうだということはわかった。それから、たとえば幸運に恵まれた後にその帳尻合わせのように不運に見舞われているのかとも考えたが、どうもその関連性も薄い。今のところ、わかったのはそのくらいだ」

「……そうか」


 エイデンが呟けば、それが一つの区切りの言葉となる。

 部屋の中に、しばらくの沈黙が落ちた。


 当然のことだ、とノスターは思う。神だの何だのという話がわからないのは、自分だけではあるまい。いきなり新しい情報を渡されて、しかも肝心のところはその神自身にすらわからない。これでさらに建設的な意見を言える人間など、どこにいるだろう。


 言葉のないまま、時が進む。


「――では、」

 それを打ち破ったのは、レテリアだった。


「その、そういうことですので。私はしばらくここでおじい様……運命の神様と共に、自分の力の制御の仕方を探ってみたいと思います」


 どう聞いてもそれは、「だからこの話はここでおしまい」と伝える言葉だった。


 ありがたいことだ。こちらは「あなたの力になりたい」と来た手前、ではと自分たちから腰を上げることは難しい。この方のこうした相手の事情を汲む気遣いはなかなか細やかなもので、もしも予定通りに婚約が成ってくれたら、どれだけ落ち着いて仕事ができただろうと今更ながらに思う。


 名残惜しい気もした。

 だからノスターは、本来腰を上げるべきタイミングより、動き出すのが少し遅れた。


「エイデン殿下、聖女ソラ様。それからノスターとクザロも、本日はありが――」

「あのっ!」


 だからその声が聞こえたとき、まだ誰も踵を返してはいない。

 声の主は、騎士のニーナだ。


「えっと……すみません、発言よろしいでしょうか!」


 慣れていないのだろうな、とノスターは思った。


 哀れになるくらいにがちがちに固まって緊張している。子どもみたいに片手をピンと張ってもいる。運命の神に「もちろん」と頷かれれば、彼女はカチコチのまま、


「あた、わたし、こういう場に慣れていないので、発言に失礼があったら申し訳ないんですけどっ」


 しかし、意外にはきはきとした声で言う。


「さっきおじさ――神様が言ったじゃないですか」

「どれだい」

「幸運に恵まれた後、不運に見舞われるって。そういうことって、あるんですかっ」


 なかった、という話をしたばかりではある。

 が、この騎士の言いたいことはそういうことではなかろうとノスターは思ったから、


「一般的にそういう風に運命の力が働くのかという話ですかね」

「あ、そうっ! それです!」


 まあそれは、と運命の神は頷いた。


「それこそ一般的にそう感じるかどうかにかかるな。『運命』というのは単に『幸運』でもなければ『不運』でもない。君たちが自分の身体の仕組みの隅々を知らないように、私も運命の神でありながら運命の全てを理解できているわけではないが、たとえば地が雨に濡れたとき、天からその分の水が消えたと考えるのは筋道としては自然なことだろう」


 ちんぷんかんぷん、という顔をニーナがしている。

 ノスターは横から、


「あるかも、だそうです」

「あ、そうですか!」


 教えてくれてありがとう、とニーナが笑いかけてくる。

 急に優しい人扱いされたような気がして、ノスターは少し居心地が悪くなる。


「じゃあ、それなんじゃない? 後じゃなくて、先に、とか」


 ニーナは運命の神と親しいのだろうか。いつの間にか砕けた口調でそう聞いて、運命の神もまたそれを気にした様子はない。


 しかし、彼は首を横に振って、


「そっちも調べたが……いや、待てよ」

「何?」

「そう言われると、一個だけ……」


 心当たりが、と言った。

 私が記憶を失くしてベッドで寝ていたときの話なんだが、突然暖炉が爆発してぶっ飛んでそうしたら記憶がとか、またわけのわからないことを運命の神は口にし始める。


 一方で、そのときノスターは、あるものを見つめている。


 よくわからないことをふんふん頷きながら聞くニーナの横で、逆隣の方に視線を向けている。視線を落としている。そして、ついさっきの運命の神の発言と同じことを、頭の中に思い浮かべている。


