第233話 焔の虎
現れたのは炎に包まれた一匹のトラ。
「〈運命の腕輪〉:モード攻撃!」
Dは〈運命の腕輪〉に呼び掛けた。
左腕から外れると、戦輪の形に変わる。
ギュッと握ると、同時に魔法も放った。
「【光属性魔法(小):フラッシュ】!」
余った片手を突き出した。
するとボワッと眩しい光が放たれる。
大量のアップルビーを一層はできないけれど、眩しさで視界を奪う。
「それっ!」
視界を奪われて動けなくなった。
その瞬間、戦輪をバンと振るって叩き付ける。
アップルビーを何匹もまとめて薙ぎ払うと、地面に散った。
ベチャッ!
「ご、ごめんんさい!」
Dは悪いと思った。
地面には倒されたアップルビーが散らばっている。
リンゴの体がグチャグチャになると、そのまま甘い芳醇な香りが漂う。
「うっ……あ、甘すぎるよ」
けれどその匂いはやけに甘かった。
咄嗟に華を押さえると、Dは咳き込んでしまう。
アップルビーは毒は無い。けれど毒に匹敵する凶器を持っていた。
「もしかして、N:ブルさん言っていたのって」
そこでDは思い出した。確かにN:ブルは「アップルビーに毒は無い」と言っていた。
けれどただ毒が無い訳じゃない。毒にも勝る、それこそ凶器にもならないような、匂い言う凶器を隠し、Dのことを自然と追い詰めた。
「(コホンコホン)! ううっ、気持ち悪いよ」
たった数匹でこの匂いだ。
これ以上のアップルビーを倒せばどんなことになるか。
鼻を貫き、脳を焼いてしまいそうな甘さに狂わされる。
そんな気がしてしまうと、ユックリとだが後退する。
「に、逃げないと、早く逃げないと……」
頭の中はまだ冷静に働いていた。
一歩ずつ後退すると、アップルビーから距離を取る。
一種の恐怖心を感じたDだったが、アップルビーは構わない。
逃げようとするD相手に、執拗に襲い掛かった。
「こ、来ないでください!」
叫んだDは抵抗する。
持っていた戦輪を軽く、できるだけアップルビーから離して振るった。
すると当たらない位置の筈が、アップルビーはわざとのように、戦輪に触れる。
ベチャッ! ベチャベチャ!!
「あっ、また!? (ゴホン!)」
Dは咄嗟に戦輪を振りかざした。
するとアップルビーは何の抵抗もなく倒される。
地面に払い落とされると、そのまま息絶えるが、再び匂いの暴力がDを襲う。
まるで死ぬことを恐れていなかった。寧ろそれを前提にしていた。
アップルビーは一匹一匹、個体で動いている訳ではない。
ハチらしい群れによる集団行動で統率されると、自己犠牲さえ本望なのか、まるで厭わなかった。
「もしかして、コレが狙いなんですか?」
そうとしか考えられない行動だった。
リンゴの花の蜜を栄養源にするモンスターが、Dを襲う理由。
単純にアップルビーの生態が関係しているとしか思えない。
一度縄張りに入って来た相手は絶対に逃がさない。
おまけに容赦せず、個体がやられてでも必ず倒す。
そんな執念にも及ぶ行動が、Dの脳内で加速した。
「N:ブルさん、嘘つきです。アップルビー、凄く強くて怖いじゃないですか!」
N:ブルに対して怒りを爆発させたD。
しかしN:ブルも嘘は何もついていない。
このゲームに、危険ではないモンスターは存在しないのだ。
けれどこれ以上の戦いはごめんだ。
Dはそう悟ると、攻撃よりも防御を優先する。
〈運命の腕輪〉に呼び掛けると、攻撃から防御に切り替えた。
「ここは……これしかできませんよね」
Dの体がバリアに包まれた。
〈運命の腕輪〉の持つ形態変化で、所謂防御形態。
Dを中心として、スッポリと覆う無敵のバリアを数分間展開すると、アップルビー達は近付けず、簡単に弾き返した。
「これで一安心……って訳にも行きませんよね」
もちろん“無敵の防御”は防御だけが無敵なだけだ。
しかも直にこのバリアも解けてしまう。
そうなった時が一巻の終わり。攻撃も碌にできない中、人知れず絶体絶命のピンチに脅かされていた。
「それじゃあどうすれば……熱っ!?」
急に真後ろの藪がガサゴソ揺れた。
気になって振り返ろうとした瞬間、Dの頭上を何かが跳んで行く。
全身を微かに走った熱の感触。Dは慄くと、倒れそうになってしまう。
「おっと、っと……一体なにが起きたんですか?」
クルンと踵を返して振り返った。
一体何が頭上を跳び越えたのか。おまけに熱だけが貫通して来たのか。
その原因が気になって仕方が無い。
「えっ?」
Dは言葉を失い、唾を飲んだ。
バリア越しに広がっていたのは、炎の壁。
それが如何してかDの周りを覆い、襲って来るアップルビーを牽制している。
「これ、なんですか?」
もちろんDは何もしていない。
火属性魔法何て使えないのだから当然だ。
それなら何故? と思い、目を凝らしてみる。
安全圏から外の様子を確認すると、真っ赤な生き物が走っている。
「アレは……虎ですか?」
走っているのは真っ赤な虎だった。
全身から炎を噴き出していて、もはや炎を纏った焔の虎。
それが炎の壁を自発的に築き上げると、アップルビーを焼き払う。
「アップルビーが、炎に飲まれてます?」
アップルビーは逃げようとした。
翅をバサバサ忙しなく動かすが、何故か炎の壁から抜けられない。
それにも原因があって、翅を動かす度に空気が送り込まれ、酸素を得た炎がより一層火力を上げる。
メラメラと燃え盛る炎がアップルビーの体を包み込んだ。
前と後から挟み込むと、逃げられるのは上だけ。
上昇気流を使おうにも、体が重たいのか、全く逃げることができない。
「これって、アップルビーが全滅ってことですか?」
襲って来ていたアップルビーは群れ事全滅する。
Dはただ見ていることしかできない。
この事態を招いた虎も、別に悪いことはしていない様子で、ただグルグル回っていた。
自分自身が火車になると、熱が地獄を招く。
「えっ、えっ!?」
Dは突然のことでパニックになっていた。
アップルビーの群れが一掃される。
しかも原因は、真っ赤な炎を纏った体長四メートル程の虎。たった一匹だけでやっつけたのだ。
「なんで、私を……助けてくれたの?」
Dは訳が分からなかった。
突然薮の中から飛び出したかと思えば、アップルビーを焼き払う。
まるで容赦することなく、ましてやDには無関心だった。
「しかも円を描くように回っていて、もしかして知性があるんですか?」
仮にNPCやモンスターだとすれば、相当INT(知力)のパラメータが高い筈。
それでも、Dからしてみれば、NPCやモンスターとは思えない。
何故か人間味を受け取ると、Dはバリアの中で立ち尽くす。
「一体、何者なんですか、貴方は?」
戦う気力何て一切湧かない。
代わりにアップルビーを一掃し、全て焼き目をこんがり付けている。
一匹の焔の虎が眩しくて、アップルビーを倒すと、その場で動かず立ち止まっていた。
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