第227話 合唱の成果
「はぁー」
「あはは、溜息だね」
ミュージュは大きな溜息を付く。
その理由はもちろん知っている。
「誰のせいだと思ってるのよ?」
「私のせいでしょ? 理解してるよ」
ミュージュの溜息の原因。それは童輪だ。
まさか同じ大学だったとは思ってもみなかったらしい。
「どうしてこんなことになるの?」
「完全に偶然だよ」
「偶然……怖っ」
確かに偶然は怖い。けれど逆に考えれば、出会いは必然だったかもしれない。
もちろんそれに対して白黒つけることはできない。
偶然も必然も見えない縁だからだ。
「でも正体が判って良かったよ」
「正体って?」
「桜浜大学の妖精。やっぱりミュージュだったんだね」
童輪としては満足した。犯人探しみたいになってしまったけれど、妖精の正体がミュージュで安心する。
改めて思うが本当に賭けだった。確信は盛っていたが、それが仮に違った時。童輪は如何したのだろうか? 様々な思考が巡ると、恐怖が募ってしまう。
「妖精? それって私のこと?」
「そうらしいよ。私も詳しくは知らないけど、友達がそう言ってた」
「その友達ってもしかして……」
「フェスタ」
「怖っ、キモっ!」
ミュージュ本人は妖精の噂を知らなかったらしい。
噂って大体そんなもので、本人の耳には入らない。
童輪は友達から聞いたことを説明し、それが祭理であることを明かすと、ミュージュは更に肝が冷える。重なりすぎた出合いに、重圧を感じたのだ。
「それじゃなに? 私は最初から袋の鼠だったの?」
「そうかもしれないね」
「ううっ、寒気がするわ」
ミュージュは面白いことを言った。
確信をもって自分達の縁を際立たせようとする。
それを童輪は笑って済ませると、ミュージュに質問する。
「どうしてシンセサイザーなのかな?」
「はっ?」
童輪はずっと気になっていた。何故持ち運びができるタイプのシンセサイザーなのかと。
実際、シンセサイザーよりも大学のピアノを使った方が何倍も幅は広がる筈だ。
「バカみたい。そんなこと訊きたいの?」
「もちろん他にもあるよ。演習室を使わない理由とか」
「ああ、そんなこと」
派生するように演習室の話題を出す。
するとミュージュはバカな質問に対し、目を細める。
「決まってるでしょ。私は環境に頼りたくないの」
「環境?」
“環境”あまりにも単純な二語だ。
けれど今この場所の風景を切り取れば素直に読み解ける。
この場合における環境とは、文字通りの意味だ。
「最高の演奏をするために環境は必要不可欠よ。でもね、それで自分の腕を過信したくないの」
「なるほど。環境が要因で自分を測りたくないんだね」
「……分かってるじゃない」
ミュージュにとって環境は一要因に過ぎない。それで自分の腕を測りたくはない。
当然だ。環境が全てだと言い張れば、腕なんて鈍ってしまう。
それは本当に実力ではないと、ミュージュは気が付いていた。
「私は演習室を使うこともあるわ。でもね、私にはこれしかないの」
「これしかって?」
「音楽しかないのよ。だから本気でやるの。下手な真似して、音楽に嫌われたくない。そう思うのよ。おかしいでしょ?」
ミュージュにとって、音楽は生き物だ。嫌われて手放したくないと思う程に。
それ程までに本気だからこそ、どんな環境下でも最高のパフォーマンスを発揮する。
その努力を惜しまない姿勢に感銘を受ける。
「いいや」
「笑いたかったら笑えばいいでしょ?」
「笑わないよ。むしろ素敵だと思うな」
童輪はバカにされたいのか、何故かムキになるミュージュを宥める。
ソッと寄り添い掛けると、決して笑ったりしない。
むしろ誇れる才能だと思った。
「そんなこと言う人、珍しいわね」
「そうなの?」
「音楽に通ずる人しか言わないわよ」
「あはは、まあ多少はかじったから」
ミュージュは面白かったのか、ちょっとだけ笑みを浮かべる。
それを受けてか、童輪も自然と笑みをシRキーす。
他愛のない会話。展開された話はそれくらいで、童輪は力を抜いた。
「さてと」
椅子から立ち上がった。
正体も判ったことだし、これ以上時間を取る訳にもいかない。
ミュージュにとっても迷惑なので、童輪は早々に退散しようとした。
「ん? 何処行くのよ」
「ミュージュの邪魔はしないようにしようと思ってね」
「もう邪魔してるでしょ?」
「そうだね。だからこれ以上の真似はしない。もう関わらないから、行くね」
童輪は別れを告げてミュージュから去ろうとする。
するとミュージュの手が伸びた。
童輪の服を掴むと、話さないように必死だ。
「待ちなさいよ」
「どうしたの?」
口調が一瞬にして変わった。
何やら思う所があるらしい。
童輪は首を捻ってしまうと、ミュージュは言葉を溜める。
「私の正体を知って、どうしたいの?」
「別にどうもしないよ」
「それじゃあなんで私に構うの?」
「もう構わないよ。私はただ知りたかっただけだよ。ミュージュがそれだけ固執する理由をね」
童輪にとって真実は既に手の中にある。
ミュージュが音楽に固執し、他者との関りを避ける理由。
それは音楽にあった。音楽に本気だからこその行動だった。
「だかたもう邪魔はしない。それだけだよ」
「……私、気が付いたわ」
「ん?」
急に物思いに耽るミュージュ。
何やら気が付いたことがあるらしいので、童輪は聞いてみた。
「一人じゃ限界があるって」
「そうだね」
「もちろん大抵のことは一人でもなんとかできるわ。でも私は違った。今まで一人でやって来た音楽も限界があるって気が付いたの。今の合唱でね」
如何やら相当胸に響いたらしい。
童輪は知らずに影響を与えてしまったことに対し、何故か謝る。
「ごめんね」
「謝らないでよ」
「ミュージュの感性を汚しちゃったからね。私の責任だよ」
感性に影響を与えるのは、芸術家にとっては痛手だ。
本来ある筈の自分を失い掛けてしまいかねない。
その影響を考え見ると、自分の行動は愚かだった。
「確かにそれはあるわね。でも今回は違うわ」
「違うの?」
「ええ。むしろ良かったわ。普段見えてこなかったものが見えた気がするの」
如何やら強い影響は開かなかった扉を開けたらしい。
普段の自分には出ない考えにミュージュは呆れる。
だからだろうか。その正体を確かめたいと願う。
「ねぇ、貴女達のギルドに加えてくれない?」
「私達のギルド?」
「〈《アルカナ》〉だったわよね。私、自分の感性を広げたいの。そのために出会いが欲しい。ダメかしら?」
ミュージュからの突然の要求に、童輪は驚く。
けれどミュージュにとっては確かな可能性だ。
見えない物を見る絶好の機会。それを逃す訳には行かない。
「いいよ、むしろ歓迎する」
「ありがとう。それじゃあ……音羽詩波」
「ん?」
「私の名前よ。私は音羽詩波。貴女は?」
童輪はミュージュの願いに応えた。
勝手に決めてしまったが、フェスタもDもシルキーも受け入れてくれる筈。
そう願うと、ミュージュは嬉しくなった。自分の名前を明かし、童輪に伝える。
「私は童輪。新条童輪」
「童輪ね。覚えたわ」
「うん。それじゃあよろしくね」
「よろしく。あー、なんなのかしら、私って」
詩波は自分の行動に笑ってしまった。
呆れてしまいそうになるほどバカだった。
その場の波に身を任せると、詩波の顔色はよかった。
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