 心当たり。

 一個だけ。




 ノスターは、なぜかものすごい速度で完治したエイデンの両足を黙って見つめている。




 確かに。

 確かに、いくらこいつでもそんなことはないんじゃないかと。んなわけねーだろと。


 そういうことは、思っていた。


「いや、しかし他の事例ではそうした法則が見えない。たまたまだったのだろうな」

「そっか……」

「そういう差し引きゼロは計算で発生すると気持ちが良いものですが、必ずそうなるというものでもありませんからね。実際、私も特に差し引きすることなく力を使っていますし」


 運命の神と少女騎士、それから聖女は全く気付く気配がない。仕方ないことなのかもしれない、とノスターは思う。骨折のことを知らないのだから。


「…………難しいな」

「…………はい」


 エイデンとレテリアも、気付く気配がない。

 いや、どうなんだ? 気付いているのにあえて言い出さないだけなのか? ノスターにはわからない。婚約破棄したけどもう一回求婚しに行くぜと言い出す人間の気持ちも、そんなたわけ者がやってきたのに普通に受け入れている異様に度量の広い人間の気持ちも、何ならその前段階の婚約破棄であーだこーだとやっていた二人のことも、正直よくピンとは来ていない。


 だから、残った一人。

 同僚に、強烈な念を込めた視線で訴えかける。


「――ん?」

 クザロが、こっちを見た。


 ぎっ、と思い切り睨みつけてやる。お前お前お前。お前は私と同条件なんだから。


 お前が気付け。

 お前が言え。


 クザロは、頷いた。


「失礼、殿下。日課の筋肉トレーニングの時間なので少々席を外しても?」

「ああ、構わない」

「では。腕立て伏せの重りとしてノスターも借りますね」


 どう考えても構わないわけはないのだが、なぜか脱出に成功した。

 小さな家の廊下。クザロと共に、ノスターは立つ。


「どうした。目で合図を飛ばしてきていたようだが、何か用か」

「……お前、本当に気付いていないのか」

「何がだ」


 とぼけているわけではなく、本気で言っているらしい。

 だから、と説明すれば、おお、とクザロは感心の声を上げた。


「流石だな、ノスター。間違いなくそれだ。早速殿下とレテリア様に伝えよう」

「そうか。じゃあ、お前から伝えてくれ」

「オレは他人の手柄を横取りする趣味はないが」

「…………」

「…………?」


 形勢は不利だとノスターは悟った。

 だから、一旦逃げの一手を打つことにする。


「よく考えたら、これは私たちの思い込みだけで決められるものでもないな」

「それは確かにそうだ。よし、ではあのレテリア様の騎士に訊いてみるか」


 すみません、とクザロは部屋に戻って訊ねた。

 トレーニングのためにどうしても必要なのですが、そちらの騎士の方をお借りしてもよろしいでしょうか。


「あんまりあたし、体重重くはないですけど」


 通るわけがない言い訳だと心の底から思うのだが、なぜか二度通った。

 ニーナがのこのこ廊下まで出てくる。しかし、これは悪くないとノスターは思う。


「すみません、実はトレーニングは口実でして。あなたにお聞きしたいことがあるんです」

「はい? なんでしょう」

「確認なのですが、レテリア様は――」


 訊ねてみると、まあ予想の範疇かという答えが返ってきたから、


「そうですか。では、実はさっきニーナさんが仰っていた件、こんな仮説がありまして」


 かくかくしかじか。

 すると、パッとニーナは顔を輝かせて、


「そっか! 絶対それだよ!」

「そう言ってもらえると自信が湧きますね。では、その後の提案も含めてニーナさんの口から皆さんに伝えてもらえませんか」

「任せて! あ、いや、任せてください!」


 なんと素直でわかりやすい反応だろう。クザロと取っ換えてほしい。

 ほっと息を吐きながら、ノスターはニーナの後に続き、三人で部屋の中に戻っていく。


「発表があります!」

 ニーナが言えば、部屋の中にいた全員が彼女を見た。


