第239話 龍と虎の一幕1
この人達は今後登場しない気がする。
ガジュッ!
フォンスの街中。とある路地。
その先を抜けると小さな空き地があった。
今日は青空が広がっている。
気持ちのいい気温と天気。
心地の良い環境で、よりよいゲーム日和だった。
ガジュリッ!
軽快な音を立てていた。
それは真っ黒に焼け焦げたリンゴの様。
齧った際の音が謎に響くと、自分意外誰も居なかった筈が、つい人を呼び寄せてしまう。
「こんな所にいたな、信虎」
現れたのは女性だった。
全身に薄い緑が掛かった鎧を着込んでいる。
腰には刀を携えており、格好と武器が絶妙に合っていないが、それでもスマートに着こなしていた。
「なんだぁ、謙龍。わざわざ捜しに来たのかよ?」
リンゴを齧っていた男性は体を起こした。
無精髭を生やし、頬には傷がある。
如何にも強面な顔立ちをしているが、中身は優しかった。
「当り前だろ、信虎。これからダンジョンに行くんだぞ」
「はいよぉ、仕方がねぇな」
頭をポリポリと掻き毟る信虎。
あまりにもズボラでおまけに欠伸まで掻いている。
やる気の欠片も見えない態度に、謙龍はいつものことだと知りながらも、如何しても口を挟んでしまった。
「仕方が無いだと? 元はと言えば、お前が言い出したことだろ」
「俺が言い出したこと?」
謙龍は非常に怒っていた。
当の本人が忘れるとは言語道断だ。
口を尖らせると、忘れ切っている信虎に言い付ける。
「そうだ。お前が引き受けた依頼だ。それに巻き込まれた私の身にもなって見ろ」
謙龍は非常に怒っていた。
刀を鞘ごと抜くと、信虎に突き立てる。
鞘から抜かれていれば、このまま切り掛かれるだろう。
それ程までにムカついていたのか、信虎は謝る。
「悪かった。これでいいか?」
「いい訳がないだろ」
信虎の気怠そうな態度が気に食わない。
謙龍は眉間に皺を寄せると、クールな顔立ちが台無しになる。
馬が合わないのは確実で、それでも謙龍は耐え忍んでいた。
「お前、相変わらず周りと馴染めないな」
「いいだろぉ、それが許される仕事なんだ」
「だったら私を巻き込むな。はぁ……とっとと行くぞ」
謙龍は溜息を付いた。
昔ながらの腐れ縁だから、仕方なく付き合っているだけだ。
「食い終わってからでいいだろぉ?」
「チッ、何度言わせれば気が済むんだ」
舌打ちをする謙龍。
その気持ちも分からないでもなく、信虎の自由気ままな態度に苛立つ。
「お前、いい加減にしろよ、私だって本気になれば……」
「わぁってる、わぁってる。それより少し落ち着け、ほら、コレでも食え」
そう言うと、苛立っていた謙龍に、信虎は何かを投げ渡す。
真っ黒に染まった小さなボール。
受取った謙龍がソレを見ると、信虎が食べていたリンゴと同じだった。
「って、お前が夢中で食いまくっていた奴じゃないか」
「そうだ。甘いから食ってみろ」
「お前……何処まで私のことを……」
完全に遊ばれている。
リンゴ一つで気が収まると思い込まれている。
腹立たしい謙龍は本当に刀を抜こうとした。
それを見た信虎も流石にマズいと思い、手を前に出す。
「いいからぁ、さっさと食えよ」
「チッ。分かった(ガシュッ!)」
急かされた謙龍は埒が明かないと知る。
仕方が無いので、一口齧ってみることにした。
リンゴは別に好きでも嫌いでもない。
けれどこれだけ真っ黒に染まった焼きリンゴは、流石に食べたことが無いので、一応は警戒した。
「んんっ!?」
しかし目の色が変わった。
とてつもない甘みと酸味。重なり合う調和性。
現実で食べたことのあるリンゴとは訳が違い、目が回りそうになる。
「な、なんだ、このリンゴは!?」
「俺が依頼を出しておいて、わざわざ自分で採りにまで行ったリンゴだ。美味いだろ、アップルビーの焼きリンゴ」
信虎はズボラで気怠いのは変わらない。
けれど行動力を同時に兼ね備えてはいる。
その結果からだろうか。依頼を出しておいて、追加で自分の足も使った。
それ程までに食べたかったのは、今の時期が最高に美味なアップルビーのためだった。
「お前がこの数日間掛けて、謎に採り続けていた奴か」
「そうだぜぇ、美味いだろ?」
「確かに。美味いが……少し待て? 依頼で納品された奴があっただろ、アレはどうしたんだ?」
謙龍は思い出した。この間、信虎が冒険者ギルドに出した依頼。
そのことを記憶に留めていたのだ。
「アレかぁ? アレはなぁ」
「まさか、受け取らなかった……なんて言わないだろうな?」
「んなことはねぇよ。ただ、アレは面白かったな」
「ん? 確か他のプレイヤーと共闘したらしいな。それが面白かったのか?」
謙龍は信虎がアップルビーを捕獲するために、動いてことを知っている。
その際に、他のプレイヤーと共闘したこともだ。
それがいつもと違って刺激的だったのか、ニヤついた気色の悪い、誰の得にもならない笑顔を浮かべている。
「気持ちが悪いぞ」
「そんなこと言うなよぉ。けどな、アレは面白かったぞ」
苦い顔を浮かべる謙龍。あまり見たくない。
そう思う中、信虎は相も変わらない。
何が面白かったのか、流石にそこまでは性格も考えも違うから、興味が無い。
「まさか、その顔で出たのか?」
「いやぁ、焔虎の姿でだ」
「だろうな。お前は顔が怖い。そのままの姿で対面すれば、大抵の奴はビビるからな」
信虎の顔は怖い。ほとんど現実と大差ない。
だからだろうか。大抵の人間は、顔を見ただけで腰を抜かす。
頬の傷も相まってか、生き辛い奴だった。
「で、ソイツの名前は分かっているのか?」
「いやぁ、でも面白かったぞ。まさかバリアを張るとはなぁ」
「バリア……か。それは面白いな」
バリアを張るようなスキルはほとんど無い。
そんな恵まれた珍しいスキルを持っているのは確かに面白い。
「おまけに光も出していたぞぉ」
「魔法も持っているのか。完全にサポートタイプだな」
「おぉ、俺もそれで助けられたぁ。だからな、アレは特別なリンゴだ。幾つかは報酬として返してやった。粋だろぉ?」
信虎はニヤッと笑みを浮かべた。
本当に誰の得にもならない笑顔だ。
それを正面から見せつけられた謙龍は苦い顔を潰した。
「粋かどうかは知らないな。とにかく、お前はお前が取って来た依頼を早くこなせ。分かったな」
「あいよぉー。にしても、アレは面白かったなぁ」
信虎はニヤニヤした笑みを浮かべている。
謙龍はうんざりした顔をすると、頭を抱えていた。
リンゴを齧り、口の中を酸味の強い甘さに浸ると、にんまりとした笑みを浮かべる。
「やっぱり美味いな、このリンゴは」
信虎は満足していた。
少女と共闘した焔虎は腐れ縁の友達と共に、別の依頼を受ける。
面倒に思いながらも行動力のある信虎に、謙龍は付き合わされていた。
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