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第225話 死神の六弦ベース

特別なベース。

「ん?」


 棚の裏から男性定員が覗き込んだ。

 この店で三年近く働いている立派な正社員だ。

 手には段ボール箱を抱えており、その視線の先には、今日入ったばかりのアルバイトの姿があった。


「おお、早速お客様に商品を勧めているな、偉いぞ。けど、アレは買わんだろ」


 この店の経営理念に反したプレゼンだった。

 とにかく品物を高価な物から売っていくスタイル。

 それは必要な人の手に渡るべき。もっと親身になって接するべきだと、後で叱っておこうと思った。


「しかも大学生相手だぞ? お前だって大学生だろ、そんなに金を……はっ!?」


 客の顔色を窺おうとして凝視してしまう。

 すると男性定員は声を上げてしまった。

 今すぐに止めるべきだと、持っていたダンボール箱を放り投げる。


「どうでしょうか、お客様?」

「いや、買わないよ」

「……冷やかしですか?」

「そんな訳ないよ。でも、もう少し相手の丈になって物事を……ん?」


 童輪はついつい正論パンチを繰り出そうとした。

 けれど足音が聞こえたので視線を配ると、隣に新しい店員の姿がある。

 この店員は見たことがある。馴染みの顔だ。


「あっ、先輩」

「お前、なにやってんだ」

「えっ? 商品を買っていただこうかと」

「バカか。大変失礼いたしました、新条さん」


 男性店員は突然頭を深々と下げる。

 その態度に男性アルバイトはドン引き。

 自分よりも年下の、しかも先輩でもないただの客に深々と頭を下げる姿が信じれなかった。


「いいよ、こういうこともあるから」

「そうですか。大変失礼致しました、ちょっと来い」

「えっ、なんですか!? うあぁ、な、なんなんです」


 男性店員は男性アルバイトの腕を強引に引き寄せた。

 一体何事かと、男性アルバイトは思うが、当然理由なんて知らない。


「なんですか、先輩?」

「いいか、よく聞け。あの人はな、新条さん。うちのオーナーなんだよ」

「……ん?」


 男性店員は真面目な顔で答えた。

 けれど男性アルバイトには伝わらない。

 それもその筈、同い年くらいの相手が、オーナーとは思えなかった。


「なに言ってるんですか、先輩。どう見えても大学生……」

「大学生は大学生でも、お前より年下。しかもここのオーナー」

「……マジですか?」


 男性店員は一切退く気が無い。むしろ退く要素が無い。

 男性アルバイトは顔色が青ざめて行き、キョロキョロ視線を配る。

 変な目を向けてしまったことを反省すると、ポツリ吐露した。


「マジもマジだ。三年前、倒産仕掛けていたうちに融資してくれたんだ。今でも融資して貰っているだけじゃなくて、経営面でもサポートして貰ってる。だから下手なことするなよ。あの人がいなかったら、お前もここにいないんだからな」

「あ、あああ、はい、です」


 男性アルバイトは初日にして最大のミスを犯した。

 全身から血の気が引いて行くと、目が虚ろになってしまう。

 終わったと全て諦めると、男性店員がなんとかフォローに入る。


「失礼致しました、オーナー」

「いいよ。誰にだって間違いはあるからね」

「……はい。所でオーナー、本日はどのようなご用件でしょうか?」


 男性店員はたどたどしく訊ねる。

 如何やら怖がらせてしまったらしい。

 童輪は申し訳なくなるが、ここはバシッと言い切る。


「私のベース、出して貰えるかな?」

「オーナーのベース……は、はい。分かりました」


 童輪は目的を即座に果たす。

 男性店員にベースのことを訊ねると、すぐさまバックヤードに消えた。

 相変わらずテキパキとした対応だ。童輪は惚れ惚れする。


「あの、オーナーさん。先程は申し訳がございませんでした」

「大丈夫だよ。だけど、相手の親身にもならずに高価な物を売りつけて、利益と手柄を上げることは止めようか。そんなことをすれば、苦しめるのは自分だけだよ」

「は、はい……」


 男性アルバイトは反省してくれた。今度はハッキリと伝わったらしい。

 やはり権威がある相手から言われないと、相手には伝わらないのだろうか?

 童輪は人間性を窺うと、バックヤードに消えた男性店員が戻って来た。


「オーナー、ただいま戻りました」

「そんなに畏まらなくてもいいよ」

「いえ、オーナーはこの店の救世主ですから。それで、こちらがオーナーのベースになります」


 男性店員はベースの入ったケースを手渡す。

 ズッシリと重く、受け取った童輪は久々の重量感に懐かしむ。


「いいね、これ」

「丁寧に保管していましたので」

「ありがとう。一応だけど、確認しても?」

「はい、どうぞここで」


 童輪はベースケースを床に置かせて貰う。

これも人が少ないおかげでできるのだ。

アイドルユニットに感謝しつつ、童輪は早速確認する。


「あの先輩、アレは?」

「ん? オーナーから預かっていた、ベースだよ」

「ベース? オーナーの? 一体どんな」

「それはな……」


 男性アルバイトは興味津々だった。

 これだけ厳重なケースに納められているのだ。

 童輪は中身を確認するため、ロックを外した。


「ちゃんとメンテナンスしてくれているみたいだね。ありがとう」

「いえ、オーナーの大事なものですから」

「そうだね。よし、久しぶりに使おうか」


 ベースケースの中から取り出したのは、一本のベース。

 しかし普通のベースではなく、四弦ではなく六弦。

 ボディオリジナルで造形されている、まさに童輪の青春……否、刹那的な記録だった。

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