「仮説なんですが、お嬢様の不運と幸運の差し引きは遠く離れた場所で行われてたんじゃないでしょうか!」


 うんうん、とノスターは頷く。ちゃんと話してくれそうだ。


 ほう、と運命の神が眉を上げて、


「それは、たとえばどういう?」

「王子様――殿下の両足の骨折が、この間いきなり治ったらしいんです」


 言えば、神はエイデンの足を見る。骨折してたのか。ええ、虎にキックした結果、両足を。虎にキックしたのか……。


「で、その頃にお嬢様も不運に見舞われていたんじゃないかと」


 話を振られて、レテリアは面食らったような顔をする。そのせいだろうか、口を突いて出てしまったというように、肯定の言葉を小さく口にする。家が燃えました。


 しかし、と聖女が口を挟んだ。


「それだけではただの偶然と片付けることもできますよ。さっきの暖炉が爆発して記憶喪失が治った話と同じように」


 その話何なんだよ、とノスターは思った。


「でも、これだとたくさんの出来事の説明が付くんですよ」


 ふんす、と借り物の知恵を披露しているとは思えない胸の張りっぷりでニーナは言った。


「お嬢様は、元々はそこまでこんなに不運な目に遭ったりはしなかったと言っていたじゃないですか」

「え、ええ」

「でも王子様と婚約してからはどんどんその不運が強くなっていって、デートのたびに酷い目に遭って、婚約破棄して離れ離れになってからも王子様に良いことが起こって、そのときお嬢様の周りでは事故が起こってる……」


 え、とレテリアが内容を察したのか動揺を始める。

 エイデンは一方で、まだ何を言われるかわかっていないらしい。アホか、とノスターは思う。仕え始めて十数年、なんだかんだ完璧に近い優秀な王子だと思っていたが、今日このときほど呆れたことはない。


 こんなの誰の目から見ても、明らかだろ。




「お嬢様は王子様のことが好きすぎて、幸不幸のバランスをいっぱい崩してしまっているんだと思います!」




 静寂。

 ノスターの心には、安らぎがあった。


 ものすごく気まずい空気が流れている。よかった。これを言うのが自分ではなくて。全然我関せずで、自分より年下の少女の背中に隠れてこれを聞く状況が作れて、本当に良かった。


 だって、こんなこっぱずかしいこと。

 とても真顔で、「ぼくがかんがえました」なんて言えやしない。


「って、こちらの頭の良い眼鏡の人が言ってました!」

「!?」





 それからは、堰を切ったように大騒ぎだった。


 あらまあロマンチックな発想の方なんですねえ、とソラが言う。ノスターが凄まじい反論を始める。ぽん、とクザロがその肩に手を置く。振り向かれると、すごく良い笑顔で「オレはお前のそういうところ、最初から知ってたぞ」と言う。ノスターが暴れ出す。なんかダメだったの、と今更ニーナが焦り出す。


「…………」

「…………」


 エイデンが、こっちを見ている。

 レテリアは、目を合わせられずにいる。


「あー、なんだ」

 その仲立ちをするようにして、運命の神は言った。


「まあ確かに、理屈は合う。理屈は合うが、特に強烈な証拠があるわけでもないし、」


 確かめてみるのはどうだ、と。


「確かめる?」

 エイデンが訊き返せば、彼は頷いて、


「実際そういう仕組みがあると予想した上であれば、観察するときの目も違うだろう。……たとえばそう、しばらく一緒に過ごしてみたりすれば、その予想が合っているかどうかはわかるだろうし」


 だから、と言う。

 恐る恐る、気を遣うようにして、



「後は若い者同士で……とか」



 どうかな、と言った。


 どうもこうも、とレテリアは一瞬だけ視線を上げる。その一瞬で、エイデンと目が合う。

 外そうと思っても外せないし、外そうと思う気持ちすら起こせない。


 どうもこうも、なかった。



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